6ページ 《人の温もり》

「へ〜〜! それってどこまでんだ?」

 ローラは隣で、身を乗り出すようにして問いかける。

 俺は、ローラに案内を受けながら2人で村のすぐ近くまで来ていた。

 今はもう、太陽が俺の頭上を回っていて、それでも平気な顔をしている俺がそんなに可笑しいのか、ローラはずっとこんな調子で、ずっと笑いっぱなしだ。

「あぁ、太陽が出ているうちは手に納まる大きさの物に限られるが、極複雑なりハイカラなもの以外は再現できる」

 俺はすっかり手懐けられていて、俺はこんなふうに手札を赤裸々に公開してしまっているザマで、そんな現状に不快感というものを感じていなく、そんな会話を新鮮に感じていた。

「太陽が出ている?」

 ローラは俺の言葉に引っかかったように復唱した。

「あはは、太陽が憎いか?」

 からかうように、吸血鬼の本質的なトコロに踏み込んでくるローラとの会話は、清々しくて楽しいと感じていた。

「どうだかな、…憎くないといえばウソになるだろうが、俺はこういう技能スキル……能力ヒュリングを持っているしな…俺という1人じゃなくってはどうかって考えると、結構根が深いんじゃないか?」

 ここまで言って、太陽の浮かぶ空を仰いでふと疑問に思う。なぜなら俺の過去、人間だった頃ですら親以外には無愛想だったのだ。それは気づけば、昔の苦さを懐かしむ自分がいた。

「そうかそうかっ。でもな、私たちにとっての太陽は、繁栄のしるべなんだ」

 笑みを浮かべながら弾むような口調でさらっと……これで不快に感じないのが不思議に感じて、すとんと浮かび上がった疑問を投げかけることにした。

「それは信仰か?」

 言ってしまって後悔する。それは人間としての本質を探る行為だということを、俺は知っていたからだ。

「ん、いや、由来は知らないがそういう執着観念は秩序維持の1つとして流行を禁止しているんだ」

 あっけらかんと答えてしまったローラのその答えに感心を憶えながらも、後悔してしまったことが杞憂だったと肩を落とす。

「それはいいな」

 思っていたより大きな声が出た。

「だろ?」

 自分でも驚いていたところを肯定され、思わず2人揃って笑ってしまった。

 歩きながら話していて、キリが良いと感じ俺は今俺の立つ丘の、目前に続く長く続くひらけた下り坂の道の先を見る。そこにはいよいよ村の全容が広がっていた。いや、全容と言うには大袈裟かもしれない。なぜならば文字通り一望することができなかったからだ。

「な、ローラ……村だよな?」

 本人に聞いた方が早いと頭が結論を出し、俺はすぐさま質問を行った。

「村だ」

 ローラはごくみじかな即答で済ませた。

「国か?」

 俺は質問の形を変える。

「村だ」

 ローラは同じ言葉でその場しのぎを図ろうとした。

「………」

 沈黙を挟んでつづける。

「いいか?嘘はなんとかと言うだろう?もう一度聞く」

「ここは村か?」

問いただそうとする。

「………村だ」

ローラは少し沈黙してから、しかし断言してみせたのだ。

「で、どこから何処どこまでが村なんだ?」

 こんなやり取りを繰り広げながらも、2人は歩みを進めている。

「海岸から渓谷と大森林を挟んで連峰のある土地の数キロ手前までだ」

「馬鹿か」

 俺は思わず愚痴をぶつける。当然だった。

 ついぞ明らかとなった幼きローラの開拓せしめた土地の広大さに、脱帽だつぼうすると同時に呆れを覚える。

「いや、前々から! 避難民らには国名を聞かれていたりしたがな?! どうにも積極的になれず『村』とだけ名前を付けづにいたのだ!! 私は悪くない!」

 ローラは長々と言い訳を並べながらも、イタズラがバレた子供のように楽しそうに笑っている。

「アハははっはっハハハハハ」

 俺は足を止めて、腹を抱えて笑い、らしくもないような声をあげる。

「なにをっ、そんなに笑うこともないだろ!?」

 すっとんきょうと、ローラは呆気に取られながら俺のリアクションについて不満を述べながら笑いかける。

「あっ、そうだそうだ! さっき話した魔女の話だがなっ?」

 ローラは笑いの混じった声で、慌てながら話題を変える。

「もしかしたら、ティネスは文脈で私が村ぁ〜? を、作ったと思っているかもしれないがその、魔女〜や、たくさんの縁に恵まれた結果なのだ。決して、私1人の力などと過大評価するではないぞ?」

 最初の方で、ただの言い訳とも考えられたが。そう考えることは失礼に値するようだと感じた。


 太陽が燦々さんさんと照りつける快晴の刻。2人は検問の行列に並んだ。

 しばしの沈黙が続いた後。

「なぁ、なんだか恐縮なんだが」

 俺はそう切り出す。

「なんだ?」

 笑い疲れたのか、ローラは無愛想に応じる。

「検問してる兵士は、普通に審査って言ってるぞ?」

 行商人や木材運搬の荷馬の数々が作っている行列の最後尾にも、イキイキと聴こえるハリのある声は、確かに「入国審査」と言っていた。

「……いや?」歯切れが悪い反応をして「響きが分かりやすいから黙認しているだけだ…」とローラは締める。

「……そんなことより! 外から人が来ることはあんまりないから、来訪者用の検問はないんだ。許してくれ」

 そうローラは教えてくれた。

「言われてみればそうだ」

 そんな制度もあった気がすると、俺はまた故郷を思い出す。

 行列に2人並んで、列の先を眺めながら横目で俺を見て。

「こういうのは不慣れか?」

 ローラは俺の顔色を見て気にかけてくれたようだった。

「いや、…領主に麦やらもろもろを納める時に、よくやっていた気がする…」

 思い出しながら、感慨にふけっていたせいで歯切れが悪くなっていた。

 そりゃそうだ、もう400年近く前のことだから。そうやって、諦め半分で歳を数えてみたりして、自分に呆れてしまったりして。

「ティネス、お前には人間味があるな」

 横目で俺の顔を見つめながらそう言ったローラの顔は、少しニヤついていた。からかうような笑顔だった。

「吸血鬼なのに?」

 俺はローラの言い分を先読みしてみた。それはそう、からかうように。

「これは1本取られたなっ!」

 カカカッっと音がしそうな笑顔を空に向けてローラは談笑する。こういうところに威厳が見えてしまうのは、俺も大概、ローラという存在に慣れすぎたのかも知れない。


 そうやって話していると順番がまわり、ついに検問の先頭にたどり着いて、人間の兵士と対面することになった。

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