32ページ 《蒸気の吸血鬼》

 私はチンチクリンな吸血鬼の血核けっかくを全て、中身を片っ端からくり抜くことで退治した。そうすると当然全身に返り血を浴びるわけだが、それは戦場に立てば当然のことだ。今も昔も変わらぬ行事だ。

 私はそれを目撃した仲間の励ましを受けながら、新たなヒルとの戦闘に戻っていく。そんな私の背後には並々ならない熱と熱に煽られるような湿気が漂っていた。

 稀に、吸血鬼の死体が太陽に焼かれる時は、吸血鬼の性質が作用して蒸気を上げることはある。だから消滅する時に蒸気を上げることには違和感を持っていなかった。

 けれど、離れているにも関わらず余りにも暑く感じ、少ししてキリよく振り返る。ここまでは違和感ですらなく、ただの気まぐれでしかなかった。私がその蒸気の正体を見るまでは。

「くァァァァ!!」

 目が焼ける!

 蒸気の中心が月明かりに照らされて透けて見えた時、ハッキリと人影が見えた、蒸気に映された人影がだ。そして私はスグ目を閉じることになった、痛いほど熱すぎたんだ。

 そして、目を両手で覆うとした時。両腕が燃えるような熱さに襲われる。それでも敵の姿を確認しなければならないと、再び敵を視界に入れた時。蒸気の正体は―――私の眼下にいた。




 私は医療棟の一室で理環の眠るベットにもたれ、うつ伏せで眠っていたところを悪夢に起こされる。嫌な夢だった。

 この村やローラ自身の未来に暗雲が立ち込めるような、そんな雰囲気だったのを覚えてる。

 見ると理環は、穏やかにぐっすり眠っている。その可愛い寝顔を見ていると、本当に回復に向かっているのだと実感できる。

 この子は平和な世界からこの残酷な世界に投げ出された被害者だ。それは事実で、私は理環を守らなければ行けない存在だと思ってる。

「今頃は戦いも熟した頃だろうか? …」

 どうだろうか、何分なにぶん今回は未知数なのだ。実際、任せた立場で不粋だが心配は尽きない。

 その時、轟くような爆音が夜更けに響く。風が窓を駆け抜ける音、建物が軋む音、それは中枢区の医療棟まで凄まじいままに届いてきた。

 それを感知してすぐ、ジェシカに思い当たる。以前に一度、似た魔法を唱えていたのを思い出す。それでも今回のは倍以上の威力であることが聞いて分かる。

「………」

 そんなものが必要に迫られるほど切迫しているのだろうか? 不安が加速する中でもう1つの可能性に思い当たった。ジェシカは気が大きくなりやすい人間でもあるから安易に使用してしまったのでは、という可能性だ。

 そして、一緒に居るであろうジェシカの弟子とティネス、どちらの技も見たことがない。だからどちらか或いは2人でも、ジェシカの身の安全を確保できるのか不安が残る。以前の一撃では歩くこともままならない有り様になっていた。今回はきっと意識を保つことも難しいだろう。

 なら私が助力するべきじゃないのか、と私の直感が警鐘を鳴らす。

 ローラはきっといつもの調子で上手くやるだろう、それに、私が何度も訓練で目の当たりにした指折りの実力を持った兵士たちも付いている。もし助力するとしたら東門のジェシカだと思う。けれど私には助力に行くことをためらう理由があった。それは理環の存在だ。

 その理由それは。敵が未知数である、今回の戦いの根底にはコレがある。未知数というのは吸血鬼の数の話だけではない、ボーンの練度やロードの持つ固有能力までも計り知れないという事だ。特にロードの固有能力の種類によっては、この医療棟が全く安全では無い可能性を秘めている。もし何かがあった時、私がそばにいなくてどうする?

 私が今するべきことは、理環の近くに居ることじゃないのか?

 私は熟考しながらも答えを出せずにいた。


「大丈夫…」

 私はいつのまにか、ベッドに背中を向けていた。そんな私に背後から声がかかる。私は振り向く。

「泣かないで」

 理環が、弱々しく目をひらいて、消え入るような声で、私を心配している。

 私は思わずヒザを落として理環の手を取って両手でしっかり持ちながら、私の頬につける。

「…うん、私は大丈夫だよ、安心して」

 私からは、そんなセリフが喉を突いて出た。

「ううん、ちがう…」

 理環は一生懸命になにか伝えようとしてくれている。

 その言葉を聞き漏らさないようにと、無我夢中で耳を傾けようとしている私の手に、理環の手の温もり以外の、冷たさを感じた。それは一筋の雫だった。

 私は確かに泣いていた。理環は言葉を発した。

「私は大丈夫。…大丈夫だから、安心して…」

 理環はさっきの私のセリフを、一生懸命に復唱するようにして。

「私は大丈夫…だから行ってきて………」

 理環は、それを言うと、私の手のひらの中の手に、少しだけ力を入れる。その力のかよわさに、理環は弱っているのだと改めて分かる。それでも、一生懸命に手をほどいてもらおうとしているように、私は思えた。

 私はその気持ちを、裏切れなかった……。

そんな私に、再び理環は声をかけてくれた。

「ローラさんの助太刀をしてあげて…」

理環は何かを察しているようだった。

「…分かった………………行ってきます――」

 それでも、長いためらいの気持ちがあった。


 私、クレア・シアン・ギビングはこれより、私の持つあらゆる手練手管を用いて、戦場に立つ。

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