今日は僕の命日 1部《村入り編》
彩芽綾眼:さいのめ あやめ
表紙 《独り言》
俺は混血の吸血鬼である――――。
『混血の吸血鬼』と言っても、実際はそんなに良いものじゃない。――そう割り切って考えられるのには理由があるのだ。
それは――単に"元人間"というに過ぎないという事だ。
吸血鬼だからって得をすることなんて、数で言えば人間とあまり変わらない。ただ『得意不得意』があるだけだ。吸血鬼なんて夢があるものじゃない。
「暇は吸血鬼を殺す」という言葉があるらしいが、アレは本当なんだ。――それ繋がりで少しだけ、吐いて捨てるほど繰り返した夢の話しをする。
俺はあの時、眠ろうとしていた。そう「していた」のだ。俺は吸血鬼になったばかりで寝方もロクに知らないような状態で、眠る為に思考を停止させることに、長い時間を四苦八苦していた。
さながら熊の冬眠のように、身体の活動能力を極限まで低下させるように、なんて、不格好な方法を取ろうとしていた時だ。肉が焦げる匂いが鼻をついたんだ。
不審火、と言うのは正確な言い方ではない。ただ、そんな焼け焦げた匂いが俺をその場所にたどり着かせた。
アイツは勝手に、俺を吸血鬼にした。その意思は俺も理解しているつもりだった。
アイツは時間をかけて灰になっていくその身体を、首をこちらを向けて「ごめんな、私は勝手なんだ」ただそれだけの言葉を置いて逝った。
ただそれだけの夢だ。
その言葉の真意は今でも分からない。ただ、「勝手」という台詞はアイツの口癖だった…。
あの時の出来ごとを、何度思い出してきただろう。
あれから300年、十数年周期で数年単位の睡眠を繰り返す俺は、昼間この部屋で起床する度に思い出し続けるのだ。
「飽きた」
俺はなぜか、そんな3文字を口にした。一瞬、その意味が自分でも理解出来なかった。
いや、理解できないのは数秒が経過した今でも同じことだ。――それは脳裏に引っかかって、解こうとすればするほど複雑性を増していく毛色のように、俺の脳ミソは熱を上げていく。
俺は石像になって考えた。
太陽が東へ沈む頃になるまで時間を費やして、それでも答えは出なかった。俺には俺自身の思想が理解できないようにすら感じた。
そして考えることをやめた…。
そして新しく物ごとを考える。「飽きた」この言葉が指す意味とは何か。
俺は、このなんの価値もない廃村という寝床を守るために1人で見回りをして、外部からの存在を始末するなんて下らないことに100数年を費やしていた。――怠惰に塗れていた。
吸血鬼として悠久の時間を生きていくことに飽きたのかもしれない。
そう考えた時、ふとアイツの姿を思い出す。
「あぁ、こえいうコトだったのか……」
柄にもなく、浮世離れをした思考をしてしまったのかもしれない。『かもしれない』そう、今でも自分を理解できない。俺は俺の思考が理解できない……妙に達観した感覚が脳ミソを支配していた。
時々、故郷が恋しくなってくる。
今はどんな姿をしているのだろうか? 想像にかたくない。
どこだったかも忘れてしまった。アイツはこういう時、頭蓋骨を破壊して脳ミソをいじり回していたけれど、俺にはそれができない。
そして思考の根幹に立ち戻る――。
俺は他に、今までに何をしていただろうか。人を殺していた。吸血鬼を殺していた。豆腐を切り崩すように、或いはスポンジを千切る様に。それは例外なく淘汰できる事柄だった。
「それは虐殺だった」
なんの前触れもなく不意に、引き潮が引き潮のまま満ちてしまうかのように不意に、思考の答に辿り着いてしまった。
人間を見下すことをやめよう。これが「飽き」を払拭する方法だった。
そう決めたのならば、何も無くなった廃村には用がない。
廃屋の戸棚から、辛うじて経年による破損を間逃れていた方位磁針を黒衣に忍ばせる。
沈みきった太陽を右手に、姿を現した月を左にして、南へ歩みを進めていく。
暖かい土地へ、人の住む場所へ。未だに何の予定も決まらないまま。只、南へ。
もしかすれば故郷が南にあるかもしれないから。
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