8ページ 《彩り》
俺はジェシカに蹴られた兵士と、その兵士と共に居た兵士に
「これはヒルどもの襲撃に備えて造った石壁だ」
俺たちは、村の中枢区へ向けて、歩きながら世間話を始める。
「なるほど…、ヒルとはなんだ?」
俺は問う。
「ほら、田んぼ仕事を素足で行っていると足にくっついてくる奴がいるだろう?ヒルって言う」
ローラはジェスチャーをしながら分かり易く教えてくれるようだ。
「で、ほら吸血鬼って単語も、ヒルって呼び方があるだろう?」
ここまで聞いて、合点がいった。要は淡水で人の血を吸うヒルと、吸血鬼を掛けた意味合いだというわけだ。
「おっ、合点がいったという顔つきだな、ティネスは分かりやすくて助かるな」
ローラは俺の表情の変化を細かく見抜いているようだった。
「でな、そのヒルというのは、
なるほど、この村では吸血鬼の
「もっとも、秘しているわけでもないが、衛兵団内部に留まっていて市民までは浸透していないと思うぞ」
なるほど、なんらかの軽度の要因があって、専門用語という扱いになっているということか。
「ちなみに下から言うと、ヒル,ボーン,ロード。となっている」
ローラは、まるで自国の素晴らしい文化を語るような口調でそう言った。
「いろいろ勉強になるな」
俺がそう返すと、簡単な疑問が沸いてくる。
「ところで、ロードよりも上はないのか?」
言い終えたところで、そこから小さな間が産まれた。沈黙はすぐに破られることになったが、次にローラが言葉を告げる時、慎重な面持ちをしながら丁寧に言葉を重ねる。
「そうだ、ある。村全体としても実に耳の痛い問題でな、それらとは出会ったことがないのだ」
なるほど。俺は心の中で理解を示した。
それは要するに、出会ったことがないから分からない。上には上がいることを承知していても、上を知らない。そういう事だと俺は考えた。だが違ったのだ。
「この村に来る旅人や、避難民の中にはこんなことを言うやつらがいるんだ『瞬くほどのウチに紅くなり、その後に一瞬で街が干上がったとな」
ローラはそこまで言って、一拍おいて唾を飲む。
「姿を見た者は居ないんだ。おそらくは、姿が見えるほど近くに居た人々は、すべからく亡くなったのだろう」
そう口にするローラの額には、証言をする避難民の姿を眼前に想像しているのだろうか、汗が滴っている。
「こう言った現象を操る吸血鬼のことを、ストラテジーやエンペラー級と呼んでいる。正直、対策のしようがないのだ」
対策のしようがない。ローラはそうまで言ったのだ。一瞬で街が干上がると言い対策のしようがないと述べた。それはつまり、事実上の敗北宣言と受け取っていいセリフだった。
「ローラさん」
そう呼びかけたのは、ジェシカに蹴られた方ではない方の兵士だった。ずっと、静観していた兵士の方へ、ローラが後ろに振り向く。
「そういえば、この街も数年で随分と活気づいてきたらしいじゃないですか!」
蹴られていない方の兵士は続ける。
「今のところ、この街でのおめでたは少なくもありますが、これから出生率がどんどん増えて行って多くの幸せがこの街を満たすと思うと、よりいっそう私たちが守らないといけない!って気概が湧いてきますよね!」
蹴られていない方の兵士は、暗い雰囲気を変えてくれているようだった。
「そうですよね!」
次に口を開いたのは、蹴られた方の兵士だった。
「今のところ無敗を誇る俺らの士気は、街の雰囲気とローラさんの言動にかかっているんですから、いつものローラさんで居てください」
蹴られた方の兵士はそう言ってのけた。
陰りを指すようなことを言うじゃないか。なるほど蹴られ役に選ばれるワケだ。
「愛すべき馬鹿野郎ども!良いこと言うじゃないか!」
ローラはそう言って兵士2人の背中を、2人の間に入って両手を使ってバシバシた叩く。2人は諦めたような顔をしながら、背中に力を入れて耐えているようだった。
「よ〜しお前たち〜、戦場の大先輩たるティネスさんに自己紹介だ〜!」
そこでやっと、話に区切りが付いて辺りを見渡す。するとそこは、ちょうど石壁の終わりだった。あれだけの長話をしながら俺の歩幅で進んだのだ。よほど長い道であったことが分かった。そして正面に目を向ける
そこには落とし穴があった。
いや、読者を騙すようなミスリードというコトではなく、地面を掘って作られる、土が四方ち露出している深い穴の、文字通りの落とし穴があった。
「もちろん、木の
調子の良い口調でローラは、穴の底を身を乗り出して覗いている俺に話しかける。そこで俺は振り返る。
「広い土地だ。策を講じることには損することなどないだろう?…石壁から何からジェシカの発案なのだよ〜」
えっへん!とでも言いたげなローラの雰囲気には、すずめのような綺麗な声が良く似合っていた。
「あっ、そんなことよりニータとリーの自己紹介だったな」
そう言ったローラは軽やかな足取りで右に逸れ、兵士の2人が正面に並ぶ。
先に自己紹介を始めてくれたのは、蹴られた方の兵士だった。
「俺は第3近護隊守衛部、新米監督役東門総責任者、ニノ・ニーテンです。以後ニノとお呼びください」
ニノと名乗った兵士は、そう言って手を差し出す。俺は社交辞令という以上に温かい気持ちでその手を包む。なぜかと言うと、ニノは遊び心がローラと似て豊かだからだ。そういう相手と、親交を深めたいと思ってしまうのだ。
続いて、蹴られていない方の兵士が名乗る。
「私は、第3近護隊所属、巡回役兼守衛部のグロー・リー・ディミトリと言います。私はディミトリと呼ばれることを固く希望します」
そう言い終えたディミトリが、握手をする為に手を出そうとした時…「えぃっ!」ローラがタックルを仕掛けたのだった。
「えいえいっ、半人前のクセして上司からのあだ名を気に入らないだなんて良い度胸してるなおらっ!」
ディミトリはかなりふっとんで俺の足下に転がり、もう少しで落とし穴に落ちるところだったが、ローラはそれを知ってか知らずか、言葉で追い討ちをかけていた。
ローラはすぐにディミトリへ手を差し出すと、軽やかな動きでディミトリが手を掴むと、ローラが引っ張り上げてくれていた。
ローラは引っ張り上げたディミトリの背中をもう片方の手でポンポンと叩くと。
「ヨシっ、じゃあリー。交友の証としてハグしてこい!」
ローラはそう言いながら、ディミトリを手加減なしに俺のいる方に押し込む。そうしてディミトリが俺に向かって倒れ込んで来ている間にも、ローラがニノの背中に手を回していることを、俺は見逃さなかった。
「お前もだ!」
ローラは、そのすずめのような声でそんな呼び掛けをすると、遠慮なく俺を目掛けてニノを押し倒していく。
何を隠そう、俺の後ろには絶命必須の落とし穴だ。
『ズカッッッ、ガシャン!』と効果音が鳴り響き。
『グッグッグぅ……』っと喉が鳴った気がした。
俺は倒れなかったのだ。
不意打ちとはいえ、吸血鬼の筋力は
「カハハハッ、フハハハッハハ!」
そんな俺の心情を、間違いなく無視しながら、ローラは嘲笑と悦楽にふけっていた。
「おいっ!」
俺は短い呼び声と共に2人をローラに投げ込む、2人まとめてだ。それに吸血鬼の筋力だ、勢いはローラの比じゃない。
「へっ?フひゃいっ!」
変な奇声をあげながら、ローラは2人を避けた。
『ガッシャンッッッッ!』
金属製の軽くて鈍い音が響く。
「つッッ!!」と、ディミトリが舌打ちするように一拍おくと「打ちどころが悪かったら死んでたんだぞ!!!」と2人して同時に叫んだ。
瞬間、俺に罪悪感が湧いてくる。
だがどうやら、2人はローラに言っているようだった。するとローラは、重ねられて横だ押しになっている2人の頭の近くでしゃがむと。
「お前たちの練度なら、訓練で行う受け身を十分に応用できると思ってたぞ」
そう言いながら微かにほくそ笑んだ。
「確かにら俺にはローラさんの
俺はその間、
内輪ネタに入ることができないという、それだけの孤独感が、背中を這い上がるように俺の脳裏を支配する。そんな強迫観念が吸血鬼である俺の身体に鳥肌を立たせた。
「…」
1拍置いて、再び心には平穏が訪れた。
それは
今は同じか?次の
『アイツを失った悲しみから、腹いせに返り血を求めていたあの頃とは違う』
それを理解できた。その時から俺は平穏を取り戻したのだ。
ローラと出会ったことで、俺はまだ人間だった頃の初心を取り戻せたのだ。それを実感すると、とても温もりに満ちた気持ちに成れた。
そんな気持ちになった時、ニノとディミトリの鎧姿を見て、素直に『この街を守ろう』そう思えた。
喜びも
俺は大殺戮を犯した過去がある…それを嫌でも自覚させられた。それは、気づくには遅すぎて…重すぎる業だった。
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