25ページ 《1人と仲間》

「おい! 決闘は厳格に規制しているはずだぞ!!」

 ローラの声がする。そうだったのか?! 驚きながら、ウルフの顔を見る。ウルフは悪戯にニヒルな笑いを浮かべている。

「………」

 俺は亜然とする。同時にさっきまでの切ない笑顔は気のせいだったのだと思うことが出来た。

 あれ、というか、それならグレイはもろにアウトなのではないだろうか?? 俺は困惑する。

「ん? 誰かと思えばティネスじゃないか!」

 ローラはそう言いながら近づいてくるが、聞き捨てならないことを言った。

「よーし、今回は特別に不問としよう!」

 それを聞いて、再びウルフを見る。

「諦めてください、いつも同じようなものです」

 ウルフは可笑しそうに笑っていた。

 再びローラに顔を向けようとすると、丁度俺の肩に手を回していた。

「あ〜あ〜〜、こんなに大きくなっちゃってさぁ」

 そう言うローラの身長は150にも満たないようで、俺の肩に手を回すというよりも、置くという感じになっている。

「はぁぁ」

 俺はため息を吐きながら、身長を140まで落とす。

「性格が幼児退行するんだよこれ」

 諦めたようにため息を吐きながら軽口を言う。

「さっきの、透明ながら見ていたぞ、嫉妬してしまいそうなほどの勇姿だったしゃないか」

 ローラともあろう猛者が、こと戦いで嫉妬するわけないじゃないか。そんな風に思いながら。

「ソレハ光栄ですねー」

 棒読み1秒。

「そこでだ! そこで思い出したのが、あの初夜のことだ!」

 意気揚々とナニをいうか!

「いや、初対面の夜を初夜と略すのは辞めてくれ!」

「いや、そんなことは良いんだよ、重要なのは白黒付けようという話だ」

 またローラは強引に話を付けようとする。

「どちらが強いか、決めようじゃないか」

 そういうローラは肩に手を回したまま、俺の首をバシバシたたく。そこは急所だというのに、ローラの手で俺は普段あまり経験しないタイプの身体の揺れを経験させられる。

 騒がしいな。なんて思いながら、俺はローラに言う。

「白黒つけるなんて、そんなに重要なことか?」

 するっと出たこの言葉、思わず自分で考えさせられる。俺は思えば闘争本能というものに掻き立てられた憶えがない。

「そういうな」

 ローラは肩を落とすように下を向いてから。

「私の気が済まないんだ、それに順位付けは規律の維持に繋がる。どうか決闘に応じてくれないだろうか?」

 そんなセリフを、ローラは神妙な顔でいうのだ。そうならば、この俺がその言葉に応じないワケには行かないのだ。それを知ってか知らずか、ローラそのセリフは、きっとローラならばどちらだろうと言うだろうというセリフなのだ。

「いいね、本気をぶつけ会おう」

 しかしわすかに、心の中ではローラを傷つけてしまうことへの恐怖を感じていた。


 ローラはその実、年齢不詳だとか。ニノやディミトリが言うには、シアンには1万年以上の年齢と何処かの大陸で生まれたという情報があり、ジェシカは元々語り部に育てられ旅をしていた過去があり現在年齢は三十路を越えているらしい、と知られているが、ローラはというと滅んだ国で生まれ育ち武を磨き現在の年齢は不明なんだと。村の中では美魔女と囁かれているらしい。それはジェシカにこそ似合う言葉だろうと思った、俺はあの見た目には若さしか見られないのだ。ローラは見た目通り…でもないのだろうか? あの貫禄は10やそこらの歳では出せないのだろう、一抹の疑問が残る。

「ジェシカさんはあれで、昼間は狩りをして生肉を直でむしゃぶりついているんです、曰く健康法らしいです、柔軟体操と栄養補給を同時にできるんだ。なんて自慢げに言ってました」

 そう言ってウルフは笑う。

「また、そんなこと言っちゃっていいのか〜。ジェシカさんはそういうの厳しいだろぉ?」

 ディミトリが茶化す。

「いえ、実はアレでとても義理堅い人で。ローラさんが認めた人の顔を潰すようなことはしないんです」

 と言うウルフは「もちろんディミトリさんは別ですよ」と意趣返しのように茶化して、ニノが笑って、ディミトリも笑う。

 こんな話をしたのがローラとの決闘を承諾したすぐ後のことで、その後誘われるままに銭湯へ足を運んだ。ニノやディミトリにウルフも一緒に。


 俺は身体を洗うことに長くかかって、3人に遅れを取って湯船に浸かる。

「そういえば、3人の面識はどのくらい?」

 俺から話を振る。

 けれど3人は少し黙り込んでしまう

「さぁ」

 真っ先に出てきたセリフは茶化しが入っていて、それを言ったのはまさかのニノだった。それが俺には意外に感じた。

「この村が生まれたのはホンの3年前、そして…だから初めて面識を持ったのは、そこから半年を少し過ぎた辺り、ざっと2年ちょっと前が初対面。で、それから部隊や班の編成と任務の都合で、半年のウチに2度あるかどうか。あとは想像できる範囲だろう。数は数えてない…だったろ?」

 最後に確認を取るディミトリ。これも意外だった。けれどそれで驚くことはなく、それはディミトリの観察力がこうじた結果なのだと理解し飲み込めたのだ。

 そして2人は物思いに頷く。

「へぇーー」「………」

 俺の相槌で話が終わってしまった。けれどすぐに話題を思いつく。

「じゃ、普段、居合わせた時は何を話してるんだ?」

「そりゃ、近況報告と食いもん屋と、直近の武勇伝…」

「だけですよね」

 ディミトリが答えて、ウルフが肯定する。

「私たちに限らず、会話で冒険することはないですよ」

「いや、あとはそう、死にかけた話だな」

 ニノが言ってディミトリが否定する。会話で冒険しない、というのは兵士たちの国民性として新しい会話を開拓しない、ということだろうか。

「死にかけた話なんて、みんな星粒の数ほどありますから。それは武勇伝のウチなんじゃないですか? そもそも私たちは皆、死に急ぎなんですよ」

 ウルフはそう言って優しそうに笑う。死にかけた話…か。

「俺の場合、死にかけた話はないけど、死んだ話はできるんだけどな〜」

 俺は天井を見上げてつぶやく。

「ティネスさんって偶に天然ですよね」

「あ〜思い出した」

 ウルフが言ったのに被せてしまった。

「どうぞ」

 ウルフがそう言って、俺は言う。

「いや、大した話じゃないんだが、ローラとの初対面が、死にかけだったなって」

 俺は久々の湯舟に気持ちを浮かされてか、変に口数が増えた気がしていた。

「その話、興味あります」

 そのセリフはウルフが言った。そんなウルフを見て、俺はウルフは話好きだったことを思い出した。

「よかったら、私たちにも是非」

 ニノからも声がかかる。

「あれは月が綺麗な夜だった。から始まるのはやめてくれよ」

 そんなディミトリの茶化しを他所に、俺は話す。

「そもそも俺は、ローラに会うまで人間を人間だとは思ってもいなかった。

「俺にとって人間は、小バエと同じ存在だった。居てもいなくても変わらないが、居いればわずらわしいもの。

「そんな認識を――ローラに殺された。

「皆目1番、俺は首にローラの回転蹴りを入れられて、首の皮一枚になった。

「俺を傷つけられる人間が居たことにも驚きだったし、それで少なからずいかる感情が湧き上がってきたのも衝撃だった。

「でも、ローラの瞳に魅入られたんだ。

「カリスマ性に惹かれたと言い換えようか。そこからだ、村に来たのは。


「そんな感じだ」

 言い終えると、少し間を置いて。

「意外と普通なんだな」

 ディミトリが言った。

「普通だなんて言うのは失礼ですよ」

 ニノがいさめる。それがあって、俺も喧嘩腰にならず言えた。

「なら、ディミトリも首の皮一枚になってみるか?」

 これは俺なりのユーモアだった。それにディミトリはこう反応する。

「キツい冗談だ」

 そう聞いて、ニノとウルフは涼し気に笑う。


 そんな感じでいろいろな話をして、俺たちは浴室を上がる。

「いつも悪いね」

 そう言ってディミトリは銭湯で働くおじさんからタオルを受け取る。

「いえ儂らの働きが、幾ばくかの兵士さんの役に立てればって感じですんで、あまり気に停めなさらんでください」

 おじさんはバスタオルの乗ったカゴを、胸の高さに持って俺たちの方に差し出す。

「さぁ是非、ウチで頼んでる街の洗濯屋がスゴく気を使って整えているタオルですもんで」

 そう言われて、1束と表現した方が的確であろう厚さのタオルを俺は受け取る。

 柔らかいバスタオルで髪や顔を拭きながら、ウルフや皆の身体を視感する。なるほど薔薇の会なる組織が形成されるくらいには、皆、たくましい身体をしていた。それに美形であることも比例しているように感じる。

 そんな中でニノが言う。

「風流ですね〜〜」

 ウルフが言う。

「使い所間違ってます」

 ズバリ、という感じだった。それにニノはどう対応するかと見ていると。

「そう、ですか、指摘をありがとうございます」

 若干の動揺のあとに言うべきことを言った、という感じだった。

 それにしてもニノだ、腹筋が五弾に割れているのは初めてみた。俺の腹筋はいかほどだろうか? そうやって俺は自分の腹を見る。

「………」

 俺もまた五段に割れていた。

「どうしたんですか?」

 ニノに気づかれて聞かれる。

「いや、…俺はコレで、分かっているようで自分のことを知らなかったんだなと」

「男性器のことですか?」

 !? ニノが言うセリフか?? ニノがそんなことを言えるだなんて思ってもみなかった。

「…いや、腹筋のことだ」

 気遅れしながらも答えると。

「あぁ、腹筋ですか、部隊にもよりますがウチではテンパックになってから一人前って風潮がありますね」

 そうなのか。兵士たちはみんな腹筋が10コまであるものなのかと、軽い驚きがあった。

「ティネスさんって、意外と小さいんですね」

「ん、どれどれ〜」

 ウルフのセリフで、ディミトリがウルフの視線の先を人目見ようと俺の鼠径部そけいぶに顔を寄せる。

「小さいだなんて言っちゃダメですよ。だって小さいのは今だけで、身長と同じように自在なんでしょう?」

 ニノはそう言うが、実はそんなことも無かったりするんだ。だからそんなに注目しないでほしい…。

「すまないが俺にはそもそも性欲がないんだ。だからあまりそういう話には載ってやれない。すまない」

 俺はそう返すしかなかった。

 性欲か〜、そもそも吸血鬼なのだから生殖行為をする必要がないのだけれど、それでもこの話で胸の内に周囲との疎外感を感じていることを自覚できた。それだけに惜しい気持ちになったのだった。

「性欲がない、か〜〜俺にはあまり理解できない悩みだ」

 ディミトリのその言葉に俺は耳を惹かれた。

「悩み? なんですか? ティネスさん」

 ディミトリのセリフにいち早く真偽を確かめようと、ニノは俺に直接聞いた。

 こういう時に直接聞いてくれると、俺の居ない場所で変な話をされるような不安がなくなり安心出来る。なんて思いながら答える。

「悩んではないんだ。ただほうだな、が大きくならないのは困っている」

 上手いジョークのつもりだった。

「それなら安心ですね」

 とニノも呆気ない反応で、皆黙々と着替えに着手していた。

「悩みがあったら言えよ」

 気づかいだろうか、ディミトリは少し時間を置いてから頼り甲斐のある言葉をかけてくれた。

 それを皮切りに、また雑談が始まる。

「ディミトリさんは不真面目と真面目の境い目分からないですから、ティネスさんもそこら辺の判断力は鍛えてもらえませんか?」

 ニノの言葉だった。ティネスさん「も」ということは、兵士たちは少なからずそう対応してきたのだろう。

「あぁ、善処する」

 自信は少しなかったが、そう答えた。

「ところで、ディミトリは下戸げこなのか?」

 昨日はモノの数分で酔っ払っていたが。

「げこ…あぁお酒ですね、お酒を飲むとと毎回潰れるんですけどね、気おつけているつもりらしいですが、あの居酒屋だと我慢できないみたいで」

 ニノは的確に答えてくれた。

「ちょっと耳を借してください…」

 少しの間会話から離れていたウルフがそう言うので、耳を傾ける。するとウルフは囁くように耳打ちする。

「ディミトリさんはグレイさんのことが好きなんですよ、とても分かりやすいですよね」

 ほほう。

「じゃあ、キューピットでも演じるか?」

「じゃあ僕は遠慮します」

 俺はナイスな提案のつもりだったのに。昨晩のアルク、あの猫のセリフで「酒に逃げるにゃ」とあったのはそういう意味だったのかと知りつつ、なぜウルフは応援してやらないのかと疑問に思った。

「それまたどうして?」

 そう聞くとウルフは考える素振りをして。

「僕って、人の恋路に関しては疫病神が憑いているようで…」

 その言葉には、そうなのか、と俺は納得する。それならば口出しは逆効果だと考えたのだと頷ける。

「なんの話をしてたんだ?」

 ニノと別の話をしていたディミトリが話に介入してくる。今は入ってくるのはねちっこいやつだと感じた、がその言葉は飲み込んでおいた。

「そういえば、ティネスさんは決闘以外の訓練はまだ見ていなかったはずですよね」

 着替えを終えたニノが言う。それを聞いて俺は頷く。

「実は武器庫で聞いた話ですが、結構なペースで作業が進行してしまったので、今日の昼は村民に向けて兵士たちで演舞をすることになったんですよ。告知は済んでいるようです」

 とウルフ。

「それは俺も聞いたぜティネスも混じっていくか?」

「いえ、ティネスさんは働きずめなので休息を兼ねて頂きたい、ので、本人の意向があっても見学させて下さいよ」

 ディミトリの言葉をウルフが静止する。

「俺は特に、だが悪い気にはさせたくないから見学させてもらうよ」

 なんだか温かい雰囲気の会話だった。

 それで俺は「演舞とは?」という疑問を飲み込んだ。


 そんな風に俺たちは銭湯をあとにすると、まだ昼だというのに、空には西日が上がっていた。それを見上げて。その眩しさに目を瞑り顔を伏せながら。

「人間らしさってこんなものかな」

 なんて1をつぶやいたりした。

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