28ページ 《魑魅魍魎の本質》

 東門が大きく開く。その、多くの篝火かがりびに照らされた木造の大扉が開く光景は妙に新鮮だった。いや、初めてみるのだから新鮮なのは変わらないが、その壮観な雰囲気は俺でさえ息を飲む迫力だった。開いた途端に、黒い煙が入り込み、辺りに立ち込める。


 門の遥か向こう側に、獣のように光り、恐怖心を駆り立てるように揺れ動く赤い目の、群れが見える。その一つ一つはゆっくりと小刻みに揺れ動き、少しづつでも着実に村に村に向かってくることが分かる。

 あんな数の吸血鬼はみたことがない。俺でさえ、数十数百が経験上の最大なのだ。。数百なんて単位じゃ経験が不足している。それはまるで、その数の暴力でそのまま村を踏み潰してしまえるほど膨大な数。村を多いつくしてしまえるほどの、幾千の食屍鬼グールが、東門どころか村全体に向かい幾つもの山々を股にかけて群れを成していた。

 俺たち兵士は予め決められた定位置に付く。ここでも尚、煙の臭いが強い。

「大きいのはなんだ?」

 俺は俺は指を指し、見知らぬ兵に質問を投げる。

 俺の指の先には、2種類の吸血鬼がいた。ガタイの大きな吸血鬼と、ソレとの対比で小柄な背丈に見える吸血鬼だ。俺はその2種類の違いが分からないのだ。

「小さいのがヒルで、大きいのがボーンだ。知らないということは…新顔か? 鎧を付けていない当たり、死に急ぎ馬鹿にしか見えないぞ」

 などと罵倒を混じえているが、顔を見ればすぐ無関心であることが分かった。

「そうか、ありがとう、ところで俺は吸血鬼だぜ」

 礼と一緒にボソッと言ってみた。

「愚にもつかない冗談はよせよ、こうして話してる時点で純血じゃないのは分かるぜ、俺も混血だからよ」

 意外なセリフに俺は目を見開いた。

「そうなのか??」

「そうだ」

 また、その兵士は関心なさげに答える。

「なんにも知らないのな、鬼憑おにつきって話だぜ? 気に入らない言い方だけどな」「未だにこっちの名前が有名だしよ」

 そう言いつつも、俺の方を見ようともしない。

「つまり人の血に吸血鬼の血が混ざる病いがあるのか?」

「その言い方は語弊がある」

 兵士は言う。

「外部の環境に関係なく、胎児の頃から少しづつ、体が吸血鬼に変容していく病だ。誰にだって起る」

「つまり、お前は鬼憑きで混血だということか? …」

「鬼憑きは嫌な響きだ。先祖返りよりはマシだな」

 無関心な声色に怒気が混じる。その目は魑魅魍魎を睨んでいた。

「俺は吸われた方の吸血鬼だが、そうならそうだろう」

 そんな兵士に対し俺の口から出てきたのは、お粗末な社交辞令だった。

 しばらくの沈黙が始まり、大量に多様の罠が仕掛けられた広大な土地で、俺は無口に開戦の時を待っていた。

「もうすぐ罠にかかるぞ」

 なんの気があってかは知らないが、さっきの兵士が声をかけて知らせてくれた。もちろん俺は随分前にそれは知っていた。吸血鬼の視力だ。

「そうだな」

 言いながら見据える先には、直線距離にして村の東側を覆う数百kmに及ぶ深い掘りのような落とし穴がある。底には大きな木の杭が逆立っているが、人間相手ならまだしもヒルとは言え吸血鬼相手にどこまで通じるか分からない。

 その時、俺たちを目視したのかそれとも灯りを見つけてなのか、群れを生した吸血鬼たちの動きが早まる。走り出したのだ。

 目測距離にすれば俺から400メートルほどの辺り。全力疾走をする吸血鬼たちはその勢いそのままに落とし穴に落ちていく。

 そして、次々と吸血鬼たちが息絶えるような狂声と重たい肉の塊が串刺しになっていく生々しい鈍重な音が、俺の耳には聞こえてきた。聞こうとしなければよかったと軽く後悔した。

「この調子だとスグに穴が埋まるぞ」

 俺はお返しにという訳ではないが、さっきの兵士に知らせる。

「そうか、やっぱりか…」

 名も知らぬ兵士はそう言って気難しい顔をしていた。名前も知らないが、不思議と名前を聞こうという気にはならなかった。

「穴、掘ったのか? お前も」

 俺は兵士に聞く。

「そうだ、重労働の甲斐なく、な」

 そう言いながらも兵士は表情を変えない。

「甲斐がなかったかは、戦いに勝った時に分かるんじゃないか?」

 自分で言って、俺は驚いた。俺にこんな励ましができるのかと。けれど油断している暇はないのだと改めて向き直る。もうすぐ掘も埋まる。

 俺は左手を正面に構えた。昼のあの左腕の動きだ。そして今は夜。陰力粒子は撒き終えている。そして俺は言う。

「雑兵は任せろ」

 ダラりと垂らした左の手のひらに力を入れる。

『多重連創。逆杭さかぐい

 俺の手のひらを向けた先、落とし穴。吸血鬼の体が穴を埋め、数匹の吸血鬼が掘りの外に出た時を見計らい、吸血鬼共の喉元から脳天までを黒い杭で貫いた。大きさの個体差で 全体に致命傷を与えられなかったことが悔やまれる。

 そこで、違和感を感じ取る。それは、臭いだ。それも煙ではなく、油の臭いだ。

「この吸血鬼、質が悪いぞ」

 俺が苦言を発する。

「用意!!」

 ジェシカの声が聞こえる。この期を見計らっていたかのように、俺の背後からは弓に矢をつがえる音がする。矢をしぼる音がする。俺は振り向くと城壁の方で、隅々まで埋め尽くすほどの灯りが現れていた。否、火矢がつがえられていた。それはまるで、俺が掘りから出る吸血鬼を足止めすることを分かっていたかのようなタイミング。俺は何も指示を受けていないのにだ。

「流石ジェシカ」

 俺は静かに賞賛する。

「放て!!!!」

 言い終えるかどうかのタイミングで、ジェシカの合図で大量の火矢は放たれた。それは続け様に何射も。

 膨大な量の炎が暗い空を舞う。それはもはや、夜空いっぱいに広がる眩い流星群そのものだった。

「ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ!!」

 程なくして膨大な量の火矢のひとつ一つは標的を激しい音を立てて射抜いていく。それはまるでそれぞれが違う的を狙っているかのように効率的ですらあった。バケツをひっくり返したような矢の洗礼だった。

 吸血鬼共は自らの身体から滲み出る油により、引火し炎に包まれる。掘りいっぱいにもがき苦しむしかばねの炎が広がる光景は、地平線のように見えた。

 それにしても、もがきながらも不偏ふへんの逆杭にしがみつく吸血鬼の姿は悪趣味だ。

「死後変化を防げない程度の質でも、死霊としての脅威は一級か…」

 俺はそんな感想を持った。そうしている間にも埋まった堀を渡ろうとしている不出来な吸血鬼の群れには激しい嫌悪感を憶えた。

「あれ、…お前がやっているのか?」

 さっきの兵士が俺に声をかける。俺はそっちを向くと、兵士はビクンッと一歩退く。

「…ああ、そうだ。お前も混血と言ったろ、どんな能力がある?」

 俺は訪ねる。

「いや、俺にそんな力はない…」

 兵士はそう言うと目を逸らすようにに見直る。

「他にも何人も混血を見てきたが、そんな力を持つは1人もいなかった…」

 それから兵士は口ごもる。

「そうか、そういうものか…」

 俺は会話もそこそこに吸血鬼に見直る。

 大きい方の吸血鬼、ボーンが炎に包まれながら、胸に刺さりながら柵のように行くへを阻む杭を強行しようと足掻いていた。それはスグに効果を発揮する。胴体がグチャっとちぎれた。

 ボトンッと肩から上だけが地面に落ちる。そのままボーンは両の腕を藻掻くように振り回し、村へ前身しようと狂声を挙げる。そのボーンは俺をまっすぐ見つめていた気がする。

「アグア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ガ!!!!!!」

 吸血鬼の耳でなくとも耳を塞ぐような声だ。気味が悪い。

 ボーンは、前進して間もなく地雷原に触れて四散爆破する。Sマインではなく普通の爆破地雷の地雷原だ。

「脅威だな、地雷というものは」

 名も知らぬ兵士がつぶやく。

「俺は地雷にかかって四肢のない動物は見たことがあったが…」

 実際に地雷にかかるところを見るのは初めてだ。ましてや吸血鬼だなんて。

「…呑気だったな」

 俺は気を取り直して陰力の操作を再開する。影で繋がっているなら変形も自在だ。

「要塞化する」

 この調子では兵士たちの株を取ってしまうだろう。だなんて考えながら、俺は陰力物質の逆杭を変形させる。もはや穴としての役割を果たしていないことから、掘り穴を挟んだの奥の方までの土地を対象として、数百キロに渡る掘りの全てに高さ8メールほどの檻を創る。穴に落ちた吸血鬼を閉じ込める形で。

 それでも尚、炎に蝕まれながらも尚、吸血鬼共は檻の目から這い出ようと手を伸ばしてうごめいているし、掘りより後ろの吸血鬼は登ろうとしている。横向きに造らなくてよかった、登る足場になるところだったとひと息つく。ひと息つき終えて再び吸血鬼共を見ると、一際背の高い吸血鬼、ボーンが自ら火だるまになった首をちぎって檻のこっち側に投げ入れていた。一匹だけじゃない。ほとんど全てのボーンが首を投げていた。

「気色悪い…」さっきの兵士の声だ。

 次々に投げ入れられた首は地雷にぶつかって爆ぜていく。そんな様子を知らない堀の外のボーンの首も同様に、檻を首だけで飛び越えて来る。爆ぜるまでが同じだった。

「知能があるのかないのか分からないな」

 俺がつぶやくのも早々に、強烈な敵意による怖気が走る。

 ボーンの首が飛び交う空を、首より明らかに大きな体躯たいくの人影が檻を飛び越えた。

   泥か!!!!?

 瞬間、理環を傷つけたあの泥の塊を想起した。けれどどうやら、その人影の正体は本当に人形のようだった。全身が黒焦げたような焦茶こげちゃ色をしていた。

「よオォォォ!!」

 それは地雷原を飛び越え、着地で馬房策を踏み荒らし、あらゆる罠を跳ね除け現れた開口一番で、それは雄叫びのような挨拶をした。

「よお〜〜」

 俺は返事をする。俺とソレの距離は3m、一触即発の距離。

「アレをやったのはお前か?」

 黒焦げのソレは俺に問う。

「アレじゃ分からん」

 俺は即答する。無論、平常心だ。

「さっそくだが、クタバレ」

 ソレは言うや否や俺に真っ直ぐ跳んでくる。次の瞬間、俺は見切る。初撃の左手で拳。それは胸を正面に向き合い身を翻しながら右手で拳を弾くように流して、足は肩幅に俺は左手の平手をそいつに叩きつけ、そのまま胴体の動きのままに腕力を合わせて弾き飛ばす。

 刃渡り8cmの小型の刃物を幾つも指の隙間に生やして打ち込んだハズだったが、その刃は刺さらなかった。代わりにソレを押し退けるカタチになってしまった。アーミーナイフのイメージだった。

 だが、続ける。続けて拳を握り弾くように刃物を飛ばす。

 それに連続して足下に陰力粒子を流し、右足を後ろに引かせて一瞬だけ左半身で向き合う。その隙に右腕に大剣を創造する。昼のような騙し技。今度は横薙ぎ一線に振り抜く。

「ゴカンッッ!」

 硬い音がしてソレは更に弾き飛ばされる。案の定、小型ナイフ効果はなかったようだ。

「硬いな」

 それがソレの能力だろうか?

 気づくとソレは、さっきの兵士の方に飛んでいた。

「ギャンギャン!」

 金属の軋む音がする。兵士はこの一瞬でソレに切り込んだのだろうか。ソレは宙で背中を屈曲させて怯んだようにしているが、兵士の剣は大剣というのに刃こぼれしていた。

「もういい! お前はアレをやってろ!!」

 俺はを指刺す。さっき一瞬見えた、火だるまになったボーンの首が地雷の爆風で消火され、さらに首同士で連結し新たな体を形成していた。

 名も知らぬ兵士はソレに警戒しながら距離を取り、それから背中を向けて向かっていった。

「クッ…ハハ、お前、名前は?」

「人に名前を聞くなら自分から名乗れ」

 ソレからの問に即答した。

「これから死ぬ程度の者に名乗る名はない!!」

 やけに貫禄のある甲高い声が響く「ダダッ!」一瞬で俺の身の前に現れ右手の掌底しょうていをアゴ目掛けて撃ち込まれる。それは最低限の挙動でアゴを上げて避け、おかげで悪化した視界ではソレの動きを追う。

 続け様、ソレは左手の掌底を繰り出そうとしているが、視線は腹を見ている。動きが読めた。

 俺はつま先で地面を弾いて勢い任せに右足を高々に上げ、右足のくるぶしをソレの腕にひっかける。かかった途端に足で伸びをするように上半身を落として左足を曲げ、背中を向けるカタチで上半身を逆転させるように掌底を避ける。右足のかかったソレの腕が伸び切ると同時に俺の足は左に弾かれ、勢いで俺の身体が逆さのまま右へ回転する。その勢いで「カツン!!」ククリナイフで膝上を切り付ける。効果がなかった。落下する身体を右手で受け身を取り、ククリナイフを目くらましのようにソレの首を目掛けて視界を塞ぐように投げる。

「ズダンッッッ!!!」

 俺は宙を舞う。

「グッ!  ……」

 俺は宙ぶらりんに回転しながら悲鳴を挙げていた。気づけばソレに蹴飛ばされていた。

「ダン! スンッ!!!」

 ソレの移動する馬鹿みたいに重い足音と掌底を繰り出す風切り音が連続する。

「…タァ!」

 呼吸がキツイ。受け身は取れたがまた弾き飛ばされている。

「ズダンッ」

「クガァァ!」

 思わず奇声を挙げるが、受け止めた。偶然にも俺は地に足を付けれていたからだ。横薙ぎの回し蹴りを受け止めることができた。

内蔵ないそう逆転』「いや、今じゃない!」

 俺はソレの右足を掴んだままに身長を操作する。現在の170から200まで。そうすることで、ソレは足をY字バランスの高さまで広げざる負えなくなったワケだ。

「!!? …」

 ソレの動揺を尻目に、この身長で、相応に太くなった左腕で、ソレの顔面を殴り付ける。

「ガンッッ! ガンッッ! ガンッッ!」

「ガンッッ! ガンッッ! ガンッッ!」

俺はソレの首が取れるまで続けるつもりだ。

「ガンッッ! ガンッッ! ガンッッ!」

「ガンッッ! ガンッッ! ガンッッ!」

「ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!」

「ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!」

 ソレはしばらくの間、両腕で防御し続けていたが、いつからか腕力が尽きて無気力に腕を下ろしていた。けれど俺はお構い無しに、鈍重なボクシングパンチを打ち込み続ける。

「ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン」

 こうまで殴っても、ソレの首は取れない。俺の拳は傷つき何度再生したかという話だ。これでは兵士たちの助太刀ができない。

「おいお前、名前はなんだ!?」

 俺はソレに名を問う。

「…あぁん!!? 名前を聞く時はまず自分からじゃねぇのかぁぁん??」

「俺はティネスだ! ティネス・ジーク!!!」

 即答する。

「知るかっっ!!!!」

 ソレはジェシカも顔負けの「知るか!」の怒声を俺に浴びせて、それを合図に掌底で何度も首を殴り付ける。が、体格と同様に大きくなった俺の僧帽筋そうぼうきんは、連続して何度も殴られる度に完治している。

「名前を聞こうか?」

 俺は再び問う。

「………」

 答えない。…ならばと、俺は左の拳にメリケンサックを創造し、殴るモーションをかける。

「わかったよ!!」

 ついに心を挫けたらしい。

「リズだ! リズ・トールだ!!」

「そうか、なら用はない!」

 俺は言うと、身長を270まで増やして、掴んでいた足を怪人のように、回転する身体を軸にグルグルと振り回す。そして吸血鬼の力と丹田たんでんからの力を合わせ、山火事の向う側にぶん投げる。

「!?!?!?!?!?!?」

「悪いな、…他に思いつかない!」

 我ながら綺麗に飛んでいったと思う。

「物は使い用だな」

 感想を漏らすと、我に返り、めちゃくちゃなことをしてしまったと思った反面、ジェシカなら同じことをしただろうと思った。そして、身長を戻しながら、両者で最も恐ろしかったのは間違いなく俺の方だろうと思った。

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