第8話 最強の剣聖
「お願い……力を貸して。【逃がし屋】」
「!」
まっすぐに僕を見つめるシアノは言った。
あの状況から生還した僕には、この絶望的な状況すらなんとかできる力があるのではないかと。
それに……頼れるのはもう、僕しかいないと。
「シアノさん……」
いくら愛璃が大切とはいえ、年下の女の子に目の前でここまで涙を流されて、なんとも思わないわけがない。
端的にいえば、僕の口はいますぐにでも「いいよ」と言ってしまいたかった。
でも……
僕は、愛璃をちらりと見やる。
(万一僕がいなくなったら、愛璃ちゃんはどうなる?)
この、どうしようもなく残酷な世界で、ひとりきり?
だが、愛璃は僕が思っていたよりも、強くて優しい女の子だった。
シアノの表情と背負った空気から、彼女の状況と想いを汲み取り、僕の袖を掴む。
「永くん。なんとか……ならないのかな? こんなのじゃ、この子があまりにも……」
ああ。僕は。
そんな優しい愛璃が大好きだよ……
「わかった。シアノさん、僕らでよければ力を貸すよ」
そうして僕らは、今となっては組員の遺品となってしまった、シアノの所持していた複数名分の偽造パスポートを使って、学術都市ビブリアーデに足を踏み入れたのだった。
◇
当初の目的どおり、数日かけて図書館で調べものを終えた僕と愛璃は、それを元に今後の方針を固めつつ、シアノが隠れ家にしている宿へ向かう。
路地裏で、いつも空っぽの銭入れに雨をためている占い師。
目深なフードを被ったそいつにあらかじめ教えられた合言葉を告げると、皺枯れた指先が乱立する酒場のひとつを指さした。
カウンターで、マスターに『ノンアルコールのアップルダイザー』を注文する。
無論、アップルダイザーは通常アルコールが入っていないのが常識だ。だが、わざわざこんな言い回しをすることには意味があった。
マスターが、「お二階へどうぞ」と部屋番号の書かれた鍵を手渡す。
思うように成果のあがらない研究や、理不尽上司のストレスと日夜戦う魔術師たちの都では、酒場の二階がひっそりと娼館代わりになっているところも多い。
だから、二階でシアノのような美少女が寝泊まりしていても、誰も疑問には思わないし、摘発もされない。
むしろ摘発なんてしようものなら、今度はそいつが街の男たちにボコボコにされて、研究用のネズミのエサになるのがオチなんだとさ。
『一応言っとくけど、私は、客を取るとかそういうことはしないから』
顔を赤くして宣言する、そんなシアノはアーティ組の一員で、本来盗みを生業とする義賊のようなものだったという。
「ゲスツィアーノみたいな、人を不幸にしたり、それで甘い汁吸ってるような輩から、研究材料とか薬をくすねて、正しい使い方をしてくれるところに流す。それが私たちの仕事で、生きがいだった」
二階の一室でそう語るシアノの目には、かつて組員や頭領と過ごした日々が浮かんでいるのだろう。
僕は、単刀直入に尋ねる。
「で。作戦は決まったの?」
「!」
「僕らは、ビブリアーデを出たらもっと遠くの……南の、滅多に人の来ないような穏やかな島にでも行きたいと思っているんだ」
むしろそれくらいしないと、やばい。
なにせ、国家叛逆罪だからな。
「この大陸で目立ったことができるのは、これが最初で最後だ。僕は、優しかった頭領への弔いのためにもきみに手を貸す。だけど、愛璃ちゃんと一緒に逃げなくちゃならないから、危ない橋を渡るのはこれきり。ゲスツィアーノへ復讐を果たしたあとは、シアノさんもひとりでなんとかするんだよ」
「……わかってる」
まっすぐな、宝石みたいに綺麗な瞳に炎を宿らせて。シアノは頷いた。
◇
シアノの家族――アーティ組を壊滅に追い込んだ、ユリウス=ゲスツィアーノ=ロリロワールは、表立っては世界的にも有名な天才魔術師だ。
液体に魔術を溶かすという画期的な発明をし、若くして数々の功績、富と権力を手にした。貴族という割にはあまりパッとしない中級貴族の出身。そこから知力ひとつでのしあがった彼に憧れる者は少なくない。
そんな人物を相手に、復讐と一口に言っても、僕らは三人きりのチーム。
大それたことはできない。
屋敷に火をつけるのがせいぜいか? などとぼんやり考えてはいたが、シアノの作戦はまったく異なるものだった。
『ゲスツィアーノの側近、聖剣使いのギリダ。こいつは若干十七歳にして、世界最強と謳われる剣聖……一級の剣士だ。そいつに主人の蛮行を暴いて、離反させる』
『!』
『どうして一級剣士なんかが自分よりも格下の二級に仕えてるのか知らないけれど、私たち裏稼業の人間や王家の騎士団があんなゲスをしょっぴけないのは、それもこれも、奴を守るギリダが強すぎるせいなの』
……なるほど。
ビブリアーデに来てからというもの、聖剣使いギリダの名前を聞かない日はなかった。
彼はギルドに一級剣士と認められる剣の腕前を持ちながら、中級貴族の出身であるゲスツィアーノに仕える騎士で、その誠実さと義理堅さ、おまけに宝塚の男役顔負けな美貌の持ち主だった。
綺麗で、強くて、カッコいい。
金髪碧眼の騎士様。
ビブリアーデだけでなく、世界中の少年少年、淑女たちの憧れだ。
そんなギリダが巡回と称して街を闊歩するだけで、人々はその姿を一目見ようとこぞって集まってくる。そういう人物だった。
そのギリダを離反させる。
そうなれば、ゲスツィアーノを守る盾は名実ともになくなる。放っておいてもどこからか余罪を追及されて、いずれ身を滅ぼすだろう。
そういう算段だ。
「……で。肝心のギリダはどこにいるの?」
裏門の衛兵を、睡眠薬を塗布したダーツで急襲し眠らせた僕たちは、深夜の屋敷に侵入してギリダの姿を探していた。
ともすると、今日はこのままこの街を出て行くことになるかもしれない。不本意ではあるが、離れ離れになるよりはマシだ。愛璃もついてきている。
シアノの調べによると、ビブリアーデ郊外に佇むゲスツィアーノの屋敷からはときたま、深夜に少年少女の悲鳴が聞こえてくるらしい。
よくない研究をしているのは夜。
それは間違いないだろう。
地下に実験場か何かがあるのか知らないが、その現場へ、ギリダを連れて行く。
屋敷の自室で寝ているであろうギリダを探していると、突如としてコウモリが頭上を飛び回る。
「なっ……! ここ、室内だぞ!?」
屋敷内でコウモリを放し飼いにしている……
そういう話ならまだよかった。
だが、そのコウモリにシアノが「しまった……!」と声をあげた。
「索敵用の使い魔だ!」
声と同時にシアノが短剣を飛ばして仕留めるが、既に超音波で主人に侵入者の存在を伝えたあとだったようだ。
ツカツカと、廊下の奥から、執事服に銀の剣を携えた貴公子がやってきた。
(聖剣使い、俊閃のギリダ……!)
そうだよな、護衛なんだもんな。
侵入者を見つけたら真っ先に来るのは当たり前だよな。
でも、おかげで見つける必要がなくなった。
これで作戦がスムーズに……
とか、思っていた僕らが甘かった。
ギリダは、少し離れた廊下の奥から僕らを一瞥すると、「十四、五歳程度の少年少女が三名ですか。物取り? 孤児かな? 門番はいったい何をしているのです?」と呆れたようにつぶやく。
そうして……
「まぁいい。ユリウス様に、いいお土産ができました」
と。あろうことか、無辜の民へ向けるのと同じ、柔和な笑みを浮かべた。
(あ。ヤバい)
最低最悪の魔術師と、世界最強の剣聖は……
グルだったのだ。
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