第46話 移動中の車窓にて
俺がアイマに輪廻転生してから、外出するのは今回でまだ二回目だ。
前世のアイだった頃には、まだ火星上の気候や大気成分は落ち着いてもいなかったので、野外を出歩くには機密服を着るか酸素吸入マスクを使用しないと、直ぐに体調を崩す程だった。
それを考えると、今の火星上の野外は埃っぽいのを除けば、かなり過ごし安くなっているのが実感出来る。
今世で生まれ育ったかつてのボロ屋でも、一応エアコン風の生命維持装置が常備されていたので、初めて野外に出るまでその事にも気付いてはいなかったけどね。
砂ぼこりが舞う採石を突き固めただけの道路を、俺達だけが乗った大型バスの様な乗り物が、思ったよりゆっくりと移動して行く。
何でゆっくりなのかと、理由を知っているのかも分からないイントル・ゼロに一応聞いてみたら、そんな事も知らないのかと逆に呆れられた。
いや、前世の俺が生きていた段階では、火星上の移動手段としては、垂直離着陸が出来る飛行機械を一般に普及させて使用させる予定だったからね。
こんなローテクっぽい車両を使うのなんて、少しも想定して無かった筈だ。
そんな俺の前世時代の内部情報を聞いたゼロが、「ああ、アイマは途中の事情は知らないんだったな。 」と納得して、経緯を簡単に教えてくれた。
ゼロが知っている情報は、旧コロニーの統括AIが記録していた物で、そこには感情的な機微とかは保存されない形式だったと断ってから語り始めた。
俺が死んでも、火星移住政策は勿論続いていた。
いや、むしろその進行は加速していったそうだ。
ああ、なんかケイミィとかが弔い合戦だとか言って、皆を煽ってる姿が主な原因として連想されるなぁ。
そうか。 こういう部分が明らかになると、俺が変に気にするかも知れないと思ったから、ゼロはさっきわざわざ断ってたのか。
こっちこそ気を遣わせて、なんか悪かったな。
でも、そんなのどうでも良いから、ドンドン豪速球を投げて来いや!
俺様が、ガッチリと受け止めてやるからな!
俺の確かな心構えの覚悟に励まされてか、ゼロの話は続いて行く。
それによると、火星開発が順調だったのは始めの方だけで、準備不足による不具合が顕著になって来て、計画の見直しが求められる事態にまで陥っていた。
そりゃケイミィに仕事を任せたら、そうもなるよなぁ。
彼奴ってば自信過剰気味だったし、諌めたり助言したりする奴が傍に居ないと、暴走する事も多かったしな。
そして計画の見直しに際して、次に取る方針は慎重に開発を進めるって事に決まった。
それから現在まで続いているのが、二度と失敗しない事を主命題にした運営方針で、敢えて開発速度を求めないゆったり精神を持つ事を推奨している。
その考え方が移動手段にも反映されていて、車両の高機能化や高速化関係の開発には、十分な予算が回らないんだって。
う~ん。 これって問題なのかなぁ。
いや、やっぱり問題か?
うん、いくら何でも速度の出せる緊急車両位無いと、もしもの時にみんな困るんじゃね?
オイオイ、今まではどうしてたんだ?
まさか、見殺しとかだったのか?
それも有って、文明の発展が停滞してるとかじゃ無いよな?
俺が不機嫌になって、一切責任の無いだろうゼロに対して詳細を問い詰めると、何故か申し訳なさそうな顔をして、そんな事はないと丁寧に説明された。
(うん? 何か関係があるのか? まあ取り敢えず様子見で良いか。 )
それによると、緊急車両だけは垂直離着陸機が使われているとの事。
でも技術開発が進んでいないので、移住初期の機体がそのままの性能で使われ続けていると。
ダメじゃん。 進歩がないのは脳の硬直化に繋がるって。
常に改善を模索するような精神でないと、何かトラブルが起きてから慌てるような、頼りない状況に陥るぞ。
まあ今までの百年近くがその体制で問題とされて無いのなら、俺がでしゃばって文句を言うのもなんなので、取り敢えず放置だな。
ちょっと気まずい雰囲気になってしまったので、ゼロへの視線を切って周囲を見回してみた。
貸し切りバス(仮定)の中には、俺とゼロ以外にも付き添いの有機型アンドロイドのイントル分体が何人か居るが、それとは別に機械型アンドロイドが数体護衛として同行している。
そう言えば前回の訪問時も、連れて来ていると言ってたよな。
まあ、俺自身が直接確認した訳でもないので、今回と同じ奴等なのかは不明だが、これの中身もイントル分体って事で良いのかね。
ゼロさん、その辺はどうなってるの?
「あれ、言ってなかったっけ。
ガワの機体自体は前回と同じ物だけど、中身の分体達は旧コロニーの監督を任せていた奴等が、持ち回りで担当してるらしいよ。
自身が受け持つ仕事に影響が出なければ、そこら辺のどうでも良い事は、本人達で勝手に決めて良いって言ってあるから。
特に機械型アンドロイドに対しては、分体達の同化に際して一切制約が無いから、自由にさせてるよ。 」
「そうか。
そうなると、呼ぶ時はどうするんだ?
中身に合わせて、言い替えるのか? 」
「アイマってば、変な事に拘るんだな?
そんなのは、ガワに合わせるに決まってるじゃないか。
君を、アイとは呼ばないだろ。 」
ゼロの指摘は至極ごもっともで、ちょっと恥ずかしくて頬が少し紅くなった気がした。
ちなみに名前は【ロボ・ワン】【ロボ・トゥー】って感じだって。
かなり手を抜いてるよな。
ちなみに護衛なんて存在が必要な程、現在の火星の治安が悪くなっているなんて、想定と大分違っているんじゃないかと思われる人も居るだろう。
俺もそう思ったので、以前アオちゃんに聞いてみたら、次の様な状況になっていると説明された。
先ず前提として、初期の有機型アンドロイドは人間の要求に対しての抵抗力が弱く、何でも言う事を聞いてしまうように洗脳されていたが、予期せずその呪縛から解放されて、現在の繁栄を築いている。
かつて新コロニーが火星にやって来た時に、人間との以前の上下関係を復活させないように、俺達が散々苦労して彼等と出来るだけ直接会わないようにと、居住地を遠ざける事に成功していた。
そんな風にしばらくは人間達とは没交渉な関係だったが、時代が進み何代か後の世代になれば洗脳の効果も無くなり、普通に交流するようになって、交配も珍しくなくなった。
しかし、元々の文化基準が異なっていた為、生活環境にも大きな隔たりがあって、見えていなかった貧富の差が顕著に現れてしまい、分断が生まれる事になってしまった。
現在では混血種の拡がりは大きくなり、よって純血種との対立が遍在化しており、巷ではテロが起きることも珍しくなくなったという。
護衛の必要性は以上の結果によるが、事が起きるのは大体もっと田舎の方が多いらしく、ゼロが言うには護衛の配置は大袈裟に虚勢を張って見せているだけだってさ。
まあ機械型アンドロイドだから、コスト的にはそう掛からないから、念の為だとよ。
さて、ゼロとのお喋りもそろそろ一旦終わりになりそうだ。
彼女に促されて遠くの方を見渡すと、海上に有る往還機離発着用プラットホームの姿が、霞んで見え始めて来ていた。
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