17ページ 《経験と余裕》

 医務室にて、閑話休題かんわきゅうだい

 視点は俺に戻る。

 なんというか、この村は古代ローマ聖教の専制政治…の、君主の居ない元老院? の体制を摂っているらしい。ローラやシアン、ジェシカらが言うには「流れの止まった湖は、どれだけ清らかでもいずれ腐敗する。組織は上から腐敗する。専制政治は上が真面まともであればマシな政治ができる」と、その手の話には頭がついて行かない俺は、ジト目でボーッと聴いていた。そしてローラ曰く覚えている限りでは。

「ましてや軍事は完全実力主義。今はたまたま私たちが筆頭で居られているだけで、いつかは誰かが交代する時が来る」

 と言いつつ、そののちに2人きりの時は。

「まぁ3人の中では私が1番弱いから、最初に交代するのは私だろうな」

 などとローラはうそぶいていた。



 泥との交戦の後。俺を含む4人+患者1人を連れて(ローラに押し切られるカタチで俺が担いで)、俺が3人に道案内を受けながら後ろを歩く形で、今いる村の区分の中で南側にあるという医療棟に向かいながら、その最中に3人の女傑じょけつは、僅かな時間で今後に向けた会議を終わらせる。

「ラフレシアの発動は控えろって言っただろ?なんで訊かなかった?」

 ジェシカは問う。

「必要に感じたからだ」

 シアンは答える。

「それは信用問題に発展するものだと自覚しているならいいんだ、済んだ話だしな。それよりもあれはなんだと思う?」

 ジェシカは2人に問う。

「あれは吸血鬼か、それ以外かだ」

 ローラは言う。

「ああやって体を別の何かに変異させる吸血鬼は居たことがある。だがあんなに超越的な力を発揮する吸血鬼は今まで見なかった、それにもしあの力を自由に使えたら"アソコ"で逃げなかったはずだ」

 このローラの見解にシアンは反論する。

「いや他にも理由はある。例えば不確定要素が多過ぎた場合だったりだ」

 シアンは含みのある言い方をする。

「一撃必殺でターゲットを暗殺できたなら未知数な点が多くても実行するだろう。だがそれが失敗して、1対4の状況にもなれば撤退もするだろう。そう考えると"あの力"には制約があると見た方が筋が通るだろう」

 そのシアンの声は賢明に聴こえた。

「そうか…」

 ローラは合点が言ったように頷く。

「てなるとシアンを暗殺しようと至った動機が重要だ。それは火を見るより明らかで、シアンはこの村の守り神のような役割だからだ。でだ、…その情報はどこから吸血鬼の烏合うごうの衆に渡ったと思う?」

 ジェシカは核心を着くように切り出す。

「……部下の中に裏切り者がいる。そう言いたいのか??」

 ローラは慎重に話すも、最後の方には怒りがこもっていた。

「いやこの村に出入りする者も多い。私の能力は隠密的だが不可思議というワケでも秘密というわけでもない。だから通りすがりの者が情報を持ち帰ってしまっても可笑しくは無い」

 シアンは2人を制御してまとめ上げている。

「なら、重要なのは今後の対策だろうな」

 俺が口を出した途端、3人は同時に俺を見る。そして俺は無言の圧力を受けるハメに遭った…。どうやら出しゃばってしまったみたいだ『分かりきったことを今さら言うな』とでも言われてしまいそうだ。

 そして3人はまた、前を向いて歩きながら話を始める。

「まず、情報の整理と認識を一致させないと始まらないだろ?」

 ジェシカが切り出す。

「あの大穴はどうする?」

 今度はシアンが残りの2人に聞く。

「あれは怪力自慢の兵士たちで塞げるか? いや愚問だった…」

 ジェシカはローラに聞くも、何を考えてか言い直す。

「その場しのぎは愚策だな。どれくらいで修理できると思う?」

 ジェシカの質問はよりシンプルになった。

「それは現場を知らない私には分からない。ジェシカの方がその点詳しいと思ったがな」

 ローラはジェシカの落ち度を突いたつもりはないらしく、そのまま話を続ける。

「遠護兵とは別に遠征を繰り返してきた私の経験になるが、ああやって大きな音を立てて大穴を空けられてしまったのだからこの場合、大抵は内部の人間が弱ってきたのだと考えて吸血鬼どもは攻めてくるのだ」

「私が遠征で殿しんがりをして何かのミスをした時は、"群れで"攻撃してくる」

 ローラはさらっとヘビーな経験を語る。

『吸血鬼"ども"』と呼ばれてしまうことは、吸血鬼の俺には少し傷心だが、文脈から察して村に入った時に教えてくれた「死体ーン」のことを言っているのだと思う。

「つまり、この村は近々襲われるのだな?」

 ジェシカはローラに聞くがシアンが鋭く割って入る。

「いや、あの穴と正門とを両方狙われることになる」

 穴が空いたのは西側、

 シアンの見解を図的に想像すると、実にもっともだった。

「それだけじゃない、あの泥のようなものの参戦も予想できる」

 ローラは冷静に言う。

「やつらの移動速度と経験からして、吸血鬼の群れが来るのは恐らく3日以内だ。その際吸血鬼側の総数戦力は未知数、磐石ばんじゃくを着して防衛に当たらなければいけない」

 そう話すローラの知恵は確かな物に思えた。

「トラップの製造設置はアタシが指揮すると考えて、アタシの担当だから正門に配備されるだろう? ローラとシアンはどうする?」

 ジェシカはそう聞くがシアンの返事は辛辣で。

「私はパスだ。何故かと言うと、それは2人も気づいているはずだろ?」

 シアンは2人に問いかけながら、俺が背負っている紀伊理環を指さす。

「理環は肩を刺されただけ、2人ならかすり傷だろうが何しろ戦闘を知らない箱入り娘のような子だ。恐らく出血性ショックでの気絶だ」

 おつもどおり、シアンは他者に答えを求めない。

「そのくらいなら、既にかなり前から意識を取り戻していいばずだろ?」

 シアンはもっともらしいコトを言っているように聞こえるが、俺は最近まで引き篭っていたのだし。ソレが無くても非戦闘員の精神不和の大きさなんて測れない。

 そしてシアンは他者に答えを求めない。

「理環を刺したのは泥だ。あれは正体不明の何かだっただろ?」

「なら、何が起きても不思議じゃない」

 シアンは元も子もないことを言った。

「なら、この理環って女の子は目を覚まさないのかい?」

 1番にジェシカが不安気に聞いた。意外だった。

 そしてシアンは"応える"。

「元は健康優良体だ、傷は時間の問題で癒えるだろう。雑菌の沸きは対策した。あとは何がある? 答えは"何か"だ」

 謎かけか? と疑ってしまうほど、シアンの言い方は周りくどかった。この世界のことを話してくれた時とは大違いだ。

「そう、ナニカなんだよ」

 まるで、そのナニカが答えだとでも言っているかのように聞こえる言い方だった。

「正直、あの泥の正体が分かるまでは、理環については時期尚早だ」

 シアンはそう言って、続けてる思い出したように言う。

「理環の身に、いつ何が起こるか分からない。だからしばらく医務室で一緒にいなくてはならないから、戦闘に私は参加しない」

 この時、ちらりと見えたシアンの表情は、柔らかかった。

「そうか、じゃあローラが大穴の空いた西側の防衛になるわけね」

 あのローラが、自分よりも強いと言いたら締めたシアンの「戦闘に参加しない」という宣言を、ジェシカはあっさりと受諾して見せた。

「私たちはヤワじゃない、心配はするな。安心しきって看病したらいいさ」

 そこには、心強いジェシカの言葉が続いた。



 ベットにすやすやと横たわる理環を目の前にして、俺を含めた3人で話を続ける

「ティネスはどう思う?」

 医務室で、ローラが俺に尋ねる。

「この傷が?」

 質問に質問で返すようで悪い気もしたが、質問が抽象的すぎた。以前のローラはこうじゃなかったと思う。

「あぁ、何か他の要因があることは明らかだが。同じ吸血鬼であるティネスの意見が聞きたいと思ってな」

 ローラはそういうが、俺にも皆目見当がつかない。

「ごめん……?」

 素人ながらに疑問に思うことがあった。

「あの泥の刃に、毒が塗られていたってことは無いか?」

 実はあの時、実はローラと一緒にいて。ローラが走り出してすぐ、俺も追いかけていたおかげで現場を見ることが出来ていた。

「いや、発熱や発汗が見られないんだ。毒をくらっていたならそうなるはずなんだよ」

 そういうシアンの声は憔悴しょうすいしていた。

「発熱や発汗が無いのも、なにかの能力かもしれない」

 俺は天邪鬼な思考で、たまたま思いついたアイデアをつぶやいた。発言するつもりなどなかったのに。

「どういう意味だ?」

 そう聞いたのはローラだったが、シアンも同じように疑問を表情に浮かべていた。

 なんだか説明義務が生まれてしまったみたいで、俺は話し出す。

「例えば、俺は影を操る。それは俺特有の小さな物質の働きによるものだ。つまりこの能力そのものが『影』という概念に干渉して実現されているんだ。最初から全ての影が操れるわけじゃない」

 そして。

「そこには、陰力物質を浸透させるというプロセスが存在する」

 ここからが本命だ。と続けようとしたところ。

「つまり今回はあの泥に刺されたことがプロセスで、今はまさに現象の真っ最中だということか?」

 そこにシアンがのってきた。ほれに「そうだと思う」と俺は返す。

「今のところは、なんの異変も起きてないみたいだ」

 そのローラの言葉が、この会話が核心に迫るキッカケになった。

「ローラ、お前の観察は間違ってる」

 シアンは意外にも、「お前」と乱暴に言ってローラを否定する。

「ホントに、理環の身に何も起きていないと思うのか? 違うだろ、見ただけじゃ分からない。もっと中の方で変化が起きているの可能性の方がずっと高いだろ!」

 シアンは熱のこもった口調で言った。

「すまない…でも了解した」

 そして、ローラはシアンの勢いに押されて謝罪したのだった。

「ティネスの言ったように、吸血鬼の能力がプロセスをたどって概念に干渉するようなものなのであれば、私に理環を救うすべは無いのだろうか?」

 シアンは傷心したように言うが、それにはもうローラも俺も答えることができなかった。

「調べてきたよ!」

 そんな時、医務室に響いたのはジェシカの声だった。居なかったのはわかっていたけれど、あまり気になっていなかった人物が戻ってきたのだ。

 ジェシカが調べてきたと言ったのは、理環を治す方法かと思ったが、吸血鬼の群れに対処するための策略だった。

「…………。これで、死体ーンならこの仕掛けで対処できるでしょう? 伯爵ロードは兵や私らが一丸になれば問題ないでしょう?」

 それから、ジェシカは長々作戦の提案をしてくれている。後から聞いた話だが、この村に会議室というものは無いらしい。実にアバウト…? な組織だ。

 そして。

「で、侵入された場合に備えて石の壁め作動させる準備、するだろう?」

 ジェシカはローラに聞くと、ローラは顎を拳で触りながら頷く。そして作戦会議は終わったように見えた。

「気づけば、こんなことも何度目か分かんないくらいね」

 ジェシカは当然、感慨深く過去を振り返るようなことを言った。

 ジェシカは狂乱と言われるだけあって乱暴なところが多いけれど、人情に深いところもあるのだろうか?

「そうだな…私たちの練度も、そろそろ優秀と言えるくらいにはなってきただろうな…」

 ローラは言いながら感慨にけるが、そのセリフに俺はローラの価値観が分からなくなった。



 ローラとシアンやジェシカの面持ちを見て、本来は相当に逼迫ひっぱくした空気なのだろう。けれど俺はその空気を感じるチカラを、どうやら引きこもり生活で置いてきてしまっていたらしいのだ。

 そんな感じで参謀さんぼうを熟練者にまかせていたら、数合わせでジェシカと共に戦うことになった。


 俺には深いごうがある、それを忘れてはいけないのだとローラに教わった。だからこの村を守ることは義務でもある。それに、俺にはその全てを3人の経験が決めていることだと分かっていたから、安心して助力できると思えた。

 けれどそんな俺の肩を、ローラが掴む。

「無理するな」

 その声はわずかに、震えていた。

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