5ページ《両親の笑顔》

「私が産まれた、そのすぐ後に両親は死んだと聞かされている。

「叔父夫婦からは、馬車にかれたのだと教えてもらった。私はそれを、


 ローラは重たく語り出した。


「私を引き取った叔父ちちは私を愛してくれた。そして義母ははは、倹約家でもある叔父の財産を、遊興費として寄生虫のように散財していって。

「愛を欲して結婚した叔父と、財産を求めて言い寄った義母。そんな図式が…まだ物心のついていない私にすらものの数週間で理解できて……しまうほどだった。

「それから間もなく祖父母が他界して以降、叔父は与えられることのなかった愛情を、私に与え続けてくれたんだ」


 ここからローラの言葉はテンポを上げていく。


「この後のことを知り合いのに話した時、彼女はこう言っていた。

「枯渇した愛情を与え続けて、植物のように当然に、枯れ落ちたに過ぎないんだよ」

「こういう時に1ミリも同情しない彼女は、私の育ての親を植物に例えていた。実に的をいて清々しいと思ったほどだ。

との暮らしは決して裕福ではなかったけれど、幸せだった。その頃の私には友人と語らう時間がなによりも、楽しかった。

「父の口癖はとてもありきたりで「お金がなくても幸せになれる」だったが、私はそんな父の言葉が大好きだった。

「父が夜に、義母は父の言葉を否定した。

「……これだから、綺麗事だけで世界が回ると思ってるガキは卑しくて嫌いなんだよ」


 それは人間性というものを長らく忘れている俺でも分かるような、汚い言葉だった。


「その頃の私はバカだった。なぜなら私は、それでも幸せだと思っていたからだ。

「あんなバカな男とのガキなんて作るんじゃなかった。あんたは邪魔だから、身体を売って働きなさい。

「育ててあげた恩を返しなさい。って。

「そう言ったはそれから間も無く猟奇的な通り魔に殺されて、強姦殺人だと子供の目でも分かるような姿で発見された。……足下に転がる義母の遺体を見て、涙が流れなかった。

「その後、レンガ住居の列なるスラブ街の下水路の一角で遺体は放置された。――街が燃えるまで。

「当時私はそんな遺体も運べる腕力もなく、代わりに狂ったように通っていた、鬱血うっけつし腐乱していく様子を眺めていたさ。もしかしたら睨んでいたかも知れない。

「そのかたわらでは、義母が死んでからはますます食べるものに困って首都まで行ってパンを盗む毎日で、友人とはいつの間にか疎遠になっていて……付随して思い出すことといえば『義母が死んだことを話していなかった』ことだけ、わずかに落胆するだけだった。生きる中で心が廃れていったのだ。

「その過去を私は反省している。


「パンを盗む為に周囲の人の動きを観察し、逃げる為に身体の動きを工夫する。そうやって失敗をなんども繰り返してアザを作っては、経験を積んでいく。

「そうやって生きるしかなかった。

「そんな生活の中で遂に捕まって、留置場で師匠と出会ったんだ。

「当時8歳さ、笑えるだろぅ? 寒い場所で大柄の男と対面して……。


 それを聞いて俺は、笑えなかった。


「私と師匠のファーストコンタクトはなんだったと思う?」

 俺はあまりに曖昧な投げかけに、答えあぐねる。

「……自警団に入らないか? …とか?」

 無難な返しをしたつもりだった。

「グッハッハハハハハハ!」

 大爆笑を勝ち取っていた。

「いや、ごめんな。吸血鬼の出す答えにしては、あまりに突拍子がなくってな」

 そんな意表をついたような反応に、思わず小首をかしげてしまう俺。

 こうして、小高い丘ですっかり顔を出した朝日を浴びながら、腹を抱えて今にも笑い転げてしまいそうな少女と、顔に不満を全面的に出したような大男という、シュールな図が完成した。

「いや、でも結果から言えば間違いじゃないんだな」

 ローラは冷静さを取り戻しながら続ける。

「ずばり…」ローラはそう持ったえ振って、一呼吸を載せる。

「一緒に、救える命を救わないか? だ」

 あのセリフには廃れた心が洗われた気がしたよ、と続けながら。

「この大男が師匠であり、私にとっての第3の父だ」

 ローラは無い胸を張りながら、緩急をつけて。太陽に照らされた大地をながめながら。

「思えば私の正義感は、血と生と武によってこの身に刻まれているのかもしれない」

 ここでローラの語りは終わり、極めつけの言葉が一連の話に幕を下ろす。

 そして俺の方に身体を向き直して。

「私の夢は、全ての人々が平等に生を謳歌おうかできる世界を作ることだ」

 まだ夢半ゆめなかばだがな。ローラはスズメのような声で、そう言って笑って見せた。


 気高くも幼い、ローラの凛々しい表情は俺を見つめて。太陽の光に照らされながら、虹色に光を放っていた。

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