10ページ 《終末世界》

 そこに居たのは、水色がかった銀髪がウェーブを描きながらふくらはぎの後ろまで続いているような、端正な顔立ちで長髪の少女だった。

「お? …新顔か?」

 先程の問いかけの答えなどどうでもいいという素振りで、次なる疑問を投げかけるクレア嬢、その少女は俺にむかって小さな石ころを山なりに投げる。

 俺はそれを胸の前ですくい上げるようにキャッチする。それとほぼ同時にクレア嬢は更なる問いを俺に投げかける。その途端。

「ティネスだ」

 問われた本人である俺ではなく、先に答えたのはローラだった。

虚影きょえいには聞いてない」

 なるほど、虚影とはローラのことだったのだろうか?

「新顔をわざわざこんなところまで連れてくるということは、なにか意味があるのだろう?」

 先ほどからだが、クレア嬢は一貫して言葉に冷度れいどのある物言いで話しをしているのだ。そこに俺は、なにか生活病のような雰囲気を感じた。

 俺という、線が細いなりに巨体をまとう大男の大きな手のひらには、その手が大きいあまりに本来以上に小さく錯覚してしまうような、小さな石ころが収まっていた。が、ローラに質問を投げかけた直後、すぐさまその石ころは形状を変化させた。

「…軽い、薄い金属の板か?」

 その金属かも不確かな物体は、俺にクレア嬢に対して質問をさせた。だがそう言ってからその答えが間違っていたことを気づかせられた。俺は吸血鬼だ、つまり俺は鉄に触れられないはずなのだ。

「ステンレスだ」

 クレア嬢はそう言った。ステンレスという名詞は、当然ながら俺の辞書には存在しなかった。

 よく見てみれば…吸血鬼である俺にはよく見なければ分からなかったが、わずかに地上に出ている窓は複数個あるものの、部屋はその窓によって十分に照らされておらず、故に俺たちが今いる場所はほの暗い状態で、その中でさっきから冷度のある口調で淡々して即答するクレア嬢の表情は、自慢気に笑っているように見えた。

「これが私だけが記憶し、共有することのできるロストテクノロジーだ」

 そしてクレア嬢は、そう言いながら明らかに恍惚こうこつとした表情を浮かべるのだった。

「私の存在の価値が分かったら、とっととあがたてまつ奇傑者きけつものめ!」

 次にクレア嬢の放った言葉は、明らかに俺とローラの会話を聞いていなければ知りえないセリフだった! いや、最初に放っていた言葉もそうだと考えられる。明らかにクレア嬢は俺たちの会話を盗み聞いていたことになるのだ。

「どうした?! なぜそんなにおどけた表情をする? いや愚問だったな、それはムリのないことだよ」

 恍惚とした表情のまま、またも答えを求めない質問を繰り返すクレア嬢に、俺は言葉を失っていた。

 そして外見から年齢を推測すると、クレア嬢が吸血鬼でなければ12才なのだ。そんな少女が恍惚とした表情で答なき言葉を列挙しているのだ。これは、吸血鬼である俺にも未知の生き物だった。

「クレア嬢はこういうやつなんだよ…」

 そして横のローラはそんなことをつぶやきながら苦い顔をしていた。

「で、では我々はこれで失礼します」

 次に後ろからそう聞こえたと思えば、足早に階段を上がる音が後ろから聞こえ、俺はその方向に振り返る。そして右回りで振り向く俺の左そでを、ローラは前身していくようだった。

「じゃあクレア嬢、今度抱きつかせてね!」

 そう言いながらローラはクレア嬢にハイタッチを求めたのだった。

「片腹痛いわ」

 推定12才の少女は長い銀髪と一緒に、乱暴な言葉を吐きながら細い首を振った。

「そっか」と言いながらローラは後ろ手で手を組んで弾むような物腰で回れ右をすると。

「じゃあ気が向いたらキスさせてねー」

 ローラはそんな軽口を言いながら、俺を投棄していくような勢いで、足早に螺旋階段を駆け上がっていく。

 それはローラがレンガの壁の奥に見えなくなる時だった。俺は確かに聞いた。

「あと3000日経ったら考えてやらないわけもなく……」

 確かにクレア嬢はそう呟いていたのだ。俺の辞書には確か、こういう生き物の名前が載っていたはずだ…。普段は素っ気なくて離れればなついてきて……そう! その名前は柴犬ツンデレだ!!


 気づけば、俺は目の前の柴犬しばいぬを見下ろすように凝視していた。

「なやら失礼なことを考えてないか? 貴公きこうの今の目は所謂いわゆるジト目だぞ?」

 そう指摘されて、ハッといつも通りに意識する。

「ごめん、悪意はなかった」

 俺は遥か下にあるクレア嬢の身体を見る。それははかなげな姿をしていた。

「ほれ、仕返しだ」

 そう言ってクレア嬢は左手でコブシを作りこめかみの後ろまで振り被らせて、年相応の少女らしい力で俺の胸板を殴る。

 それは「ぽすんっ」と音を立てて胸板の真ん中に命中した。

「ふむ…っ」

 クレア嬢が声をもらしたかと思うと。

「っっ…」ビクッと俺の身体は一時的に硬直した。

 それはクレア嬢のコブシが5本の指を広げるようにして俺の胸板を触ったからだ。いや、まさぐったと言っても間違いはない。

 そのままクレア嬢は俺の胸板をさわさわしている…、そしてご満悦な表情を浮かべながらこういったのだ。

「綺麗な筋肉だ…」

 クレア嬢の目は左手の先をまっすぐ見つめて瞳孔どうこうを大きく広げていた。どうやら俺の筋肉に見惚れているようだった。

「…鍛えて付けた筋肉とはまた違って格別だな。吸血鬼として生理的に作られた筋肉は見事なほど均等だな…」

 クレア嬢はそう言いながらまた恍惚としている。

筋齢きんれい300年と10数年といったところだな」

 クレア嬢はそう言って不敵に笑う。

「そんな樹齢みたいに…」

 俺はつぶやく。でも、お見事だった。

「ふふんっ」

 クレア嬢はラストスパートとばかりに、俺の大きな腹筋の凹凸おうとつを自分の手根しゅこんの肌ですり下ろすようにスルりとなぞりながらそんな吐息を漏らした。

「珍妙な性癖だな」

 感想が口に出ていた。

 瞬間、クレア嬢は下ろしかけていた左手で俺のアゴにアッパーパンチを仕掛ける。

「自白剤だ!!!!ぅっ」

 クレア嬢は左手のコブシの骨が俺という吸血鬼のアゴの骨とぶつかったことで悲鳴をあげた。そして恥ずかしそうに俺に背中を向け、左手をかかえてうずくまる「ううぅ〜〜」とご丁寧に可愛らしく悲鳴をあげている。その声はホントに子犬のようだった。

 それから少しして背筋をピンと伸ばしてから俺のほうに振り返って、その表情は飾ったように無表情だった。その姿はホントに柴犬のようだった。

 それからの第一声。

「少し蛇足を踏んだが、世界の話をしよう」

 先ほど筋齢300年と当てておいて、俺が300年を越えて"生きて"いると知っておきながら、目の前のそんなコトを言ったのだった。

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