第7話 敵
ヘリの中で川上と近衛と名乗った自衛官は話し込んでいた。
「予想よりも早い侵攻ですね。
それだけ早くアメリカへの浸透がスムーズに進んだという事ですか…」
両手の平を組み、考え込む川上に、眉をしかめて近衛は答えた。
「はっ。我々の予測よりも二年早いスケジュールで進んでいます。
同時に大陸や半島での活動も活発化しています。」
「こちらの手駒がまだ揃いきっていないこの時期の侵攻は、なんとしても阻止しなければ…我が国もアメリカやイギリスの二の舞になりかねません」
「面目ありません。我が隊内の準備には少なくともまだ一年はかかります。
その間は何としても防いでいただかねば…
皆さんにはまだしばらくご苦労欠けます」
「いえ、止むを得ません。我々は六十年前の敗戦であまりにも多くのものを失ってしまいました。それを考えれば、ここまで我々の勢力が回復した事の方が奇跡的と言ってよいでしょう。諸君等の努力の賜物です。
準備が整うまでの一年ないし二年、なんとしても持ちこたえてみせましょう!」
近衛は深深と頭を下げた。
「ありがとうございます。一刻も早く準備を整えます。」
ヘリのエンジン音の所為で二人の会話の全てが聞こえた訳ではなかったが、大まかな内容は、剣吉、鉄丸にも伝わった。
「何の事だかわかるか?鉄丸。」
「全然わからん。敗戦ってのは太平洋戦争の事かな?」
その時二人の会話が再開した。
「何者が上陸したかわかりますか?」
「マルコと名乗る神父と従者二名です。
いずれも米国籍、正式なパスポートで入国しています。
船で横浜に入港しました。」
「現地には誰が向かっているのです?」
「はっ、時遠様とその一門の方が向かっております。」
鉄丸が剣介に囁いた。
「時遠様ってあのくそ坊主か?」
「二、三月前に前に武殿の柿泥棒してた?」
剣介鉄丸の呑気な会話をよそに二人の会話は続いていた。
「御坊が向かいましたか。では任せて大丈夫でしょうが…」
「ええ、ですが正面きっての戦闘は六十年ぶりです。万全を期して当たりたいのです。
時遠様には我々の到着までお待ちいただいております。」
ヘリは急速に降下していた。
窓の外に横浜のネオンの光が見えた。
深夜とはいえさすがに横浜、煌煌と明かりが照っている。
ヘリの着陸した先には完全武装の自衛官と僧が迎えた。僧姿の一人は三十前後の若者、もう一人は老人であった。
老僧は、小柄で痩身の川上よりも更に一回り小柄でガリガリに痩せていた。
顔には赤みが差し、つるつるとしている。
「おい、川上よ、遅かったじゃねえか!
年寄りをあんまり働かすもんじゃないよ!
おお、今日は明王と金剛の小せがれも一緒か!」
「御坊、壮健そうで何よりです。
顔が赤いようですが、お酒ですか?」
「般若湯さ!」
「先生、前に武殿の庭の柿を盗んだのはこの爺ですよ。酒は飲むは盗みはするは、とんだ破戒僧だ!」
子供が友達にいじめられたのを親に言い付けるような言い方だった。
「ばあか、おめえよ、あの柿はお前等の修行代さ。あん時、随分勉強になったろ。
どうやっても勝てない相手が居る事が分かってさ」
ニコニコしながら時遠は答えた。
「この爺が!」
鉄丸は捨てぜりふを吐いた。
「かかかっ。元気の良い小僧だぜ。
それじゃあ、俺は酔ってる事だし、お前等も元気だし、奴等の始末は任せるぜ。
まあ、柿代くらいは働くからよ!」
その言葉を残し、去る老僧に従い若い僧侶も去っていった。
「お願いいたします。」
と川上は老僧の背中に向けて一礼をした。
「近衛君、参ります。二人も付いて来なさい。」
川上は刀の柄に腕を添えつつ歩き出した。
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