3ページ《誓い》
そしては俺は耳を傾ける。きっとそれを聞くまでは何を言うのだろうかと内心では待ち望んでいる部分もあっただろう。
「断ったら殺す」
だった。あまりに極端で知性のない言い分だ。しかしその声は恐怖を感じるものではなかった。
言い分は分かったつもりだ。けれど俺がその言葉に対するには何が必要だろうかと考えると皆目見当もつかない。俺は夜空を眺めてから答える。
「今はもう、殺る気がない」
この言葉は事実上の降参に等しかった、分かって言った。言って、ため息が出る。それが白い息になった。
「白状しよう、俺は一人が嫌になってここまで来た」
「他は?」
その一言はとてもきつい響きに聞こえた。それなら、前置きはおためこぼしにかならないだろうと思えた。
「文句は言わせない、これからよろしく」
そう言いながら、内心では、言い表せない漠然とした未来に怖気付いている自分を感じていた。
「勿論だ、不満な時の言葉は不粋なのはだろう、四の五の言う前に拳で語ろうじゃないか」
「いや、言葉通りの意味だ」
俺は否定したつもりだ。
「そんな悲しいことを言うな! 生きていて楽しい! と思えるコトは多いことに越したことないぞ?」
少女は自信に満ちた言葉で、俺の言葉に不服そうな疑問を投げる。それは俺には眩しいセリフだった。
それは、暗闇を生きている俺からしてしまえば、輝かしく近寄り難いセリフだった。
「そんな顔をするな」
少女は言うのだ。
「お前も私も、存在としては同じなんだ」
とても不思議な言葉だ。そして。
「お前も私も、自分の内側に足りないものがあることを自覚している。そうだろ?」
そう言われて、俺は顎を指で触る仕草をして立ち返るような気持ちで深く考えてみる。
どうだろう。俺に足りないもの、それを俺は確かに知っていた。それは飽きないような何かと。故郷の地を踏み自分は何を思うのか、それを知りたいという淡い欲求。だったか。
「まぁそうだな…」
俺は相槌をする。
「反応が薄いぞ」
少女に言われてしまった。そうだろうか?
「すまん、直せそうにない」
そう言った途端、肩をガシッと掴まれる。身長差がかなりあるのに伸ばした手のと首から先でしか力が出さない角度で、俺が驚くような力強さだった。
「気落ちせずゆっくり直していこうな」
俺は複雑な気持ちになった。それは少女が俺の意見を完全に無視したからである。
「綺麗事にも程があるな」
そういうと少女はなぜか胸を張った。張ったのはない胸だった、外見からして当然だが。
「これは私の自論だ! そして誰もが共感しなければならない言葉だ!」
曰く。少女は猛々しく言う。
「綺麗事を垂れ流すのは至極簡単で、容易にその軽薄さを補えるものだろう。そして、綺麗事を実行することは至極難解で、その過程には軽薄に思える時間と誘惑が存在し、それは絶え間ない心労を課されることと同義であろう」
少女は口上を語るように続ける。
「しかし多くのものが忘れているのだ! 元来、人は悪虐に染まる生き物だと言うこと!」
「人はオギャーと生まれた時から、
「穢らわしい生き物が人間で。穢れを忌み嫌う中で歩みを失うのもまた人間であり全裸なのだ!」
激しい熱を帯びた言葉だった。そこまで続けて、今度は落ち着きを取り戻しながら言う。
「師曰く、何か強い志や思想をもつものは魂を抱くのだそう。それは自身をより底知れない”モノ“に導くのだそうだ。それは生涯の強敵を生み出し大いなる苦労と引き換えに必ず望む結果をくれるのだそうだ」
「私の武の師、曰くそれを実現して尚、魂を
「そういった人間こそが本当に超人と呼ばれるに相応わしいなだと」
ここで少し間が開く。
「以上の流用を踏まえるとこうだ! 目標に向かって進んでいる限り絶えず心を疲弊させることになる。だが意志を貫くことで望みが叶うこともある。ということだ。引き換えとは完遂を意味しているから事柄によっては不確定なのだ」
どうやら終わったようだった。
「何か深淵を覗くような気持ちになった」
俺はテキトーな感想を述べる。
「理解には及ぶまいと覚悟してのことだったが、予想を超えて核心を付いたことをいうじゃないか!」
スズメのような声で言われても頭に入らない、と言えるタイミングは失ってしまった。
「それは有り難いね」
凝り固まった社交辞令しか出てこない。
「ここで本題に立ち戻ろうじゃないか、今の話を聞いて気が変わらなかったか?」
これは恐れていた質問に逆戻りだ。そう思い話を変えようと頭をひねる、アイツのように物理的にではなく。
「苦い顔をしているぞ」
代わりの言葉を探していると、言われてしまった。相棒うんぬんは面倒が多いように思えたからだ。
「そうか、気の所為だぞ」
俺がそういうと少女は小首を傾げる。
「んー? ドライアドはこんな森にいないぞ」
その言葉には戸惑いを覚えてしまった。それはさっきまであんなに難しそうなことを言っていた少女が、こんな簡単な思い違いをするものだろうかと、この落差に自分が間違ったことを言っているのじゃないかと思えてきてしまう。
「精霊、じゃなく所為にして、のせい」
持ち直して、訂正する。
「? そうなのか、すまなんだ」
「それよりどうなんじゃワレ」
少女は一度謝るとそれがなかったかのように話出した。少し乱暴な口調で。
「断ったらどうなる?」
重要な問いだ。
「そんなの、拳で話し合うだけで解決だが?」
この少女の倫理観はどうなっているんだ。
「…」
俺は再び口を噤んだ。
「今度は私が聞く番だ」
「…」
俺の心情にお構い無しに、少女は言う。
「いいか、これは2択じゃなく3択だ」
詰問のような口調のまま、そのまま続くようだ。
「YESか、はい、かYESmamだ」
既に3番目が相棒に求めるソレでなくなっていた。
「いや、この後者は違う気がする…」
「ならばハイルに変更だ」
「……」
俺はこの状況に沈黙せざる負えなかった。
「私が求めるのはYESか、はいか、ハイル・ローラだ」
少女は自慢げに言っている、が、それはほぼほぼ変える前と同じ意味だ。従属という意味で。
「あぁ、ややこしい…私の相棒になれという問いに求める答えは、イエスか、はいだ!」
本来、詰問でそれを問われることは恐怖なのだろう。しかし俺の前にはそれが見る影もない。理由は明確か?
「俺の意志は新しく未来を作る。第三の選択肢だ」
続ける。
「相棒の前にだな、友情を築くところから始めよう」
無難な提案をしたつもりだ。
しかしだ。
『ン゛ッッ」
腹を殴る必要はなかったように思えるが…。
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