4ページ《理想》

「私はローラと呼ばれている、こんなだがホントは誰かに指図するのは苦手なんだ」

 俺はその言葉に疑いを持つ。

「指図しかしてないよな本当は」

 ぼそっと呟く。

 少女は「あ?」とそんな目つきをしていることは無自覚なのだろう。

「失礼、指図を行うのは、苦手なんだ」

「さっき殴ったくせに」

 小言を漏らす。

「失礼、口よりも手が先に出てしまう悪いクセだ」

 それすまし顔で言うセリフじゃないよな。

「それ直せないのか?」

 俺は要求する。

「失礼ムリだ」

「歩み寄れよ」

 即答されても困る。

「しつ…」

「れいって言うなよ」

「噛みまみた?」

「首を噛んでやってもいいんだぞ」

みは痛い」

「馬鹿げてる」

 言うと、ゴンとスネを蹴られる。

「失礼、足が滑った」

 何を言うか。

「手が滑ると手が出る、の逆を行くったトンチを言ったところでクスリにもならない」

 辛辣に言うと、少女はムスッとして。

「私が噛み付いてやろうか? 主に拳で」

「分かりにくい比喩は面白くもない」

 俺はここまで与太話に付き合って、もういいだろうと元来た道を山林の外へ歩き出した時。

「ところで」

 様子から、そんな俺に少女は文句があるようだった。俺は振り返る。

「なに」

「名前、聞いていない」

 その言葉に、俺は首を傾げる。

「名前って意味あるのか?」

 そうやって尋ねると、少女は少しの間、可笑しそうに笑った。

「それは本気か?」

 笑い終わった直後、少女は怪訝な顔で聞き返すのだ。

「…変か?」

 俺も聞く、まるで疑問の応酬だ。

「便利だろ? それに心がある」

「…そうか?」

 あまりイメージができない。

「いいさ、今は分からなくても」

 言いながら少女は俺の胸を裏拳で小突く。

「名前を教えろ、まさか覚えてないなんて誤魔化しな言い方はやめろよ」

 そう言われて、素で自分の名前が頭から抜けていたことを知り、言葉に詰まる。

 俺は鬱蒼うっそうと繁る木々の葉を頭の高さで眺め、じっと思い出そうとする。

「…………」

「…ティネスだ。ファミリーネームは、忘れた」

 俺からやっと出てきた言葉はそれだけだった。昔アイツから呼ばれていた名だから思い出せた。

 そこで、ローラは1度、瞬きをしながら微かに微笑む。

「そうか、よろしくなティネス」

 そう言った途端、ローラはすぐさま俺の手を取り、明後日の方向へ駆け出した。

「帰るぞ!」

 それがローラの掛け声だった。

「おい」

 俺の手を引くローラに対し、俺は主人に逆らう仔犬のように、その場に留まった。

「何処に行くんだ?」

 そう問う俺を背後に顔だけを向けたローラは言うのだ。

「近道だ!」

 言うが早いかというタイミングで、ローラは走り出していた。それでも俺はそれに抗う。

「何処への!?」

「村だ」

 ローラはまるで、過去に取り決めた事柄のように、雀のような声であっけらかんと言い放つのだ。

「私達が築いた村に向かうんだ!」

 その強引な言い方と、否応なく再び俺の手を引くローラ。俺は呆れ顔で再び問う。

「それはどこだ」

「あと2つ山を越えたところだ」

 それを聞いてすぐさま俺は意地を貼る。

「放せ、自分で歩く」

「笑わせてくれるな。その言い方は罪人のようだぞ」

 そしてローラは茶化す。

 誘っておいてこの言い草だ。このやり取りはローラとの行動には疲労が付きまとうことを知らせているようだった。

 俺は呆れ顔を浮かべながら、村まで付いていくことになった。


 何のことはない、想定よりも少し、関わる人間が増えただけだ。俺はそんな風に言い訳を作って、それでも漠然とした未来を前に震えていて。それは、この時を暁にして大きな歯車が音を立てて動き出すような、それを目撃しているような、そんな心の鼓動が俺に臆病風を吹かしているようなだった。

 そんな俺の心境など何処吹く風で、ローラは遠慮することなく俺と手を繋いでくる。俺の味気のない無骨な手を引くローラの手は、薪割りをする男の手のようにがっしり頑丈で、女性らしくか細く……そして確かに小さくも感じるが、たしかな温もりがあった。

 俺はそんなローラの背中を見つめていた。


 道中…つまりローラにとっての帰路でのこと。

 小高い丘を差し掛かったところで、ローラは不意に遠い目をしてみせた。澄んだ表情で登り来る朝日を見つめていた。

「私が師匠の下を離れたのも、こんな朝日の見えるところだった」

 ローラはそんなことを言って、お前も見てみろと言わんばかりに顎を振る。

 そして俺は太陽を見つめる。眩しい、ともあまり感じない。

 生い茂る山々の木々と澄んだ空の雲が、茜色の陽光を反射し、その中心には登り来る真っ赤な朝日が覗いていた。

 なるほど、これは確かに綺麗な太陽だった。


「ティネス、お前は太陽、大丈夫なのか?」

 ふと、左隣りのローラが言う。

「俺は大丈夫だ」

 そう言って俺は右腕の皮膚を裂いて見せる。

「?????」

 そこでローラは予想通りに戸惑って見せた。

「私が今まで殺してきた吸血鬼は皆、肉があったはずだ?」

 と、ローラは率直な疑問を投げかけてくれた。

 そう、それが正常だ。そうでなくては見せた甲斐がない。

 そこでローラが目にした光景は、二の腕の皮膚が裂けて肉が見えているのではなく、漆黒ペンタブラックの…つまり光をまったく反射しない黒色の物体だった。

「陰力操作。俺が北で、影の覇者と異名を残した所以だ」

 俺は少し自慢気になってそう語った。

「その名は知らん」

 ローラはぶっきらぼうな顔で、あっさり突っぱねる。

「まぁなるほど、つまりその陰力操作というものがあるから、ティネスは太陽の下でも活動ができるワケだな?」

 流石というか、ざっくりとして物ごとへの理解が早い。

「あぁ、そしてこれは帷子と同じ用量で編んだものだ。細部すら思いのままだ」

 とここまで話して、俺はなぜこんな話をしているのかと疑問を持って首をもたげる、あれれと。

「なるほどな…、これでは完全に、人間の上位互換ではないか」

 そう言いながらも、再び朝日の方を見つめるローラの姿は、俺と違って過去を見つめているようだった。

「そうでもない…俺はもう、暴力で解決することに飽きたんだ」

 悠久の時間が俺を変えたのだ。俺は言いながら"少女"に並び立つ。

「そういうもんか…」



 それからしばらく歩いたところで、唐突に歩調を緩めたローラは俺を横目で見ると、それを言った。

「私には夢がある」

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