第14話 生きててよかった
この世界の半分以上を手中におさめる強大な王家――メディテーニア家は、代々のボンクラ世襲制が祟って、いまや暴政の鏡のような王家となっていた。
かつては人間を困らせていたという魔王のいた時代。
その強大な悪を倒そうと、勇者を掲げるギルドが次第に支持を得て、魔王討伐成功と同時に、王家>>>貴族≧ギルド≒教会くらいの権力様相に落ち着いた。
戦力はギルドの方が上なのに、貴族≧ギルドとなっているのは金の力だ。まぁわかるよね?
この世界における魔物というのは、その残党。
せいぜい畑を荒らす猪や熊が、十倍強くなった程度のものと考えて貰って支障はない。
で。僕らみたいな裏稼業の人間は、王家、貴族、ギルド、教会のどこにでも潜伏していてあらゆる情報を持っている。
だが、各機関のトップはさすがにガードが固く、実権を握るには至っていない……というのが現状だ。
それを、握る。
王家の重役との密会は明日。
夜のうちに本土に渡って備えておこうと支度していると、愛璃が心配そうに声をかけてきた。
「あの……私も……」
「何度も言ったでしょ。愛璃ちゃんは留守番だ」
「でも……これも危ないお仕事なんでしょう? 永くんばっかり、私のせいで……嫌だよ……」
「僕は愛璃ちゃんが危ない目に遭う方が嫌だよ」
「永くん……」
「だから待ってて。……ね?」
諭すように告げると、愛璃は何を思ったか僕の首筋にぎゅう、と抱き着いた。
(……!)
ふわふわで、あったかくって柔らかくって……
疲労も不安も吹き飛んでいく。
「永くん……私、待ってるから。永くんの家はここだからね……」
ああもう。完全に若妻ムーブ。
(今なら、キスくらいできるかな……?)
至近距離でふと目が合うと、愛璃は察したように僕の唇に口づけた。
(……!!)
ちゅ……と、控えめに離して、頬を染める。
「いってらっしゃい、永くん」
ああ。あああ……
あああああ――――――――
――生きててよかった。
最愛の幼馴染に「行ってくるよ」と小さく呟き、僕は隠れ家を後にした。
◇
翌夜。
待ち合わせの酒場でクリストフさんとシアノと合流して、王都の裏路地にひっそりと佇むカフェに向かう。
僕はあくまで、アーティ組のナンバー2としてシアノに同行する形だ。護衛はクリストフさんの側近の黒服が二名。計五人の最低限でいく。
「いやぁ~。いよいよウチも王家に手を出す日が来ましたかぁ。感慨深いものですねぇ。うまくいけば、これって実質世界を征服したと言っても過言ではないのでは~?」
「若っ……天国の姐さんも、さぞやお喜びで……!」
「よしてくださいよ、湿っぽい。確かに母さんは『病弱すぎて子作りできないから』って王家を追放された身ですが、今ではこんなに立派な息子が育っちゃって。う~ん! ボクもいい感じに王家に復讐できますし、やっぱりエイスケくんは持ってますねぇ!」
「持ってる……?」
「人間、運も実力の内ということですよ♪ ここまで利害の一致する同業者も珍しい。これもステラ……星の巡り合わせの加護でしょうか。ほら着いた。ここ、シフォンケーキが美味しいんですって。楽しみですねぇ」
酒場というのは、僕らのような裏稼業の人間やならず者が集まりやすいこともあってか王都務めの宰相さんには敬遠される場所らしかった。
だから今回の密会は、貸切にしたカフェの個室で行われる。
「酒場のような五月蠅く汚い場所だからこそ、小綺麗で潔白な宰相が来るとは誰も思わないのでは?」とクリストフさんは提案したらしいのだが、宰相さんには可愛い妻子がいるらしく、夜更けに酒場に入り浸るところを見られたくないとか。
うーん。さすが王室務めの副宰相。身持ちも頭もカッチコチ。
そんなカチコチだから、本来は腹芸で世を渡るのが常の宰相職なんて、向いてないとは思うんだけど……
カチコチだからこそ、今の王家の暴政が許せないんだってさ。
ある意味信頼できる人だ。
僕は好きかも。
その宰相よりも小一時間ほど早く到着した僕らは、赤い牛皮張りのソファに腰かけて紅茶とシフォンケーキを堪能した。
「わ……美味しい……!」
年相応に、甘味に瞳を輝かせるシアノが可愛い。
カフェの店主(元そっちのスジの人)には話を通して(金を渡して)あるが、一応僕らは、年の離れた三兄弟としてこの店に入店したことになっている。
王家にも献上されるという甘味をだす、高級カフェに相応しいシックなワンピースに身を包み、シアノが頬を緩ませた。
「美味しい……! 何個でも食べれそう……!」
「やめなさいシアノくん。太りますよ」
「多少太ってもシアノは可愛いよね? クリストフさん、そういうとこですよ」
「エイスケくん、あなたの方こそそういうとこなんじゃ……??」
「にしてもこのシフォンケーキ、ふわっふわで……ここのマスターはいい腕前をしてますね。うま……うま……」
「こっちの、紅茶のシフォンも美味しいよ。エイスケにもあげる。はい、あーん……」
「えっ」
「……食べないの?」
きょとんとした上目遣いに固まっていると、カラン、とカフェの扉がひらいて紫紺のローブに身を包んだ三十代くらいの男性が姿をあらわす。
クリストフさんはいつものように、うら寒い満面の笑みを浮かべて宰相を席へと促した。王宮の執事と言われても過言ではない丁寧な所作で、宰相と挨拶を交わす。
僕らの作戦は、こうだ。
◆
『市民の誰もが不満を抱くような王政なんです、有力者に声をかけて取り入れば、掌を返す奴なんて山ほど出てくるでしょうねぇ? 今回会う副宰相殿は、氷山の一角だ』
『僕らはそうやって、協力してくれる人を増やしていって。うるさい王族を黙らせて、傀儡の王を立てると……』
『じゃあ私たちは、人知れずそれを静かに見守っていればいい……?』
『うん。僕らみたいな裏家業の人間と、表の人間、王族の均衡と秩序が、一定に保たれるようにね』
『あはは! 秩序とか! どの口が何言ってんだって話ですけどねぇ……!』
◆
で。最初のターゲットがこの副宰相さん。
若くして現王たるジョバンニによってその才覚を見出され、嫡男であるヨハネからの信頼も厚いこのロレンツ副宰相は、白髪交じりのアッシュグレーの髪を弄りながら、呟く。
「本来であれば、きみたちのような裏の人間に手を借りるなどという非道な行いはしたくなかった……だが、今の私ではジョバンニ様はおろか、ヨハネ様すら止められはしないだろう」
「おや? 王や王子からは信頼されていたのでは?」
「信頼、か……もうそういう次元の問題ではないのだ。王はお年を召し、近年思考や脳の劣化が著しい。かといって御嫡男のヨハネ様は酒池肉林の放蕩ぶりで、わがまま放題好き放題。先日から行方不明となっているクレシアス様といい、なぜこうも王家にはまともな人間が育たないのか……」
(そりゃあ……王家だからでしょう……)
「第二王子であらせられるピエロ様は、兄を反面教師と思ってか部屋からまったく出てこない引き籠り……私のやり方が悪かったのか? だが、私は宰相殿の元で身を粉にして働いて……ピエロ様にも部屋の前で毎日声をかけたのに……ううっ……」
そこまで言って、ロレンツさんは胃をおさえる。
なんとまぁわかりやすい。ストレス性の胃潰瘍だ。
「現王政の暴虐が私の娘の代まで続くかと思うと、夜も眠れない……革命なんぞ起きてしまえば重役である私は市民によって粛清される。まだ幼い娘と妻を残しては逝けない……故に、こうせざるを得ないのだ……」
「お噂はかねがね。王宮侍従たるウチの者から話は聞いているかと思いますが、本題に参りましょうか」
「ああ。私が宰相に就き――王家の実権を握るようになった暁には、きみたちの有利に働くように政治を動かすと約束する。派手に動かれなければ、揉み消しもいくらかは可能だ」
(うん。条件としては妥当なとこかな……)
「で? 依頼はあなたの上司――現宰相の誘拐でよろしいですか?」
クリストフさんが確認すると、ロレンツ副宰相はぎこちなく頷く。
根が善人だ、上司の誘拐など本意ではないのだろう。だが、今はそうせざるを得ないと。
「現宰相であるフレイ様は、今の王家に多大なる憐れみと自責の念を感じておられる……おまけに、王や王子たちから無理難題を押し付けられて、私以上に心も体もボロボロなのだ。日夜行われている他国に対する侵略も、人も資源も限界で、もう辞めたいとこぼしていた。誘拐という形になってしまうことは不本意だが、あの方には、どうか静かな島で奥方と共に、余生を送っていただきたい……」
うーん。めっちゃいい人やん。
僕はもう完全にやる気満々になった。
クリストフさんが、菫の瞳で僕を見やる。
「では、あなたには我々ステラ組とアーティ組の、めでたき第一回共同戦線――王国宰相の誘拐に手を貸していただく……それでよいですか? 【逃がし屋】?」
「もちろんです。【逃がし屋】である以前に、僕はアーティ組の一員……家族ですから」
その言葉に、シアノはぽっと頬を染めた。
「でも……少し足りないかな」
僕は呟く。
「周りの人がロレンツさんについていくだけの動機が足りない。今宰相であるフレイさんが誘拐されたら、副宰相であるロレンツさんの陰謀論は少なからず出てくるはず。となると、あなたのポジションを狙う反対勢力が生まれる。それじゃあダメなんだ。完全に、絶対に、周りの皆があなたの言うことを聞くようにしなければならない。だから……」
僕は、予め目を通すようにと渡されていた資料……
「この子……あなたの娘を。僕らにください」
「!?!? まさか、人質ですか!? わ、私は約束を守る男だ! そんなことをせずともあなた方を裏切ったりは――そもそもそれじゃあ、本末転倒で――!」
黙らせるように、ぱちん、と指を鳴らすと、黒服が寝ぼけ眼の幼い女の子を連れてくる。まったく縛る気のない簡素な拘束だが、その姿に、ロレンツさんは立ち上がった。
「マリア!!」
「ん……お父さん?」
ごしごしと目を擦るマリアを僕の横に座らせる。
ロレンツさんはわなわなと、拳を握りしめた。
「なんの……真似ですか……」
「普段、忙しくて構えていないんでしょう? 可哀想に。様子を見に行ったら、寂しい目をしてお人形と遊んでいましたよ。奥様はご病気で、長らく教会の
「それは、そうですが……?」
「おいで。お兄さんが遊んであげる」
状況をまったく把握できていないマリアだったが、『遊んであげる』の一言に目を輝かせた。
そのあどけない歓喜に、ロレンツさんが悲しそうに目を伏せる。
そうして、僕は告げた。
「この子も一緒に、誘拐します」
「!?!?」
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