第11話
「題材は恋愛というありふれたものだったけれど、アプローチの仕方はかなり斬新で面白かったわ」
「はい」
「だからこの話の続きを書いたり、新しく書き直したりするのであれば是非読ませて欲しいわ」
「はい」
やめてください……
「ただ一つ気になる所は、主人公が余りにも空気な所かしら。傍観者が一番近いのかしら。主人公を中心に回っている筈なのに、主人公がその場に居ない感じがするのよ。それはそれで良いのかもしれないのだけれど、私としてはもう少し主張が欲しかったわ」
「はい」
余りの恥ずかしさにはい以外の言葉が出てこない。早く終わってください……
「後は誤字脱字の類ね。これと————」
夏目先輩はノートパソコンを再び開き、ミスがあった部分を見せながら一つ一つ読み上げてきた。
俺は何度も気を失いそうになったが、必死に耐えた。凄く偉い。
「以上ね」
「ありがとうございました……」
「というわけで、次は今回と同じく一月後かしら」
「また書くんですか?」
今回の話を書くのも割としんどかったんですけど。しばらく休ませてくださいよ。あと1年くらい。
「当然じゃない。文芸部なのよ」
「そうですけども」
部員が居なくて存続が怪しかったからって理由で手頃な所にいた俺を強引に入部させたことをこの人は忘れていないだろうか。
「じゃあ書くのよ」
「分かりましたよ」
まあ従わざるを得ないんだけどね。そう決めちゃっているので。
「これで今日は解散よ。何か用事があるんでしょう?」
「何で分かるんですか?」
何も言っていなかった筈なのに。
「そう、用事あるのね」
「適当に言ったんですか」
「当然よ。あなたの今後の用事がどうとか知っているわけがないじゃない」
それはそうだけども。
「だからといって鎌をかける必要ありました?」
この後何かするとかないでしょ。全て終わったんだし。
「あるわけないでしょ」
「本当に何がしたいんですか」
「何もする気は無いわよ」
「……」
せめて意図のある行動をしてくれ。用事に行かせないように妨害するとか、用事が無いのなら家まで拉致する予定だったとか。
いや、そんなことされたら困るからやって欲しくは無いんですけど。
まあされたらされたで嬉しいんだけどね。
「戸締りは私がしておくから早く行きなさい」
「分かりました。ではまた」
「ええ。またよろしくね」
俺は夏目先輩に見送られ、部室を出た。
「ゆっくり行こうかな」
用事があるとは言っても、今の時間であれば急ぐ必要は無いのでゆっくり歩いて目的地へと向かった。
そして辿り着いたのはとあるアパート。
「ちょっと早いけどまあいいか」
いつもなら後10分程時間を潰してから行くのだけど、夏目先輩に戸締りをさせてしまったからには真っすぐ行かないと。
俺はそのアパートの最上階の角部屋にある、やたら主張の激しいインターホンを押した。
『はーい!』
すると元気の良い返事が聞こえ、ドタバタと音を立てながら扉の前へと近づいてきた。
「こんにちは~」
扉を開けて出てきた女性は、肌着にパンツという無防備の一歩先にある恰好をしていた。
ちなみにブラも着けていないらしく、ブランブランと胸にあるものが揺れている。
「あ……」
「どんな格好しているんですか!!!」
俺はその恰好を一瞬で堪能した後、慌てたような口調で文句を言って扉を閉じた。
それから5分後、
「本当にごめんなさい」
謝罪の言葉と共に現れたのは先程の女性だが、ちゃんと服を着ている。校章が胸辺りに付いているので多分高校のジャージだけど。
「次葉先生。居たのが知らない人だったら大変な事になっていたんですからね」
「いや、まさかこんな時間に渚ちゃんが来るとは思っていなかったから……」
「そういう問題じゃないです。あんな恰好をしているのならせめてドアスコープで外を確認してください」
「はい……」
しゅんとした表情をしている、30手前位の銀髪ミディアムの女性は次葉港先生。
先生と呼んでいるが、あんな非常識な恰好で玄関に出てくる女性が当然学校教師なわけもない。
この人は漫画家である。
次葉港はペンネームであり、本名は立川湊だ。本名は本名で良い名前なのだが、本人はあまり気に入っていないらしく、ペンネームで呼ぶことになっている。
でも湊って良くない?カッコいいクールなお姉さんって感じするし。
顔を知らない状態で、次に会う女性の名前は湊です!って言われたら絶対期待するよ。
あっ、ちなみに次葉港先生は俺の第五のお姉さんです。
「とりあえず中に入りましょう。その恰好で長い間扉を開くのもアレなんで」
いくら美人でも高校ジャージのアラサーを外に長時間出すのは不味いので、俺は次葉先生を部屋の中に押し入れた。
「で、今日の仕事は何ですか?」
そのままの流れで机に座らせた俺は、次葉先生に今日の仕事内容を尋ねた。
「今日はネームのペン入れだね。データはそこのパソコンに入れてあるからお願い」
「分かりました」
俺のここでの仕事はゆかりさんの時と同じようにご飯を作る事ではなく、漫画のアシスタントである。
この仕事は当然俺が下心を持ってネットを探して見つけたとかではなく、編集者として働いているかあさんに頼まれたものだ。
そもそも俺には漫画家としての経歴も、ネットにイラストを投稿した経験も無いから個人で申し込んだ所で採用されるわけが無いしね。
なのにどうして頼まれたのか。俺の画力の高さをかあさんが知ったからだ。
当時かあさんが担当作家のアシスタント不足で困っていた時、家族だし助けてあげたいと思った俺は父親にそれとなく画力の高さを見せつけた。
その後、父さんがかあさんに俺の画力を伝えて、アシスタントとして派遣されるに至った。
まさかその相手がお姉さんだとは思わなかったけれど。
大学進学後、漫画研究会とかにいるお姉さんのアシスタントになれるように鍛えていた能力だったから目標が先に叶っただけだけどね。
善行をすると良い事が起こるとはまさにこのこと。
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