第4話 武殿

月明かりと星明かりだけを頼りに剣介と鉄丸は歩いていた。月と星の明かりだけで十分に付近の様子は見て取れた。

防具も竹刀も持っていない。代りに真剣を持っている。

「いよいよだな。」

「ああ。」

落ちあってしばらく無口だったがどちらとも無く口を開いた。

「良い月だな。」

「三日月がかい?」

「三日月だからさ。満月になったら、後は欠けるだけだが、三日月はこれから満ちていくだけだからな。

俺も三日月と同じさ。今はまだ満足な形になってないがいつか必ず大きな形になる。」

「鉄丸、知っているか?新月というのがある事を。」

意地悪い目で剣介は鉄丸の顔を眺めた。

「…」

鉄丸は笑みを浮かべた表情を止めて、頬を赤らめた。

「なあ、鉄丸。話は変わるけどな、お前義姉さんのことが好きなんだろう?」

「わかるか?」

「そりゃわかる。あんな態度を見てれば誰でもわかるさ。」

「好きというか憧れみたいな物だな、うん。

あの人の、いやあの方の明るいんだけれどもどこか影のある笑顔にやられた。

俺はあの人の為なら死ねる!」

「それはわかったが、着いたよ。」

月明かりに照らされて武殿が現れた。

窓からほんのかすかに明かりが漏れている。

静かである。一般の道場生はすでに帰っているようである。

扉が開け放しで中が見えている。

道場の中には当然照明設備はあるが、今は点いていない。道場の四隅それぞれに立てられた蝋燭に灯が点るだけである。

その薄暗がりの中、座しているものが在る。

静かな存在である。だがその存在感は実際の大きさの数倍にも感じられる。

道場の館主川上である。

「時間通りですね。

ほう、鉄丸は二刀できましたか?良いでしょう。では早速仕度を。」

神棚に向かって座った川上は振り返りもせずに二人に話し掛けた。

いつもの事であるが二人は恐るべき川上の洞察力に感嘆した。

更衣室で道着に着替えながら剣介は鉄丸に聞いた。

「お前、本当に二刀なのか?」

「ああ、そうだ。

ところで、先生はこっちを振り返らないのになんでわかったんだろうなあ?

しかも、袋の上からだぜ!不思議だ!」

「うん、いつもの事だけど、驚くよな。」

喋りながらも、道着の羽織、袴を身につけ真剣を手にする。剣介は親指でつばを押し、僅かに鞘から刃を抜いて確認する。

「良い刀だな。刀匠は小鉄か?」

「そうだ。お前のは?」

「俺は二刀だからな。名前は、一刀は凍王、もう一刀は烈火。名付け親は刀匠の明王刀介、

お前の兄さんだ。」

剣介は驚きの顔になり、鉄丸を振り向き

「なぜ、兄さんの刀を?」

と問い詰めた。

「これは元々は親父の刀さ。俺は真剣は持っていなかったからね。

それをさっき引き継いできた。

これからはお前たちの時代だ!と言われたよ。」

「そうか…叔父さんのものだったか…

俺は、父さんの刀も兄さんの刀も、一振も持っていない…

赤の他人のお前たちが持っているのにな…」

鉄丸はその言葉に即座には何も言えなかった。鉄丸も知らない剣介の家庭の事情に触れてしまった事を悔いた。ようやく

「なあ、それは何か話せない事情があるんじゃないのかい?」

と返事したがそれは剣介の感情をさらに荒げるだけだった。

「そりゃあ、事情はあるんだろうさ!

でなければ実の子供を差別して育てるような事をするか!」

剣介は怒気を込めて返事した。

「いくぞ、鉄丸!」

剣介の言葉に鉄丸はもう返事しなかった。

ドツボにはまるだけだと悟ったのだ。

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