24ページ 《陰力の術理》

「投げナイフ…というとダガーですか? 黒塗りの?」

 ウルフの言葉で、俺は自身の大立ち回りを想起する。

「まぁ黒塗りというか、もとが影だから黒いんだがな、黒色の性質上は光の反射率が影響して距離感が分からなくなる利点があるな」

 きっと影のことまで考えての「黒塗り」だったのだろう、余計な言い方をしてしまっただろうか。

「なら、投げナイフの腕前はどのくらい」

 ウルフはそのまま話に乗ってくれた。けれど俺は厳正に表現する。

「それだな、そもそもが吸血鬼の反射神経と運動能力だ。陰力の影という不偏性のナイフというグレードを除いても、どれくらいと答えられる代物じゃないんだ」

 と答えた、回りくどいだろうか。

「ふんふん…その、グレードというものを細かく教えてもらってもいいですか? お手数お掛けます」

 そんなウルフの言葉には話を進めることに余念のない雰囲気があった。

「そうだな…そもそもの陰力の性質を話すことになるのだが、まず当然重さがない。それでいて全ての重圧を無視する性質がある。一度放てば放った速度で停止させるまで動き続けるものだ。これはどんな形状でも普遍のステータスだな」

 ここまで言って、ふと気づく。いつの間にか日本語を使いこなしていた。戦闘も場数を踏めば慣れるものだが、語学も同様なのかそれともシアンの結界の精度の恩恵なのか、後で会ったら聞いてみようと思った。

「つまり、ナイフの形状で投げた場合には材質を問わず必ず貫くことから、避ける以外の方法はない。と?」

 ウルフはたった今聞いた話を纏めて及ぼされる側の認識を確認してくれた。それはさすが戦士と賞賛したくなる飲み込みの良さだった。

「ああそうだ。だが手元や身体の近くで作った影は、俺の体表から離れると変形が不可になる」

 影とは概念で、概念を操るならそうなる。そういうものだからそう説明する。これで飲み込めてるのだから説明は間違ってないのだろう。ウルフのおかげで安心して話すことができる。

「ありがとうございます、その他も聞きたいです」

 妙に丁寧な相槌をしてくれる。きっと踏み込んだ質問だと分かっているからだろう。

 けれど他と聞かれてもすぐに思いつくものはなかった。しばし考えると根本部分で話していないところがあった。

「他には、影を操るには2つの方法がある」

 ………。話し終えて。

「これから一戦やりません? 百聞は一見に如かずといいますし」

 そんなこんなで、朝食を終えた直後、切り合うことになった。


「さぁ〜て、表で行こうか裏て行こうか」

 あのあと、ウルフのことも教えてくれた。彼は性転換の体質だと話していたが、それにやや固いネーミングをしているとのこと。

「じゃあ、現表体げんひょうたいのまま行きますね」

 ウルフはそう言って、その場で数回、伸びをするようにジャンプする。

 この決闘の舞台は昨日、ローラや助小増すけこまたちが訓練で死闘を繰り広げた場所、中枢ちゅうすうく訓練棟くんれんとうだ。今の間合いは4mほど。

「ナイフ投げ、綺麗な技を期待してますよ。ていっても私もダガーなんですけどね」

 そうウルフは言いながら、右手で太ももから刃渡り20cmのナイフ、ブーツナイフを拾うように取り出し。腰にセットされた装具そうぐから刃渡り40cmのナイフ、マシェットナイフを左手で引き抜き逆手で構える。その武具はどれも任務時にだけ持ち出せるという武器庫で個人に支給されているモノらしくそれを教えてくれた。

「今はプライベートだが持ち出してホントに良かったのか?」

 俺は聞く。ウルフのその獲物はシルバーに光を反射していた。

「ええ、でも今は任務中みたいな物ですよ」

 ブーツナイフを持つ右手の人差し指で、中枢区共用の道路の方を指さす。この訓練棟の辺りは工業街、手作業で仕事をする職人が朝早くから集まるという話で、いかにも職人らしい厳格な面構えをした通行人らの数人が足を止めて様子を伺っている。他にも、夜勤明けの兵士たちが訓練棟の方から俺たちを覗いて野次馬を担っていた。やがて俺は顔をウルフに向き直して小さな微笑みを浮かべる。

「そうだな、…そうかもな」

 俺はえ立ちしていた格好から、俺の構えをする。

 足を前後に肩幅ほど開いて胴体は正面を向き、左腕はまっすぐ前に伸ばして手の力を抜きだらりと下に垂らして指先は完全に地面を向いている。右腕は完全に見えぬよう肘から先を背中に隠している。半ば手心を加えているかのような構えになっている。これが俺のナイフ投げの構えだ。

 それから間もなく、武器庫の方から刀剣がドミノ倒しになったような騒がしい音が耳に届く。俺たちは同時にその方を向く。

「誰か夜勤明けでやらかしたな」

 よそ見をしながらウルフは言った。そして俺は言う、既に俺はウルフを見つめていた。

 朝食を終えた頃には既に太陽は30°の角度まで昇っていた。その太陽によって生まれる影に粒子を潜ませ、既に形状操作の1段階を終えていた。

「死ぬなよ」

 俺は言うと、垂らしていた左手を表に返して力を入れる。瞬間、2本のククリナイフを創造し小指と親指でそれぞれ弾き飛ばすように発射する。吸血鬼の握力では簡単な技だ。

 2本のククリナイフは回転し胸の高さで鋭利な螺旋を描きながら高速でウルフへ迫る。そしてそれと同時に俺は腰をかがめて足を前後させ腰を捻るように右腕を背後から弾き出し、30cmほどの手斧を腹部を狙って胴体の回転と共に投げる。

 そして3つの刃物が風切り音を立てながらウルフに迫る中、ウルフは言った。

「甘いですよ」

 ウルフは左脚をくじくように倒して右脚で左横へ飛脚する。それはそれだけで3つとも避けてしまう調子だった。だが俺は胴体の回転で手斧を投げるのと同時に左手を空に上げながらウルフとの間合いを詰めていた。

 そして左手を振り下ろし、裾から生んだ刃渡り4mの大剣を振り下ろす。

 胴の回転が作用し大剣は煽りを受けてウルフの頭上を斜めに剣閃を描いた。

 ウルフはこれだけで終わるはずもなく、大剣と紙一重の距離で半ば千鳥足の不安定な姿勢になりながら避け切っていた。しかしそれだけではなく、その姿勢から恐るべき飛脚を見せた。一瞬にして俺は首に刃渡り20cmのブーツナイフを突き立てられる。それも一瞬のこと、俺は大剣を消して後ろに退しりぞくことで容易に避ける。

 しかしウルフの攻撃は止まない。

 ウルフはブーツナイフを外したと見るやいなや、全身に回転をかけブーツナイフよりも更に長い刃渡り40cmのマシェットナイフで弧を描きながら首に追撃する。

 これを俺は身長を130cmまで縮めて避ける。危なかった。次の瞬間には右コブシに、拳先けんさきに刃を持つプッシュダガーを生み出し同時に身長を2mまで肥大させ、その体格と腕力を利用し腹部にアッパーをかける。

 けれどウルフは2mばかり飛躍して難無く避ける。だが2mの高さに飛躍しようと俺の背後に回ることは出来ていない。

 ウルフは左腕を振るい飛躍することで回転により俺に背後を見せたが、すぐに右手のブーツナイフで俺を切りつけようとする。

 そのナイフは丁度俺の目の高さにあり、簡単に見切ることができた。ウルフはすぐに空中姿勢を取って滑空状態のまま俺から距離を取ろうとするが、俺はナイフを避けて姿勢を下げたままに再びククリナイフを創造しすくい上げるカタチで投げる。これも恐ろしい速度で飛ぶがウルフはこれも難無く避ける。だがおかげで空中姿勢が崩れて余り距離が取れなかった様子だ。

 俺はその着地の直前を狙って両手で2本の手斧を投げる。これも螺旋を描くように投げた。

 続けざまに刃渡り10cmと小さなスローイングナイフを両手で2本ずつ投げる。

 正直、コレくらいで死ぬようならローラの部下たる資格はないとも思っていたけれど、ウルフはこの状況に応えた。

「風切りの葉」

 短い詠唱だった。

 短い詠唱だったが、ウルフの身体は空中で若干の制止をしてすぐ、全ての刃の隙間をヒラヒラとすり抜けるように滑空し、瞬くうちに地面から這い上がるようなポーズで俺の顔の前まで飛んでやってくる。

 ウルフはその初撃で手打ち程度にブーツナイフを首に突き立てると、身をひるがえした俺に下から切り込むようにマシェットナイフを突き上げる、が、滑空することでウルフの動きが読みやすくなった俺は左足で容易に蹴り飛ばす。

「体幹の良さはジェシカ譲りか?」

 俺は言った。俺もどこまで行っても戦士の端くれ、この位の攻防は涼しい顔でやっていられる。それに、ウルフは完璧な受け身を取っていた。

 ウルフは2mほど飛ばされた辺りで着地する。そして両手を広げて顔の高さに上げる。降参のポーズをしていた。

「リザインです。もう十分でしょう」

「流石だな」

 その降参に、俺は賛美を送る。

「引き際、いや潮時を知っている」

 それは経験を蓄積してきた人間の判断力だからだ。

「ティネスさんこそ流石に戦い慣れているだけはある。引き出しを最善で使っていますね」

 お互いに軽口を叩き合う。お互いに涼しい顔をしている。シアンが言っていた話の「真の英雄は目で殺す」の下りは伊達じゃなかったのだと再確認できる。俺は身長を170cmに戻す。

 グルグル…、この脊椎せきついを伸縮させる感覚は、牛のホルモンを生で食べているような異物感がある。

「そうだな、死合しあうのはまだ当分先だな」

 俺はククリナイフを弾いた時のように軽く笑う。

「……そうですね、それが理想でしょう」

 ウルフは物思いな顔をして、それから頬を緩めて笑う。何か切ない気持ちになる笑顔だった。

「あなたが強くて良かった」

 そう言うとウルフはまた、同じように笑う。

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