13ページ 《遭難少女》

「活気があるだろ? ニノらもまた同様に、だ」

左隣りのシアンが誇らしげに語る。

「そうだな…」

そう言って俺は轟々ごうごうとどろく兵士たちの活気とその熱気を眺めながら、心地良く響く木刀が鍔迫つばぜり合いが奏でる音を聴きながら、感慨にふけっていた。


「時代錯誤な施設だね〜。ウエイトのマシンとか、なんちゃらシミュレーションとか、もっとやりようがあるでしょうに」

初めて聞く響きだが、なにか不粋ぶすいで不愉快なことを言われている気がして、俺は声の主を見た。

「アナタたち、ここがどこだか知らないかしら?」

そこには、肩まで伸ばした黒髪を左手でたなびかせながら、ふてぶてしく声を掛けてくる女がいた。

「ここは近護巡視兵の中枢 訓練棟くんれんとうだ」

左のシアンが女に言った。

「なにその共産主義国なみに地獄なネーミングセンス」

女はまた耳馴染みのない言葉をかんに障る口調で発しながら、イヤな顔をする。

「おい、…お嬢さん。言葉のキャッチボールをしないか?」

イラダチ半分、親切心半分で俺は女に問いかける。

「は? 『おい』と『お嬢さん』は両立しねぇから」

ふてぶてしい態度のまま、女の顔はイヤな顔のまま表情を引きつらせる。

「つーか、私がお嬢さんなんて歳に見えんの? 花粉症か? おめぇは義眼か?」

そうやって女は無意味に畳み掛ける。

「……見ない顔だな」

左袖で沈黙していたシアンが話に割って入る。

「そんな軽装でここらを歩いていると怪我しかねないぞ」

そう言いながらも、シアンは後ろ手で錬成したと思われる紅い厚手の生地にいくつかの大きなボタンの着いたのように丈の長い衣類を女に手渡す。

「それに、この時期は夜も冷えるんだ。自分の身は自分で守れ」

シアンの口調はほがらかだった。

その衣類は綺麗に畳まれていて、人目見てもとても清潔なものだった。シアンは意外とにも親切心が強いのかもしれない。

「…? サンキュ」

少しいぶかしげに首をかしげながら、女の子はその合羽かっぱのようなものを受け取る。

女は渡された合羽のようなものを、自分の身体と対面させてその外観を楽しんでいるようだった。

「なぁなぁ嬢ちゃん!コレどこに仕舞ってたんだ? ホントに貰っていいのか?」

そうやってを上げながら女はシアンを質問攻めに合わせる。

「知らなくていい、しつこいようなら返してもらう」

それに対するシアンの返事は見事だった。

「そういえばだが、ふてぶて女のその服はどっちの文化のものなんだ?」

俺は何気ない疑問を問いかけた。

俺も一応、アイツと一緒に数十年は東西南北の旅をした過去がある。それを踏まえても出会ったことがない柄をした服だったからだ。

「いや、普通のニットとハーフパンツなんだけど。どこの文化って強いて言えば東洋だけど」

女の口調はシアンにもらった衣類のおかげか柔らかくなっていても、呆れ混じりの口調は未だに癇に障るものだった。なぜシアンの口調にくらべて非常に悪印象かというと、シアンの姿は少女でありその口調は生来のものに近く、また目の前の女の口調は後天的かつ挑発的でもあるからだ。

「いやさ、そんな疑心に満ちた顔しないでよ。だよ、女の子はファッションを楽しむものだよ? 今どきのおじさんは女心どころかも知らないの?」

女はそこで、シアンにも劣らないほどの畳み掛け具合で疑問形を連発する。しかし、おれにはそれが自己弁護しているようにしか見えなかった。

そして俺は女への疑心を深めることになった。

「はいはいはい、"無知"対"無恥"の軽口なんて毒にも薬にもならないから黙ってなよ」

そこで、俺と俺の正面にいる女との間にシアンが割って入る。

「あなたはこれから衝撃的な現実を知ることになるの、こんなところで体力使わないのが先決よ。それにこのコート着ないなら返してもらうわよ」

シアンはそう言って、そのコートとやらを少女に羽織らせる。それを受けて女はあわてた様子でコートに袖を通す。

「真っ赤なトレンチコート、綺麗な黒髪にはやっぱりえるわね」

そう言ってシアンは女の頭を撫でる。

その一部始終を俺はまじまじと見ていたが、頭を撫でられて微笑んでいる姿には、わずかに残るあどけなさが垣間見えた。そして思っていたよりも若いのでは無いだろうか? と疑問が首をもたげる。

シアンは間もなく、俺の方に頭を振り向きかけて、右目で俺を睨む。

「ティネス、お前は以後にこの子に失礼したら千枚おろしの刑だ。千枚が揃うまで不死身の肉体からだを削ぎ落とすからな?」

と、明らかな扱いの違いだった。それには俺も、思惑があるのではないかと頷かざるおえなかった。

それでもその言葉はとても恐ろしく。負傷して別離した肉体は、治癒される過程で小さい順から急速に腐敗して消費されるという吸血鬼の特性を逆手に取った、いい拷問だった。

「ねぇねぇ、ルッキズムで思い出したんだけど〜〜、あんた結構ロマンスグレーな雰囲気じゃない?」

俺を睨みつけるシアンとは真逆に、女は陽気にシアンの身体の影からはみ出して、俺に話しかける。

「ていうか、ゴッツイ身体してるじゃん! なに? おじさんこの街の戦士かなにか? それっぽいボロボロの服着てんじゃん!」

女は言いながら、勢い任せに俺の身体を触ろうとしていた。

「………」

「………」

それを、俺との間に入って女を制止するシアン。2人の間にはしばし沈黙が訪れる。

「これは私の筋肉だ」

何を言うかと思えばそんなことを、シアンは俺を所有物とでも思っているのか?

「はァ、あ〜〜あ」

シアンの言葉に不貞腐ふてくされる女は、それでも清々しい顔をしていた。

「こういう女が1番めんどくさいのよ。疲れるわ〜」

そういって、女は再びため息を落す。

「なぜかって、…好きな男を好きと自覚出来ない女は、応援するのに骨が折れるんだからね」

ふてぶてしさは変わらないが、なにやら色恋ばなしを始めたようだった。

「はぁぁ〜〜〜!!」

シアンは女にも劣らないほど大きなため息をついた。いや、深呼吸かもしれなかった。

「私が愛しているのはローラだけだ!!!」

怒号と聴き違えるほど大きな声だった。

「ローラって女性名じゃん、なんなのっビアンなのっ?」

クスクスと笑いを漏らしながら、女は腹を抱えて長い髪を揺らしながら言う。

そこでシアンは呆れた顔をして話の軸をもどす。

「ほら『あなた』じゃいつまでも味気ないから、きちんと名前を教えなさい」

シアンは俺との初対面とは打って変わって、柄にもなく母性的な物言いをしていた。

「ほら、こいつもあんたと同じ、新入りのティネスよ」

そう言って俺の右手を引っ張って女の前に差し出す。


「私は紀伊きい 理環りかよ。深刻さが私にはまだイマイチ理解できないのだけど…」

未だ流暢りゅうちょうにそんなことを言う女は、アイツと同じ形式の名乗りを挙げた。

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