19ページ 《誉れのカタチ》

 職業体験とか複雑難解を極めた箇所とか、そんなものはそれらしい言い方をするために当てつけられた言葉に過ぎなかった。要はこの期に時間をかけて改良作業までしてしまおうという話だ。

 時間がないと言っておきながら、よっぽど暢気なのか信頼が度をすぎて慢心しているのか。なんにしてもこのタイミングの改良作業は最初から俺を当てにしていたのは間違いないだろう。

 未だに、薔薇という単語が頭を離れない…。


 そうして向かった作業現場には、ニノとディミトリの姿があった。

 昼の間は少しづつ仕事を覚えて貰えればいい、とローラは言っていたが、そもそも1日で覚われる程度の作業量でもないしそんなぞんざいに扱えるような代物ではないことくらい、パッと見るだけで分かった。

 そんな複雑な作業をしている兵士たちに紛れて見えるニノとディミトリの姿は、とても男前に見えた。ディミトリが指導しニノを含む兵士たちが作業に当たっている。

 あとで分かったコトだが、ディミトリは自己紹介の時『監督役』と言っていただけあって、人を指導することに関しては仲間内でも一家言あるらしい。そんなディミトリだが、昨夜のうちにローラから俺の『職業体験』に関した連絡を受けていたらしく。俺が到着して次第、すぐに役割りを与えられた。

 それは他の兵士たちの仕事によって適切な寸法に加工された木材を、木材同士で組み付けたり…物によっては和釘わくぎと呼ばれる道具を使って頑丈に補強するなどして強固なカラクリの基礎を造るという、組み立ての前段階に当たるミスを許されない作業を教えられた。

 その指導に関して一家言ある。というディミトリの教え方は実に分かりやすかった。

 まずは作業を見せる。そしてそれを体験させる、この時の出来は問われないし褒められもしなかった。そして作業の楽しさを知らせて意欲を沸かせたあとに、実際の作業をやって見せる。それからアドバイスを重ねながら技術を体に叩き込む。という流れ。

 つまり虚勢を張りたがる男の心理を逆手にとって向上心を操り練度を上げる。というもの。それは実際、ディミトリの言い回しは絶妙で面白くもあったしもちろん覚えやすかった。

 しかし優しい教育とは呼べないほどハードで、けれど習得への意欲は尽きることなく。そして同時に、その厳しさに比例するように腕は上がっていった。その有り様といば、素人と呼ばれる誰もがディミトリの教育に感化され感謝し、賛美の声を挙げるだろうと思えるほどだった。

 そうして授かった技術で、俺は与えられた作業を進めていく。

 時間は流れて太陽が沈み始めた頃になると、その組み立て技術においては、おそらく一人前と呼べる程になっていた。

「ティネス、なかなか筋が良かったじゃないか!」

 すっかりおかしら口調になったディミトリは、汗臭いセリフで爽やかに褒めてくれた。

「いえ、お頭のご指導の賜物たまものです」

 かくいう俺も、お頭と慕っていたりする。

「そう言ってくれるか! ところで、教えたことを踏まえて、改めて今夜は任されてくれるかだろうか?」

 俺からの世辞に好意的な反応をしつつも、慎重な声色に変えて問いかけてくれた。

「勿論。もとよりそのつもりで仕事してましたよ」

 その時、少しだけ笑みが溢れていた気がする。

「助かるよ。吸血鬼の特性とはいえ、人を不眠不休で働かせてしまうコトに抵抗があったんだ。実はさっきみたいなコトを聴いたのは、心を軽くしたいという意味合いもあったんだ。卑劣なことを聞いてしまって、申し訳ない」

 といいながら、ディミトリは頭を下げた。

「構いませんよ。そんな事より純粋な疑問が沸いてきましたので、お伺いしてもよかったでしょうか?」

 そう言って、俺は頬をほころばせる。

「ありがとう! なんだ? なんでも聞いていいぞ?」

 二つ返事で、気持ちいい返事をもらえた。

「俺は吸血鬼です。この村に害をすのも吸血鬼です。なぜ、それでもこの村の人々は俺をうとまないのでしょうか?」

 吸血鬼の特性という単語を聞いて、ずっと形容できないままになっていた疑問が、せきを切ったように沸いてきたのだ。それをスグに発散できたのはディミトリという貴重な存在あってこそである。

「それはギャグか?」

 この大事な質問に、おそらく意図を理解した上でのこの反応である。

「いえ、スピリチュアルな話です」

 そうだ、俺はこういう会話に慣れている。それはアイツとの飽くなき問答の成果でもある。

「アッハッハ! 1本取られたな」

 空を仰いで笑うディミトリは。

「いや、今は夕食時だぞ、つまり有り体に言うと業務時間外だ。本来目上を敬うような言い方は必要ないんだ」

 と言う。

「まぁ、これからは友達として砕けた感じでいこうな」

 言いながらディミトリは肩に手を回してくる。

「あ〜、なんでティネスが町民から変に思われてないか。だっけ?」

 いきなり馴れ馴れしくなった。

「町民…、そうだ」

 町民、という聞き慣れない言い方に違和感を憶えながらも続きを急ぐ。

「まぁそうだな、簡単に言えば、差別をしないことに慣れているから。だな」

 なにやら回りくどく聞こえた。

「この村って、いろんな人種がいるんだ。気質が違うって意味じゃなくな」

 と。

「そしてココは曲がりなりにも村社会。それはイコールで、差別や偏見を持ってたら生きられない社会なんだ。まぁ相互監視って言い方もできるけどな」

「だからこの村の皆は、自分の知らない存在…例えば他人だな、そういう対象に恐怖を憶えないようになっているんだ。自分と違う存在を許容している…他人が自分と違うことに馴れている。その上で集団に溶け合う為に、お互いの中身を理解するコトで社会を築いている。という…まぁそんな感じだ」

 言い終えたディミトリは、しまったというような顔をして。

「こんなタイミングで言うような文字数じゃなかったな」

 と付け加えた。…メタい。

「長かったですね〜、シア…クレアさんももう少し短かったと思いますよ?」

 言ってからディミトリの反応を待つ。さぁ! この皮肉にどれだけ対処できる? と、俺はアイツとディミトリを重ねながら虎視眈々と待っていた。

「いや、俺はクレア嬢の話がマンガで出てくる校長先生の話より長いのは知ってるから、それはジョークとして成立しないよ? アレほどじゃなかったハズだ。あと適応早いな」

 急に辛辣になった。

「マンガってなんですか?」

 思わず、喉を突いて質問が飛び出した。

「あぁ、まぁこの村の娯楽の一種だよ」

 と一言。

「あとで読むか? 漫画」

 お〜? と俺は喉が鳴るような欲求を感じた。

「読みたい…けど、これから夜も作業ですし明日明後日も作業です。時間はないでしょう?」

 と確認を入れる俺。

「そういうことなら、娯楽は他にもあるぞ? 温泉に食いもん屋に…隣街に行けば演劇だってある。あの演者さんは才能あるよ、うん」

 呑気なことを言ってくれた。

「ちなみに、村の人口は何人なんだ?」

 俺は聞く。ここでディミトリは俺から離れて思い出す仕草をする。

「ん〜ここの地区だけで6000人くらい? 全ての地区を合わせたら2万くらいだ。ウチ6割が兵士で、遠護兵は普段野営していて近護と巡視は各地区の宿舎で過ごしている。これくらいでいいか?」

 ディミトリは丁寧に、おおよそ出てくるであろう質問にもついでに答えてくれた。

「ありがとう」

 と、口下手なので安定の社交辞令を返す。

「建国…建立けんりゅう? 村を立ててから何年目?」

 村の場合になんというか分からなかった。

「聞いた限りだと、このとうげを越えれば4年目に入るそうだぞ」

 つまり3年目なのか…たった3年でこの人口になったのか。素人目にも、破格だと分かる。

「なぜ俺はこんなに情報を渡したと思う?」

 唐突な謎かけが始まった。

「…親切だから?」

 安直だとは思ったが、とりあえず答えておこうと考えた。

「いや? 信頼させる為だ」

 なんと安直な!!? 俺よりも安直だった。

「いや、いやいやいや」

 外見に引きずられてか、少し幼稚なリアクションを取る。

「人はな、自分に利益をくれる人間を安易に信用してしまう生き物なんだよ…悲しいことになっ?」

 何故かハイテンションだった。

「…まぁ冗談はさておき………」

 冗談だったの?? まぁ、冗談か。

 そうは思ったものの、ディミトリは何やら物思いに見上げて空を仰いでいる。

「自慢がしたいんですよね?」

 遠くから、けれどしっかり聞き取れるような声が聞こえる。ニノだった。

「ディミトリ先輩は結構かっこいい2つ名をもらってるんですよ」

 と、追いついたニノは言うのだった。

「2つ名?」

 俺が聞き返す。

「そうです。2つ名、ローラさんやジェシカさんクレアさんが三英雄と呼ばれそれぞれ2つ名があるように、我々兵士にも優れた者には2つ名を勝手に付けられる風習がこの村にはあるんです」

 とのこと。なんだか良いことを知った気分になった。

「じゃあ、ディミトリはなんて2つ名があるんだ?」

 俺はさっそく聞いてみる。

「…偽双ぎそうの剣客ですよ」

 えっと? ちょっとなんていう字を当てるのかが聞いた感じでは分からなかった。シアンが結界に用いた共通言語が日本語なことは、何気に嬉しいのだが、こういう時にはちょっぴり不便だと思う。

ふたつ、にせの双剣、直剣の一刀が二本に錯覚して見えてしまう、騙し技の達人。そういう剣士なんです。ディミトリ先輩は…こう見えて凄腕の剣士なんですよ」

 ニノが言ったのは《偽双》とはそんなに凝った意味だったのか。

「ちなみにこの私にも2つ名があるんですよ?」

 と、頬をほころばせながら嬉しそうなニノ。…聞いとくか。

「なんて言うんだ?」

 即答で。

平行へいこう一線せんの先駆者です」

 言い切って、嬉しそうなニノだった。なんだか愛嬌すら感じる。

「あっ、よく誤解されるのですが、『せん』の部分は一直線上の『一線』ですからね?」

 誇らしそうに言うニノだった。

「へ〜〜」

 本人があんまり嬉しそうに言うものだから、興味がせてしまった。

「じゃあ、平行一線へいこうせんてのはどういう意味なんだ?」

 とりあえず聞いてみた。

 ここで。

「お〜い皆ー! 片付け任せちゃってゴメンな〜俺、手伝うわー!」

 と大声がデカデカ聞こえた。どうやらディミトリは2つ名を俺に知ってもらって満足したようで、走って仲間の兵士の方に行ってしまったのだった。

 ここでニノに向き直って話の続きを聞く。

「平行一線というのは、一線を何度も打てる。平行線のように絶えず続いて一線を放ち続ける。一線の常識をくつがえした剣士。て意味なんです」

 えっへんと、胸を張るニノだった。

「…つまり、ここで言う一線とは剣線けんせんを指すのか? このいちは、1合撃いちごううつ。という意味で」

 俺は不思議と、この手の言葉遊びに自然に関心を寄せた。ジョークや皮肉と同じ用量だからだろうか。

「おおっ? ティネスさんって実は天才肌だったりします?」

 意外にも、ニノは褒めてくれた。

「いや、そんな認識はない方だぞ。でも平行一線へいこうせんか〜、確か最初の一振りに命を掛ける剣士なんてのはに居るけれど、それを持続できると考えたら恐ろしいな」

 聞いておいてよかったと思った。楽しい会話になった。

「なんでも、ローラさん曰く。最初の一振りは準備しているから素早く振れるが、あとは器用さが物を言う。そうで、私の場合は器用さも勿論のこと関節の柔軟さやその使い方が軍を抜いてるそうで、最初の一線と同様の速度と重さを備えた剣を常に振れるのだと。それはそれは褒めてもらえました!」

 さっきまでより、ローラに褒めて貰えた話をする時の方が声が高くなっていて楽しそうだった。

「なんだか可愛いな」

 心の声が漏れてしまった。

「あっ、いや悪気はなくな?」

 弁明しようとするも上手くいく気がしない。

「良いですよ、よく言われるんで…特に薔薇の会なんかには……」

 なんだか俯いた表情のニノ。剣士のクセに、相当嫌な目に会ったのだろうか?

「そういえば、三英雄の中ではクレアさんの2つ名が1番味わいがあったりするんですが、それは知ってたりしますか?」

 シアンの2つ名? そういえば聞いていなかった。錬金術を扱うから、それ関係だろうか? 想像もできない。あのシアンの…。

「是非教えて欲しい」

 俺は食いついた。

「じゃあ、わざともったいぶった言い方をしますね?」

 おい、普段マジメ誠実なクセに、今だけ遊び心出すなよ…。

「へ〜なに?」

 結論を急げと、顔に出てたかもしれない。

「なんだかティネスさんも喜怒哀楽がハッキリしてますね。ティネスさんも結構かわいいじゃないですか。もっとも小さいから可愛く見えるのかもしれませんが」

 と、可愛いと言われ慣れていない俺は、思わず顔を伏せてしまう。

「良いでしょう、シアンさんの2つ名はですね。今では三英雄なんて言われている3人のに関する名前なんです」

 お〜! と、思わずうなるような由来だそうで、テンションが上がる。

「というと?」

 俺は息を飲んで話の続きに期待する。

「それはですね〜〜」

 予告通り、もったいぶってくれる……。この時間が惜しい…。

「お〜〜〜い!」

 陽気な声が、俺たちの間に水を差す。

「なに立ち話に、花を咲かせてるんだよ!」

 その声の主は、さらに茶々を入れてきた。ディミトリだった。

「おい! お前か!」

 と言いたくなったが自重した。

「あ〜、そんな時間でしたね。ついつい談笑に夢中になってしまっていて、どうもすいません」

 と頭を下げるニノ。なにか予定があったのだろうか?

「これから俺たちは夕食なんだが…夕食という名目の晩餐会なんだが、ティネスも来るか?」

 夕食、それはありがたい誘いだった。

「吸血鬼も一緒に食卓を囲んで大丈夫なのか?」

 大丈夫だろうとは分かっていても、やっぱり不安が頭をもたげてくる。

「言ったろ? この村の皆はそんなこと気にしないぞ。三英雄のおすみつきもあるし?」

 言って、カハハと茶化すようにディミトリは笑った。

「決まりだな!」

 言いながら、ディミトリは俺を左腕にニノを右腕に抱えて…抱えようとしたがニノとの身長差のあまり、俺を腕に収めることを諦めて…代わりに俺の背中をパンパンと叩くのだった。

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