29ページ 《現実の重さ》
そして、あれがロードというレベルなのだろうかと思ったわけで。あれくらいならローラ1人でも倒せる相手なのではないかと思うわけで、これなら今回の戦いも余裕なのではないかと思った。がしかし、兵士たちが四苦八苦しているのも事実なので加勢することにした。
みなまで言ってしまうが、兵士たちの練度は並のものではない。ただ、ボーンも並ではなかったのだ。戦って分かったのは、ボーンは体内の全ての四肢と胴体に凝固した血の塊がそれぞれの末端部位の全てに沈殿して核のようになっている。ボーンを倒すにはこの全ての中間位置を切断する必要があり、その切断が不十分な場合は四散した体がまた集まって肉体を構築してしまうということ。おまけに頭がキレるのだ。安易な剣技では、1度見せた技は二度と通じない、対応されてしまう。だから高等技術や騙し技を可能な限り幅を持たせて行使し、それで生れた隙の僅かな時間に首や四肢を切断することが求められるのだ。その為にどんな優秀な兵士でも、ボーン一匹につき3人がかりで応戦する形態を取っているらしい。それでも、兵士たちの疲れは尋常じゃない。
俺の加勢は1人で一匹倒すことを求められた。とは言え、手斧を5つ同時に投げれば済むことなので10秒で7匹を始末する。見ると兵士たちは返り血や
けれど、さっきの敵意以上のものをいくつも感じる。それはまだ多くのロードが居るということ。
そう感じ取るや否や、少し離れた所で白い帯状のモノが陰力の檻をするすると兵士たち目掛けて抜けてくるのが見えた。よく見れば顔のような模様がどこかしこに見えてくる。…!! 間に合わない!
「スッッッ!」
「キューーーーーンッ!!」
風を切る音、激しく金属を撃つ音がする。さっき話をした兵士だった。その一撃で白い帯はしたしたとよろめいて地に落ちる。
「………まだだ」
さっきの硬いのを鑑みるにロードはあの程度じゃ死滅しない。駆けつけようと思って1歩踏み出そうとする時。
「ザザ…」「…?」
地面から生えた腕が俺の足を黒黒と掴んだ。
その次の瞬間には檻の中で異変が起る。多くの
そうしてる間にも、俺の足を掴む何かは数を増していく…。見上げれば巻き上げられた血が落ちてくる。
「ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ」
……血の雨が降った。
1人が倒れ、また1人が倒れ。無尽蔵にも思える吸血鬼の手数に体力を吸われ、訓練した兵士ですら実力の有無を問わず運によって生かされている。
「剣が…剣に油が染み付いて切れ味が落ちています!!」
「血振るいは!?」
「ダメです!」
「衣類はどうだ!」
「同様です!!」
そんな会話をした仲間が、次の瞬間には断末魔を上げている。それが戦いというものだ。
「ローラさんは腹何分目ですか?!」
戦いながら、活気を付ける。
「そうだな、
「余裕ですね!」
「
そんな会話をする、戦場のジンクスから逸脱した戦姫がここには居る。
私は一振りの毛色がたまたまこの戦いに合っているから生き延びているようなものだ。昔も…今も、私は戦場に出れば脇役なのだ。どれだけ
「私は実の所、筋肉痛ですよ!」
「そうか! 未だにお前が筋肉痛になったところを、見たこともないが!」
また一匹、首が落ちて胴の切り口から油が滴る。それを横目にまた一匹。そして邪魔な遺体を蹴って退かす。
「ご冗談を! 私は年中痔ですからね!」
また数匹、ヒルの四肢が重く飛散する音が響く。
「それこそ冗談だろ! ニノは昨夜も快便だと聞いているぞ!!」
「あはは」
笑いながら、脇下から首元までをスパっと切り崩す。
「怖いこと言うなぁぁ、誰の入れ知恵ですか?! 今度、怒っておかないと!」
「馬鹿言え、機密事項だ!」
「そうですか! 私がローラさんのプライベートを知る手段にと思ったのですが!」
そう声を張り上げるが、次の瞬間には目の前のボーンに立ち合う。
ローラさんの声を他所に、私は平行一線の由縁たる実力を発揮する。
「名付けて…螺旋切り!」
私でもこれを連続して扱うには厳しい体格差だ。それでもズタズタに切り崩されたボーンの身体は力なく地に落ちる。
「すいません! 今なんて言いました!?」
「すまない! 今聞き取れなかった!!」
そう言われて思わず笑う。ローラさんも聞き取れなかったようだった。
「おいニノ喋りすぎだ!足をすくわれても骨は拾ってやらないからな!」
「ディミトリさん! 冗談がキツいですよ! 私は散骨でお願いします!! と受け入れてくれたでしょう!?」
横目でディミトリさんを見ると、吸血鬼の一体が噛みつきにかかったので直剣で喉を刺す。それからグルリと捻って頬から突き抜けフリーになった剣を首に振り抜く。首はボトンと地面に落ちる。首無き遺体が視界を塞いでいるので蹴って退かす。そして右腕に持った剣でまた一体を切り捨てながら血振るいする。比較的に安定して戦えていると思う。
「ドンッッッ!!!!」
大きく地鳴りのような音がし、ヒルの数匹が空中に弾き出される。……デカい。
「…未成熟個体か」
ローラさんの声が私の耳に届く。モグラのように地中から這い出てきたソレのことを言っているのか。
…ボーンからロードへの中間の個体。私もボーンが別のボーンを喰うのは見たことがある。ローラさんが言うには、稀に同族を喰うボーンが現れ、多くを喰ったボーンは肥大化し、しばらくすると縮んでヒルと変わらない大きさになる。そして特殊な力を発揮するらしい。その肥大化した個体ということだろうか、それでも見たことがないほど大きかった。…高さだけでも4メートルはあろうか、大きくむくれあがった丸い身体をしている。
「ダダダダダダダッ!!!」「ガシャガシャガシャガシャガシャッッ!」
そのボーンは地面を這うように走り出した…。
「早い! …」
そのボーンは次々に同志たちを弾き飛ばす。鎧がひしゃげる音がする。鎧といえば、それは胴体にしか着けていない、マズイ音だということだ。
「…無事か!!!!?」
「ッ…待っていろ!!!」
身体にくい込んだ鎧を外して救護してやろうと走り寄る。
「ダダダダダダダッ!」
目の前を髪一重で肥大したボーンが駆け抜ける。疾風迅雷の風の音が私の耳を襲う、その
「ッッ!!!」
激しく歯噛みする。今なら助けらるのに助けられないことで心が痛む。見れば、落下して打ちどころが悪かったせいかピクピクと痙攣を起こしている兵士も散見できる。
ギョロっと、イヤな視線を感じて鳥肌が立つ。見ればボーンはこらを見ていた。いや、私を見ている気がする。
「ダダダッ!」
私はいつの間にか、その突撃を眼前にしていた。早すぎる!
私はどうしたらこの状況を乗り越えられるだろう、私はどうしたら戦闘続行な負傷に抑えられるだろう。気づけばそんな事を考えていた。…違うだろ、騎士とは私とは、そんなモノではなかったはずだ。
私は直剣を、構えを上段から後ろに振りかぶる。
「
私はモグラのように突進するボーンの頭を上から左下に切り捨てる。
「シュリッ」
訓練用の剣を遥かに
直剣は一瞬の剣閃を放つが、その直後、剣の軌道に吊られるように、ボーンは巨大な体躯を左に転がす。それよっても、何人かの兵士が下敷きになってしまった。
私はその結果に形容できない罪悪感を憶えるが、絶望しているような暇はなかった。
「クソ…威力を
ボーンからしても脊髄反射だろうが、それは顔に拳を喰らう前に顔を伏せると威力が半減するのと同じこと。深く入ったはずの私の剣は、ボーンの核を捉えることができなかった。
「上出来だ!」
しかし、ローラさんはそう言ってくれた。
ボーンはすぐさま傷を治そうとするが、ローラさんはそこに腕を突っ込んだ。私のすぐ近くでいきおいよくそれをするものだから、私にまで返り血がかかるるところだった。
ローラさんは、少しの間グチャグチャとボーンの頭をいじっていた。やがてローラさんは腕をひきぬく。ブチブチ、グチャグチャ、プツプツ。重たく水気のある音がして。それに少し遅れてローラさんは左腕がボーンと繋がったまま、ボーンは水揚げされた魚のように、身体をじたばた暴れだした。ローラさんはボーンの頭に振り回されてしまった。
「……せいっ!!!」
ローラさんはファンシーな雄叫びを上げると、勢いよくボーンの頭から飛び下りた。その左手には3つの血の塊があった。
「ありがとう!」
ローラさんは私を見てそう言ってくださった。けれど未だローラさんの目の前でボーンが暴れていることを、ローラさんは忘れているのではあるまいか。それくらい、ローラさんは曇りのないハツラツな顔をしていた。
「ありがとう、ニノのおかげだ」
ローラさんは言った直後空から落ちてきたボーンを蹴り1つで押し退けてしまう。私は察する、ローラさんにとってこのボーンすら敵ではないのだ。
「…ズルいですよ、ローラさん」
私は思わず唸る。
しかし未だ、じたばた暴れているボーンはうねり、轟くような声を上げる。
「じゃあここからは私の仕事だ!」
再び落ちてきたボーンの巨体を、ローラさんは右手で、リバウンドしたボールをキャッチするように簡単に掴んでしまう。その直後、左手も使ってボーンの皮膚を剥いでしまった。ローラさんはそのまま中の肉掻き出しに入る。私はその様を眺めていた。
ボーンと言っても吸血鬼、つまり腐った肉だ。そんなものをあんな豪快に触れるローラさんは、心から尊敬するべきだと感じた。
最初は、肉を剥がれる度に悲鳴を上げていたボーンも、暴れるたびに体内の血肉を掴まれて動きを抑えられてしまっては降参だろう。しばらくすると身じろぎもしなくなった。それでも1匹の吸血鬼として再生し続けるボーンに対し、ローラさんは再生よりも早い速度で肉を剥ぎ続けた。
そうしてローラさんは、ボーンの中身を全て空っぽにする形で、全ての核を回収してみせた。
その光景には思わず呆気に取られた。
驚愕だ。規格外だ。私にはとても追いつけそうもない境地だ。絶望と言ってもいい、ローラさんの実力の前では私とて塵のひと粒に同じだ。そんな気分になってしまった。私の積んで来た研鑽は、ローラさんによっていつも否定されてしまう。けれど私はローラさんを敬愛し、境地に届くことがないと知っていても、いつだって研鑽を積んでいかなければならない。それがこの世界で、それが私という騎士だ。
プツプツ……。直感的に、嫌な音だ。
危険を感じた。これほどまでに直接的な危険感知は初めてだった。感知するか否かの前後には、剣を抜いて構えていた。後ろ髪が寒い、寒いと感じたらまず切り払え。それが私の騎士としての経験だ。だから私は振り返り、四の五の言わずに剣を振り下ろす。……!
すると、目の前には子供のイタズラのような、水鉄砲から放たれたような細く茶色の水。しかしそれが水鉄砲なんてちゃちな物ではないことは、その重さから伝わってくる。
私は屈み、右に身を
さっきと違い、なんの感触もなく剣水をすり抜けてしまう。感触がなかったと言うより、水溜まりに触れたような軽い感触はあった。だからますます、今起きている現象が理解できなかった。
また背後に寒気を感じる。構えながら振り向くと、そこには私の頭上を凌ぐほど大きな影が腕を振り下ろしてきた。私は咄嗟に剣で受ける。
「………、っ!!!?」「ッ!」
私は耐え切れず、そのたった一合の重圧に膝を屈した。
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