1ページ 《出逢い頭》

 それは旅路。暗い空にただ一つ月が昇ったような、街に続く山々を迂回する道でのこと。

 山から谷へ続いている、牛の化け物の角のように湾曲している道の斜面を下った先。1里ほど先に、馬にでも蹴飛ばされたかの如く無造作に倒れている山賊が見えた。

 獣の皮に鎖帷子くさりかたびらを被ったその残骸は、遠くから見ても2ダースを越える数があるように見える。

 それらを数える為に目を凝らすと、間伐かんばつによって作られたと思われる小いさな切り株に、悠々と座る小さな人影が見えたのだ。

 そして俺は考え通り、人間と"交友関係"を図る為に 接近を試みる。


 俺は無我夢中という具合に、頬に笑みを浮かべながらひたすらに走るのだ。身体を覆う大気すらも置き去りにしてだ。


 そして数秒後、しかしながら肝心な人影の正体が見当たらない。湾曲した道を抜ける過程で、山林が視界をさえぎった時から見失っていたのだ。

 機会を失ってしまったのならしょうがない。そんな心情で仕方ないと言いたげに足下を転がっている、死んでまもない盗賊の骸から吸血をする為に膝を突いた姿勢を取って、下から首元を抱えた時。そこでやっと気づいた。


 盗賊の骸には、眼球がなかったのだ。なぜこれまでに気づかなかったかと思案してみれば実に単純だった。

 何らかの武器とも違う傷で、早い話が素手によるもので。目という器官を備えている骨の窪みから外に、血が飛び散らないほど綺麗に眼球が抜き取られたあと、丁寧にも目蓋を閉じられていたのだ。

 そして思い立ったように周囲に幾重にも転がっている盗賊の残骸を見渡したのだが、どの一つを取っても、流血すらしていないのだった。

 そして、それぞれが所持していたと考えられる武器や鎖帷子くさりかたびらは破損している様子がない。この場の全員が素手によって抹殺されていた。


 この状況を感知した俺は違和感に気づく、不潔極まりない盗賊の臭いとはちがう。

 例えるなら、返り血を受けて、拭いきれないほど血の臭い染み付けて、それでも日常的に泉で身体を洗い流しているような。そんな清潔みのある血の匂い。


 そして俺は匂いを嗅ぐのだ。その匂いが線を引いて続く先。匂いは山林の木々の中へと続いていた。


 匂いは濃かったのだ。考えてみれば当然で、それは時間が経っていないということ、まだ遠くまでは行っていないということを表していた。


 俺は冷淡な足取りをもって木々を避ける、そして匂いの主の元へ歩みを進める。


 大小まばらだが、木々が等間隔に並べられた山林を、しばらく潜ったあとに事が起きた。―――匂いが途絶えたのだ。正しくは匂いの線が終わっているのだ。

 一見して匂いを消したような痕跡もない。この場にいるハズの匂いの主がココにはいなかった。

 否、居たことに気付かされることになった。

 木陰…、日の沈んで月明かりすら雲によって隠れている暗闇の、更に暗い山林の中の更に暗い木陰。

 言うまでもなく。明るさなど吸血鬼には関係がなかったが、それでも彼女は死角にいた。


 人影の正体。……その小さな身体に俺は、直前まで気づくことが出来なかった。

 その人影は突如として足元に現れて。その小さな身体は、身体を畳むように屈んでしたその体勢から、恐るべき瞬発力によって。高さにして7尺はある俺の身体を飛び越え、そして頭上を取った。

 一瞬だけ、瞬く隙もない時間、金色の瞳と目が合う。月明かりに照らされて姿を現したその瞬間を、俺は静かに洞察していた……空から少女が降ってきたような錯覚に陥っていたからだ。

それは、釘付けにされていたんだと後に知る。

 そこでさらに、その身体はいつの間にやら行っていた胴体の回転を駆使し、俺の側頭部を目掛け、脚の甲を用い強打する。

 すると重たく甲高い音が森に響く。

「……!!」

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