9ページ 《錬金術》

 俺は勝手に、街を守ると決意したと同時に、自らの業の深さに気づき、そして陰鬱いんうつとした感情を抱き、肩のすくむ思いを持ちながらも。3人はすっかり無口になってしまった俺を意に返さず、取り囲むようにしてレンガの敷かれた道を歩きながら、雑談を繰り広げていた。

 そんな時、左隣から肩をつつかれたような気がした。

「私たちはこんな感じで、3人揃えば大抵バカをやってるんだ」

 ローラは唐突に俺へ話しかける。

「…この可笑おかしさが、心地いいんだ」

 そう続けた。そしてローラは、ニノとディミトリの2人を尻目にして話を続ける。

「昔話だ。たしかこんな話があった」

 ローラは落ち着いたような、さとすような口調で話し出す。

「昔、炭鉱の事故で生き埋めになった炭鉱夫たちが居た。彼らはひもじい思いをしながらも生還したそうだ」

 ローラはここまで言って、物思いに一拍おく。

「泥まみれで、…わずかな非常食を分け合って。そうやって数週間を過ごして、そんな状況でも、まで忘れなかったのは食欲でも生存欲でもなく、ユーモアだったそうだ」

 ローラはそれを話だと言っていた。

「どれだけ暗い状況でも、最後まで心を救ってくれるのは遊び心だという話だな」

 そこまで聞いて、俺は左のローラを見る。

「なにを思い出したのかはが、とりあえず生きて楽しみをみつけてみたら良いぞ、私はそうした」

 ローラは、俺のためにローラが腹の中に秘めたものを少し教えてくれた気がした。

「私は、今のティネスが好きなんだ」

 そうやって、ローラは俺の心中を見透かしたようなセリフを言ったのだった。

「だからこの村で再出発してみるのはどうだろうか?」

 そんなローラの提案は、俺の心には救いの手のように感じたのだ。そして俺は、ローラとのを自然と振り返ることになった。


 俺は、ローラが俺にしてくれたことを思い出せる限り思い出すと、いつの間にか肩が軽くなっていたことに気づく。そして気づけば、俯いていた俺は前を向いていた。

 眼前に広がるのは、とても風光明媚ふうこうめいびで、綺麗なレンガの家々が連なっている住宅街の景色だった。


 思わず俺は足を止める。俺はこの廃れた世界で、その威厳のある様相に気圧されたのかもしれない。俺は、驚きと感激のあまりあんぐりと口を開けていた。

「ふふんっ凄かろう? の建造は私が指揮したのだ!」

 横のローラは、そう言いながら胸を張っていた。

「ちなみにインフラって言葉の意味をご存知ですか?」

 後ろのニノが横槍を入れるように問いかける。

「もちろんだ、水道関連の何かの意味だろ?」

 ローラはあっけらかんと答えるが、なにか頭の中で混同しているようだった。

 俺は黙って2人の行く末を見守ることにした。

してませんか?」

 今度はディミトリがローラに疑問を投げかける。

「?」

 ローラは今度、呆気に取られた顔をしていた。

「ほら、下水処理やら何やらでインフラ設備うんぬん言うことが多いので、混同してませんか?という意味です」

 ディミトリはそう言ってローラに説明した。

「ハハッ、そうだったそうだった! 私が街の基盤を作ったのだからけてどうするよ」

 さらっとそう小言を述べるローラの言葉には、間違えを認めて自身を律することが身に染み付いているように俺には聞こえた。それにはローラが武人であることを思い出させられた。

 思えば、ローラには変に貫禄かんろくがあるクセに、武人らしい威厳というものが見られないのだ。そこが人に慕われる理由なのかもしれない。

「あ〜そうそう、この話で思い出したんだが。今向かっているのは人間宝物庫にんげんほうもつこと名高いクレア嬢の巣、なのだよ」

 なのだよ。とさっきよりも自慢げに人の名前を挙げるローラは嬉しそうに、どうぞお通りくださいという様なポーズの指を、道の先へ向けて披露ひろうしていた。さながら執事かなにかのように。今さら言うなよ、と言いたいところだったが。

「なんてったってこの村1番の功労者なんだから〜」

 とローラは続けて語った。

 俺は気分転換を兼ねて、興味がないながらに話に乗ることにした。

「クレア嬢、というお方は、どおいったお人柄をナサッテおられるんデスカ?」

 興味がないことが口調に出てしまったようで、いかにもな棒読みだった。

「…は〜〜〜〜」

 そしてローラは長いため息を吐いて、また歩き出す。

「ティネスのわかり易さは時に凶器じゃの」

 そしてローラは小言をこぼした。

「興味がないならそう言え、この奇傑者きけつもの。もちろん褒め言葉だぞ」

 ローラは、吸血鬼を才人ではあるが一風変わった人物を表す奇傑という言葉で評価したうえに、それが褒め言葉だと考えたらしい。

「そんな奇傑者のティネスに、クレア嬢への興味が出るような話をしてやろう」

 そう持ったえぶりながら、ローラはこれから公爵こうしゃくを垂れるようだった。

「クレア嬢はな、なんと…若干9才で文化間の壁や争いを解決してみせた人物なのだよ!!」

 ローラはそんなふうにまくし立てたが、かつて排他はいたを究めたように広域逃亡者ニートをしていた俺には耳馴染みのない言葉だった。要するに俺には、その凄さが分からなかった。

「だから、…クレア嬢と仲を深めろっていんてんだろ!?」

 ローラはあっけらかんとした顔をしている俺に、痺れを切らしたのか一気に捲し立てたようだった。

 その後ローラは「話の流れを察して頷けばよかったのだ」とでも言いたげにふてぶてしく、クレア嬢の居る『巣』という場所まで案内してくれたのだった。


 そこは、ただただレンガの積まれただけの壁だった。いやそれだけではなかった、足元には半分が地面に埋まっているような形で窓が設置されていたが、それだけで、目の前には壁があった。それでもローラはココを入り口だと言う、しかし何度観てもそこには壁しかなかった。

 その考えはだったと、俺はすぐ後に知らしめられることになった。

 そこでローラは勢いづけるように息をした。

「クレア嬢…3000回、愛してる!」

 そんな言葉をローラは大声で言い放った。

 次の瞬間『ゴロン』とレンガの1つが不自然に崩れ落ちる。それと誤差で『トタンッ』と微力な足音が聞こえた。そして。

「片腹痛いわ〜〜〜!!!!!!」

 崩れたレンガの隙間から、驚愕するほどの大声が返ってきたのだった。

 それは、ローラの声がほんの小さな豆鉄砲にでも思えてくるほどのボリュームだった。

 そして続けざまに、目の前に壁を作っていたレンガのほとんどがゴロゴロバタバタと音を立てて雪崩のように崩れ落ちていった。

 それから間もなくローラが歩き出す。見るとその足元には、一切の瓦礫も落ちてはいなかった。代わりに崩れ落ちたレンガの一帯には、壁の中の下に続くと思われる螺旋らせん階段が現れていた。

「あちゃーー、やっぱりあと3000回言わないとダメかぁーーー」

 そんな軽口を叩くローラの後ろを、俺たちはついて行ったのだった。


 そして階段を下り終えると、数メートル先には病的なほどではないにしろ、透明度のある白い肌に銀髪の少女が、諦めたようなむつ向き下限な風貌で、肩を落として立っていた。

野郎やろう…「若干9才」とか言ってなかったか?」

 それは見た目には似つかわしくない、乱暴な口調だった。

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