16ページ 《油断》
『1万年を生きる美少女』あのティネスには若輩の身体と言っておきながら、私としたことが見栄を張ってしまった。
我が家、こと半地下の出入口の出失現は完全手動性。だから私はまた、数秒ばかりの記憶と引き換えにして、いつもの螺旋階段を作ってみせる。
いつも錬金術の対価に差し出すのは、すでに摩耗した遠い過去の記憶。こういう時に、嫌なことを忘れてしまえるのは便利だし、不要な記憶と大切にしなくてはいけない記憶という選別を強いられてきたことで、自然と物事への裁量も研ぎ澄まされることになった。だから私はこの技術を会得したことについて、後悔していない。
私は螺旋階段を登りながら、無言のままにそんな哲学をしていた。
薄暗い半地下を出たあと直ぐに目に入ったのは、いつも見るレンガ造りの家の屋根と、その屋根から覗く真っ赤な太陽だった。
「眩しいな……」
込み入った話をした直後ということで、緊張しているだろうと思い、素直なリアクションをして気分を和らげられるように
「そうですか? 私はずっとキラキラしたところを見てたので、そんなに眩しくは感じませんでした」
理環はそう言って述べたのだった。
なるほど…、そうですね〜〜と返しておけば綺麗に次の話題に入れたところを…ティネスにもしていたようなことを言いよって。そう思っても文句など言おうもなかった。
「そうか」
ここは少し、冷たい口調になっていたのかもしれない。
「ホントにキラキラしてました。…いえ、綺麗でした」
そこを深掘るのか…。
「綺麗でしたよ、日差しの当たっているクレアさん。真珠の耳飾りの少女みたいで」
いや絵画に例えられてもな……。まぁ確かに光の魔術師ことフェルメールの作品は、横で制作の一部始終を見ていた私にも圧巻だったことを覚えている。
「理科は相当にマニアックな部類に入るぞ?」
私は照れ隠しかはしらないが茶々を入れてみた。
「まぁ、仕方ないところもあると思うが」
そう言って私は訓練棟の方へ歩き出す。
「仕方ないっていうか…私、趣味は絵画鑑賞だったからね」
理環からは意外な言葉が飛び出てきた。
「いやさ、鑑賞って言っても古典に行く時間もお金もなかったから、ケータイで調べることくらいしかしてなかったんだけどね。そういえば1度だけでも古典には行ってみたかったな〜〜」
まぁいいや。と理環は続けた、あっさりと。
「はは、私は雑誌に目を通した程度だな」
私は、あちらの世界に居た頃の景色を思い出しながら同情する。
「お姉ちゃんは…」横で歩いている理環は不意にそう言った気がした。
「……お姉ちゃんはどこに向かって歩いてるの?」
言い終えた理環の言葉を聞いて気づく。行き先を話さないまま今まで連れてきてしまっていたのだ。
「……あっ」
話すことを忘れていた。
「あっ…うん。とりあえず理環はこの村に定住するだろう? その報告をな」
私としたことが社会人の
「…そうなのね。私はこの村? に住む必要があるのよね…となると気になるのは私の扱いなのだけれど、この村? は建造物からして中世ロンドンくらいの文明レベルだから…」
「あっでも私はお尋ね者だからベットは諦めるわよ」
おいおい、他でもない私を見くびってもらっては困るよ。私は心の中で反論してみせるも、理環のモノ欲しげな顔を見て思わず笑う。
「そんな顔してたら用意したくなっちゃうじゃんか!」
私は笑い混じりにそう答えたが、実のところあちらの世界の近大ベットの構造に関してはうろ覚えだったのだ。久びさの大仕事の予感。
そんな私の返事に、理環は「バレちゃった?」と言い、えへへと笑った。その顔は辛辣な性格から考えれば予想外で、その容姿からはギャップを想わせる
「そうそうそう、理環にはこれからこの村についていろいろ教えることになるんどけど、準備は良いかな?」
私はそう切り出して。
「この村の成り立ちや仕組みについて教えないとね、だからちょっとだけ覚悟しといてもらえると助かる」
私はそう締める。この、疑問に答えを求めないスタイルは私の悪いクセで、なんとなく今まで引きずっている。
「あっ、検問で見なかった顔だな〜〜!!!」
『っ??』
訓練棟に向かう道中、斜め後ろの遠くからそんな大声が飛んできた。
「後ろから顔が見えることもないだろう?」
と言いながら、私は振り返る。
遠目でも分かる内巻きに腰まで伸びている見事な茶髪と、そのよく通る声は、夢見に現れてきそうなほど何度もよく見たジェシカだった。そのジェシカは大声をあげたワリにすでに近くまで寄ってきていて、恐らくは遠くにいた時に声をかけたのだろうがらその恵まれた体格と長身から生まれる歩幅は、私でも憧れるほどだ。
「いや、この村の住人と入居者すべての人のどの容姿にも合わない形質なやつがいるなぁと。見ればクレア同伴じゃないか? どうした密行の手引きか?」
さらっと、『知恵の魔女』『狂乱の魔女』と呼ばれる
だが、ここで畳み掛けてくるのもジェシカだということを私は失念していた。
「て思ったら、
失礼だし怖がるだろ! そう思ったがすぐに。
「…これがルッキズムですね」
理環は私が思っていたよりも
「はっはっは、変な言葉使うね」
そう言ってジェシカは、かがみながら理環の方へ顔を近づける。
本人からすれば通常運転なのだろうが、少し圧力を感じる口調でジェシカは言い返していた。それ以上に、17歳の平均的な身長の理環に高身長のジェシカが屈む形で理環に顔を近づけている構図になっている…というのは建前で、実際は理環の
「第一印象のことですよハハハ、そんなことより、目の前の汚物を
理環はどうやら、ジェシカに言い返すことよりも、圧倒的な胸囲を見せつけられたことによる怒りの方が勝っている様だった。
「あらっ、おやおやおや、そんなつもりはなかったのにな〜? 不幸中の幸いと言うべきか? "あどけない少女"は外見の"あどけなさ"から察するに、まだまだ成長を残しているみたいだし? "あどけない"ながらに今後に期待できるかもしれないね。まぁ今は"あどけない"ままだけどね?」
言い終えたジェシカの顔の下で、理環は顔を赤くしていた。言い返せなかったのだ。目の前にデカメロンをぶら下げられたまま…事実を坦々と突き付けられながら、そんなことを言われてしまえば言い返せないのも無理はない。
「コイツッッ!!!」
理環は血走った目でそう叫ぶ。
『パチンッ!』
瞬間、そんな音と一緒にジェシカの長髪は宙を舞った。
理環はジェシカの胸に、アッパーカットの用量でビンタをかましていた。
「おい! 2人ともやり過ぎだ!!」
私は手遅れになりながらも仲裁を入れた。いや、普段の私なら手遅れになる前に仲裁することが出来ていた。だが今回の私は、某近大社会の言葉を使えば、ランジェリーキャミソールを連想させる水色の着衣を着たジェシカを横から見ていて、ここからは見たただけで圧倒的な乳圧を想わせる露出した横乳が見えていて、それに私は
だが、私の意に反してジェシカの胸は物質としての弾力性を発揮して、たゆんたゆんと揺れている。……( 怒 )
私は条件反射で平手を使って胸をはたき落とした。
…が、今度は2つの塊が相互に衝突を繰り返して『ぱいんぱいん』と、またも揺れている。
………こいつ。
私はやっぱり、巨乳に憧れてしまう。
冷静になろうと思った矢先、たまたま目を向けた視線の先。沈みかけている太陽の紅い光が建物に影を落としている、その影に
「それでこの子の名前はなんて言うの?」
この状況で、あっけらかんとジェシカは言ってのける。おそらく、胸を叩かれたことなど毛ほども気にしていないのだろう。
「…理環、
私は諦めたように答える。
ここでジェシカは身体を起こして、明後日の方向を眺める。そして胸が揺れる。
「そっか、時は非情なものだからね。諦めな」
ジェシカはさらっと、理環を崖から突き落とすようなことを言う。
「ご心配には及びません。そんなことよりも早く私を住居と定職に案内してください」
理環は不機嫌を隠さずに趣旨完徹に応える。
「私をそんな親切な人間だと思っているのなら…可哀想ね、同情してあげる」
ジェシカはどれだけ理環をイジメればいいのだろう。私はジェシカに対して怒りを抱いていて、それを解放するタイミングを今か今かと伺っていた。
「おお〜っ?」
ここで訓練棟の方から、私の愛したスズメのような声が、やや裏返って聞こえてきた。
私は思わず、声のした方を見る。そこで見えた夕日に照らされているローラは、とても美しく思えた。……が、ここで私の背後には肉の裂ける音が響く。
『ジュッッッ……』
正直、見るのが怖かった。……どんな光景が私を待っているのか。このあとにどれだけの惨事が待ち受けているのか。しかし、私には見る以外の選択肢はなかった。
血しぶきを上げて理環の左肩から貫通して伸びる茶色の突起。その鋭利な突起は奇妙に黒ずんでいて、滴る血液も静止しているようで。それはまるで、時間が止まっているようにすら思えた光景だった。
「ハァ……だいっ…丈夫ですか?……お姉ちゃん」
静止したような私の頭には、そんな理環の声が響く。
「……あはは、返り血…着いちゃいましたね」
理環は左に首を回して無理に喋っているようだった。
「すみません…っ」
理環は
茶色の突起が縮んで、理環の身体から抜けているようだった。
ほどなくしてゆっくりと、理環は力なく地に倒れそうちなり、私は抱えるようにして受け止める。私は沈黙したままだ。
「っって、…バカ!!」
理環の次に声をあげたのはジェシカだった。ジェシカも一緒にローラの方を見ていたところまでは憶えている。いつのタイミングか、ジェシカも振り向いてようやくこの状況を理解できたようだった。
見れば茶色の突起はさっきの泥から伸びているようだった。
「…くっ」
ジェシカは歯噛みする。道の先を見れば、ローラは今まさに猛ダッシュでこちらに向かっている、頼もしい。理環にはまだ意識がある。
間を置かず、ジェシカは宙に粉末状の雪の渦を作り、その中で次々とその雪を結合させていく。
「氷塊よ破砕しろ! "
ジェシカはそう言うなり、雪の渦の中から大きな
そんな氷柱を、泥は右へ左へ器用に避けていく。それは意識を持ち合わせたような行動だった。
最後の氷柱を発射する時、ジェシカは駆け出した。その瞬間に気温が上がり、火の粉が私の視界をチラつく。私に向けられたジェシカの後ろ姿からは、左手の拳に閉じ止められた激しい炎が見えていた。
ジェシカは氷柱に先行して、泥から氷柱を自分の背後に隠すように走っていた。ジェシカが拳を振りかぶる時ジェシカは上体を右に揺らす。そして氷柱はジェシカの脇の下を目にも止まらぬ速さで通過する。
泥はまたも氷柱を易々と避けた。そしてその移動先へ、ジェシカは隙を着くように拳を振り下ろした。
「ファァァァッ!!!…」
ジェシカは雄叫びを挙げる。
ジェシカは拳を炎で包んだり、それで泥を殴ったりはしなかった。ただ泥の真横である地表で、バックドラフト現象を起こした。
火事などで不完全燃焼から起こる炎の爆発を、その風圧と熱を泥に浴びせたのだ。
その時、ローラが私たちに追いつく。さすがローラの瞬発力は目を見張る強さだ。
ローラは即座に敵を見分け、炎に煽られて宙を
ローラはその小柄な身体を、流石の身のこなしで身を震わす。……ローラは瞬くうちに3発のパンチを入れるが、泥はその勢いを受けて面妖に形状を変えるだけだった。
ローラはダメ押しに肘打ちを入れる、そこでやっと。
「パパパン!!」
と水気のある打撃音が響く。そして間も無く風を切る轟音がつづく。それでも、これではまるで仕留められない。
この方が確実だろう。私は即座に判断して。
「ローラ退いて!」
私はローラの背中を右手で仰ぐ。
「第3形態、
『バチン』
キーーーン。私はジェシカに横顔を平手の甲で殴られ、耳鳴りが響く。
「それだけは辞めなって言っただろ」
ジェシカは正しさを突き詰めるように、私よりも冷たく言い放つ。
「でも」
私はそう言いそうになるが、それよりも先にジェシカが行動をしていた。
「
さっきの炎とは打って変わって、この場の気温は体の芯まで凍るほど寒くなり、辺り一体は白い霧で覆われる。けれどローラはそれどころじゃないようで。
「おいおいおい、合図するって約束したっ!!! 」
なんて叫びながら、バックステップだけじゃなく、本気で地面を蹴ってこちら側に避難していた。
ローラが退避した足下から順番に、キメの細かい氷塊が姿を現していく。
泥は瞬く間に四方から
やがて霧は晴れて、そこに姿を表したのは、冬場の道路で白い霧を放つ黒グロとした立方体だった。
「取り敢えず動けなくしたわ」
ジェシカはそう言うが、状況はなにも変わっていない。この頃にはもう、理環は気を失っていた。
「あっ!? あっあっひゃぁ!」
驚きの余り声が裏返る。だが、恥じらってはいられない。
「そうだ、抗生物質を作らないと!」
私は遠い過去、不老不死の薬を作ろうという大族に仕えていた時代。そして多くの仲間と共に歩んだ医学技術の一端。それがこんなカタチで役立つとは。
「確かペニシリンの分子構造は…と、役得ならぬ厄得だな」
気分を紛らわすように、私は軽口を叩きながら作り上げた抗生物質を理環の傷口に塗る。
「…、あとは理環の体力に任せるしかないな」
私は医者のようなことを言ってみた。
「………」
私は沈黙する。
けれど私は些細な違和感に気付かされる。ティネスがいたのだ。
「周回遅れか?」
私は理環を抱えながら、見上げるようにしてティネスに対し毒を吐く。
「あぁ、ローラが先に行くものだから、てっきりすぐ解決するものだと思ってたからな」
ティネスはこの状況を見ても尚、あっけらかんとしている。命の価値は分かっても、怪我の重要性は忘れたままみたいだ。
「そのモノの尺度は今のうちに直した方がいい…これはただの正論だ」
私は冷たい口調で言ってやる。
「善処する。…そんなことより」
間の抜けたことを言うティネスに、こりゃしつこく言わなきゃダメだな、私はそう思った。つぎのティネスの言葉は私を震え上がらせた。
「あの氷から聴こえる変な音は…普通なのか? つまりそういう仕様なのか? …と」
ティネスは素朴な疑問を投げかけるような言いようだが、耳を済ませてみればその『音』が異常なことくらい分かる。
それは「シュリシュリシュリシュリシュリシュリシュリシュリシュリ」と、耳を済まさなければ聞こえないほど小さくて、こんな擬音から取れるイメージよりもずっと低い音だった。
「通常の氷なら…」
ジェシカが話し始める。
「通常の氷なら溶け始めて水になる時、固体から液体になる際に体積が縮まって空いたスペースに空気が入っていくんだ。そういう時に音が鳴る。けれど…」
ジェシカは話しを続ける。
「今回の氷は絶対凍土。これが鳴らす音は壊れる音だけだ、ましてやこんな音じゃない」
そうしてジェシカは意見を述べ終えた。
「じゃあ、なんの音だと思う?」
ローラはジェシカに問う。
「さぁな、考えられるとしたら…泥の養分との化学反応だ」
そういったが次の言葉で否定する。
「今回の氷は純粋な水、それが起こす反応は発熱か溶液になる時だけ。どちらも絶対凍土には有り得ない」
ジェシカは断言する。けれどローラはそれを意に返さなかった。
「じゃあもし、あの泥が故意に何らかの現象を起こしているとしたら…もし自我を持っていて逃げ出そう、更には害を成そうと行動しているとしたらどうだ?」
その可能性は捨てきれない。私はそう思った。
「有り得ない。そうやって言いたくもなったけど、動いて攻撃してきたあとじゃ否定できないね」
諦めたようなセリフを言うジェシカの横で、ティネスは目を細くしていた。それは何故だろうと私は思案する。まず1つ目は、ローラを初めとする誰かに嫉妬している可能性。それはこの場に他に男性が一人もいない点、ティネスは
想えば私の頭は硬かったのだ。
『キューーーーーーキューーーーー』
空気が氷に吸われていくような音がする。見ればジェシカは目を丸くしている。
「退けっ!!!!!!」
瞬間、
直後の眼前の光景は果てしなく白く、また荒々しい氷の吹雪が広がっていた。それは記憶に焼き付ける間も無く、私の…私たちの視界は暗闇に遮られた。
「陰力操作、
ティネスはそう呟いていた。
すぐにその壁は消え失せ、気づけば太陽も完全に落ちきっていて、眼前に広がっていたのは、まだ溶ける気配のない散らばった氷の破片の数々と、遠くに見える村の外壁にぽっかりと空いた大きな穴だった。
どうやら、私たちは退路を確保されていると知らずに誘導されていたらしい。つまり背後に村の外壁が見える位置まで移動できるように、攻撃を受ける位置やタイミングを誘導されていたらしい。
「私たちは
その場に立ち尽くした私たちに、ローラは静かにそう告げた。
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