26ページ 《兵士への羨望》

 演舞。それは別名でサムと呼ばれている第二地区で行われる。第二地区は訓練棟や工業街のある中枢区とはまた違い、村民が豊かに暮らすための必需品を扱う工房や料理屋さんが多く住宅街もまた広域に及んでいる地区らしく、十字に広がる大通りが演舞の舞台らしい。

 演舞は練習という練習が行われることなく、大勢の兵士であらかじめ言葉で示し合わせるだけの準備のあと、兵士たちは手で刀剣を模して素手で行われた。


 兵士たちの衣装は鎖帷子くさりかたびらを脱いで、色とりどりの羽織りを羽織ったそれだけの服装。

 なのに、阿吽の呼吸と言うには少々語弊がある気がする。その動きは確かに大したものだ、大勢で寸分違わず手刀で鍔迫り合いを混じえた踊りをしている。それがどうにも可憐に見え、村民は魅入っている。

 が、実際は全員が少しづつズレている。1人が舞い、もう1人がそれを真似る。それもレート単位かそれ以下で。そこで発揮されているのは動体視力だけじゃない、指の触りまで真似るには相当な対応力が必要なはずなのに、それを大勢で舞いながら行っている。真似るだけじゃなく、テンポをずらしたり向きを変えたり、散っていく花びらのような不規則な動きも、花吹雪のような一体感を持っていた。

 俺程度がこの言葉を介するのはおこがましいかもしれないが。足の動き、腕の動き、全てが芸術と言っていいだろう。

 原理としては子供だましも同然なのに、兵士たちがまるで一つの生き物のように舞い踊るその姿は花そのものだ。

 なるほど、これは村民だって悪いことを考えなくなるはずだ。そんな風に納得させられる充実した演舞だった。

 演舞は時間にして20分間行われ、その終了と共に兵士の肺活量で挨拶の掛け声が入る。俺はそこで兵士たちが男性であったことに気づく、そんなことすら忘れさせられるほど美しい動きだった。


 この日の夕食、俺は充実した気持ちで食卓を囲んでいた。

「ホクホク気分というやつだ」

 俺はつぶやく。

「ん? いまなんて言った?」

「いや? 気のせいだと思うが?」

 ディミトリに聞かれて。ついつい誤魔化す。

「原理としては分かるんだが、あれはアドリブでやれるものなのか?」

 ニノやウルフを初めとした兵士たちの食いっぷりや笑顔を眺めながら、俺はディミトリに聞く。

「俺もよくは知らない。…けどクレア嬢はこんなことを言っていた」

 その前置きを聞き、俺は思わず耳を傾ける。

「天の気と書いて天気と読むだろう? 雨の前には空が曇る。それとの同じで怒る前は表情か曇る。人が誰かに気を使う時はまず何か聞くだろう? 人が何かを思った時は、まず表情が動くし指先も動くだろう?  そこで人は一種の気配を放つんだ。そもそもそれを人は無意識に感知しているものなんだ。兵士たちは洞察力を鍛えている段階でソコも鍛えられているんだ」「という話なわけなんだ」

 どういうワケなんだ? なにせ伝え聞いているわけで、この場で本人に、つまりシアンに聞くこともできないのだ。不完全燃焼この上ない。

「ありがとう、よく分からなかったから本人に聞いてみる」

「是非そうしてくれ、それとここだけの話なんだが…」

 ディミトリは少し間を置いて、ウルフとよく似た仕草で耳打ちをするように手を構えて。

「…俺のグレイへの気持ちを応援してくれるって本当か?」

 なんだそんなことかと思った。

「全然いいですよ」

 俺は答えるとディミトリはパァっと明るい顔をした。

「マブって呼んでいいか?」

「昨日会ったばかりですよね、あなた剣士ですよね」

 心の声が漏れてしまった。

「そうか、でも応援してくれるのは感謝だ」

 ディミトリはそう言ってから上半身を持ち上げて辺りを見渡す。有言実行ということだろうか。

「グレイですか?」

「そう、グレイだ」

 即答だったが、ディミトリの顔色が浮かない。

「いないんですか?」

「その様子だな」

 とディミトリは着席する。それを見て俺は頭の上に手を上げる。

「すいません!」

 ウェイトレスを呼び止めた。きっとウェイトレス仲間なら知っているだろう、という発想だ。

「はい、なんです?」

 少し怪訝そうな顔をした、おそらく四十路よそじを過ぎているであろうふくよかな体型の女性がすぐそこで立ち止まる。

「つかぬことを聞きますが、今日グレイさんはどちらに?」

「グレイなら、おなじみの窃盗団潰しに行ってますけど」

 それを聞いた時、隣りから肩を叩かれる。ディミトリだった。ディミトリは「諦めろ」と優しく語りかけるような顔をしていた。

「そうですか、ありがとうございます」

 俺はお礼を言ってウェイトレスを見送る。

「グレイはな、店にいない時はいつもこうなんだ」

 ディミトリは困ったような顔をしているが落ち込んではいなかった。

「そうなんだな」

「ああ、グレイの趣味は暴力と正義を振るうことだからな」

 ディミトリはそう言って食事に戻ろうとする。

「あ、ちなみに」

 そんなディミトリを呼び止める。今聞いておきたいことがあるからだ。

「窃盗団なんてあるのか?」

「そうだな、そういうやからはどこにでもいるからな」

 その言葉は俺の聞きたいものではなかった。

「この村はローラたちに感化されて治安を維持できているのではないのか?」

 きっと失礼なことを聞いているのだろう。

「皆がみんなそうではない、ただ、この村は移民で構成されているだけあって、手遅れな段階まで道を誤った人間が少ないんだ。居ないと断言してもいいくらいに」

 ディミトリは言う。

「初対面の時、俺は巡視役と名乗っただろう。巡回役兼守衛部のグロー・リー・ディミトリと」

「巡視役はこの村全体で2000人いるが、その役割は細かく決まっている。それは村を周ることで秩序維持への緊張感と安心感をもたらすことだ。笑顔で会話に取り組むことも許可されていたりする。緊急時に招集されることは希なほうだ」

「緊急時っていうのは殺人が起きた時などだ。それ以外で動くのは、俺たちは実戦に備えて訓練を受けた兵士というものだから、パワーバランスが偏りすぎるんだ」

「いわゆる軽犯罪。窃盗や強盗、死刑に価しない罪のことだ。そういう対処は強すぎる俺たちは向かない。だから地域に強く根づくそれぞれの自警団にお願いしているんだ。言い方悪いが、ちょうどグレイみたいな」

 それぞれ…。まるで複数あるみたいな言い方だ。

「グレイみたいなのは他にもいるのか?」

 質問をする。

「いやグレイは特別だ。この村には5つの地区があって、自警団だけで言うと合計7つある。より暴力的な組織で「治安部隊」というのが民間で組織されていて、それを合わせると13の組織が存在することになる。…世知辛いよな、またったくもって」

 ディミトリは事細かに説明してくれた。

「あっ、と。グレイはアレでも3人の仕切り屋の1人で、タコの足を担う者という意味で「オクター」と呼ばれている。それほどの実力者ということだ」

 タコ?

「なぜタコなんだ?」

 俺は聞く。

「自警団が7つ、治安部隊をひとまとめに1つ、合計8つの組織がある、タコは8つの手足を操る為に3つの心臓がある。そして3つの仕切り屋。タコみたいだろ?」

 そう言われて納得がいった。

「もう少し深く、どんなやつがいるのか教えてくれよ」

 浅慮がすぎるんじゃなかろうかという考えは、頭のどこかにはありつつも、ついのめり込んでしまう話だ。

「そんなに興味あるのか? そう関わることもないだろうが」

「教えてやる」

 それでもディミトリは快諾してくれた。

「タコの足は生殖器としての足が2つある。だから自警団が組織する妓楼ぎろうと娼館がある。この2つは小綺麗な和装をした小太刀使いのアオシという女帝が担っている。人は見かけに寄らない、という言葉を体現したような人だ。それに、あっちだとグレイは、五百枝いおえのグレイだと呼ばれているらしい」

「そして治安部隊を覗いた5つを担うのがグレイで、治安部隊を制御しているのがもう1人。俺はそいつが男だとしか知らない、謎だらけの男だ。けれど話では、グレイとアオシと足並みを揃えるように治安部隊を担えているらしい」

 そしてディミトリの話は終わった。最後の、制御という言い方が気になった。今後関わることはあるだろうか…。

「ありがとう、それで、そんなグレイと恋仲こいなかになってどうしたいんだ?」

 これも軽いジョークのつもりだった。けれど、これを言ってディミトリは少しムスッとした顔をした。

「添い遂げたいに決まってる」

 ディミトリは言った。言い切った。

「………」少し間が空いて、俺は言う。

「応援させてくれ」

 そんなで、俺たちはゆったりとした時間を過ごせた気がした。


 この日、この夕飯での会話で取り立てて言うようなことはコレだけだった。他は与太話のようなもので、シアンが昨日言った以上に、毒にも薬にもならない酔っ払いの絡み酒だった。

 そしてこの夜「明日はローラと対峙か」なんてうわごとのように思いながら、夜闇が深くなる前に、村全体の対吸血鬼兵器の改良が終わったという知らせが届いた。


 そして、その後の宵闇にはSマインの爆発音が何度も激しく鳴り響いた。その熱で山火事が発生するほどに。

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