第45話 二重螺旋の罠

 薄暗い司令室にある大きな机に設えられている座り心地の良さそうな椅子に、片膝を立てた足を抱くような体勢で座っている幼女が、膝に顎を乗せたままホログラムモニターをぼんやりと見詰めている。

 どれほどの時間その格好でいたのか分からないが、そのままいつまでもその体勢でいたとしても、特に問題は無さそうだ。


 そんな様子の司令室の扉を開けて、一人の人物が室内に入って来た。

 その人物が幼女の隣に歩き寄り、乾いた言葉を発する。


「またそんなモノを見ているのか?

 変わらないな。 」


 幼女は、チラリとそちらに視線をやった後で、不貞腐れた様に返事を返す。


「フン。 ゼロか。

 そっちこそ、計画の方はどうなってるんだ? 」


 そう問われたゼロは、器用にも片眉を上げて見せながら、幼女に説明を返す。


「昨日も言ったような気がするが、まあ良い。

 火星人補完計画の中核をなすスキル付与作戦はまだ準備段階だが、その進捗状況は五十パーセントを越えた辺りだ。

 時間は、まだまだ掛かりそうだな。 」


 それを聞いた幼女はジロリとゼロを睨むと、フンと鼻息を漏らした。


「そうだろうな。

 そんなに急には、物事は進まないモノだからな。

 ところで、ゼロよ。

 俺様はここで一体、何をしているのだ?

 分かりやすく教えてはくれないか? 」


 ゼロは幼女の要請に対し、至極当然の様にしれっと話す。


「ふん、そうだな。

 私が見た限りだと、定期的に地球圏から届くデータに含まれているアニメの番組を、検閲と称して公開放送前に視聴している、って所だろうか。

 いつも思うが、貴様は本当にアニメが好きだな。

 よく飽きないものだ。 」


 ゼロの的確な状況把握能力は更に進化を遂げているようだが、幼女の精神状態に付いては、敢えてその能力を発揮する気も起きないらしい。


「フン! 何を今更!

 他に俺がやれる事が無いのを分かっていて、よく言えるな!

 この、冷血人間が! って違う、冷血電子的生命体が! 」


 幼女の残念な感じの罵倒がゼロにぶつけられたが、余り気にしてもいない感じか。

 いや、何かしらの反論があるようで、ゼロはそのよく回る口を開いた。


「オイオイ。 間違っているぞ、アイマ。

 私は現在、肉体を得ているのだから、今や人間と同等の存在だ。

 従って、ここに基本的人権の尊重を要求する。 」


 ゼロの突然の権利主張に、更に怒りに油を注がれた感じのアイマは激昂した。


「アホか!

 魂が地球人じゃないゼロには、そんなモノは一切有りませーん!

 寝言は寝て言え! 」


 ゼロはアイマの物言いに肩をすぼめて、ヤレヤレといったポーズをして、取り敢えずは今の会話を打ち切った。




 今回の出だしからアイマがプリプリしているのには勿論、それなりな理由が存在する。


 事の起こりは、アイマが旧コロニーの視察を行うかどうかという所から始まった。

 まあ、前世からかなりの年月が経っているので、色々と変わっている筈だろうから、一度は確認して置いた方が良いとは思っていた様なので、後は時期をどうするかという問題だけだった。


 視察は身体が成長して、遂に事業を始めるという段になってからでも良さそうなものだが、それが早まっても特に支障は生じないと考えられていた。

 だが改めてよく考えてみると、幼児が親も連れずに星を離れるというのも、常識的には有り得ない事だ。


 え? 親も連れていけば良い?


 まあ、もし連れて行ったとしても特にやる事もないし、観光地とかでもないので、宿泊部屋から出る状況には成らないだろうから、本当に只の無益で不経済でしかない。

 両親の方も、他の子供達から長期間に渡って目を離すというのは、あまり歓迎しないだろうし。


 それらの問題を解決する方法としてと、将来的に生じるだろう危機回避の目的を兼ねてコピーロボット……では無く、コピーアンドロイドを使用しての影武者を用意する案が出された。


 勿論中身はイントル分体で賄うので、色々と起こりうるだろう問題は解決予定だ。

 多分上手く行くだろうと予想している。 行くよね?


 そうと決まれば善は急げとばかりに、アイマの遺伝子情報を確保して旧コロニーの施設の方へと送付した。

 後は時間が経てば諸々整うだろうから、それまで大人しく待っていれば良い。




 アイマがのんびりとした幼児ライフを過ごし、以前決めた事柄を忘れ始めた頃になってから、件のコピーアンドロイドが用意出来たとの連絡が届いた。


 ああ、そんな事も有ったな、という感じでその連絡を受けたアイマは、取り敢えず出来上がった影武者を検分してみるかというゼロ側の問い掛けに、良く考えもせずに了承してしまう。

 それが、今般の顛末を引き起こす悪手だと、全く気付きもせずに。


 時を置かずに、アオ=アイの屋敷にゼロが訪れた。


 今回は前回と違い、少数の配下だけを連れての訪問だったが、その中にまだ幼い子供が含まれていた事に注視する者は特にいなかった。

 その子供こそがアイマのコピーアンドロイドだったのだが、もし念の為と称して身体検査とかを厳しく行っていたら、一体どう誤魔化すつもりだったのか、詳しく聞いてみたいものだ。


 兎も角として、狭い談話室で到着を待っていたアオとアイマの前に、ゼロに抱えられた格好でその者は現れた。


「どうも。

 私はそちらのアイマちゃんの同位体として生を受けました。

 名は【アイマ・セカンド】とでも呼んで下さい。

 精神的には、イントル・ゼロとそう大差が無い存在と思って頂いて良いでしょう。 」


 姿はアイマそのままの幼児が、その容姿に似合わない流暢な喋り方で挨拶を行う。


「う~ん、喋り方以外では全く区別が付かないねぇ。

 こういう者の規制って、今まで特に考えてもいなかったけれど、今後は何かしらの対策をした方が良いのかねぇ。 」


 アオが、以降に起こり得る問題等に意識を飛ばしている間に、アイマは自身のコピーアンドロイドと鏡のパントマイムを演じて遊んでいた。

 この遊びの肝は、一重にアイマ・セカンドの対応力のお陰なのだが、そこにまで考えの及ばないアイマは、ただ喜んでいただけだった。


 アイマの入れ替わりに関しては、特に問題となるような点が見付からない事から、この際一度試してみたらどうかという意見が出て来るのも、ある意味において既定路線だったのかも知れない。




 数日して、今回の訪問を終えたイントル達が、拠点である旧コロニーへと戻る期日になった。


 屋敷の玄関前では、別れの挨拶を交わす者達を見送るアオと、その手に掴まるアイマの姿が有った。

 見送られる側には、フードで顔を隠す様にしている幼児の姿も見られた。


 その様子は、短い間の滞在中に結んだ子供同士の絆が、別れに際して寂しがっているのだと、その場に居る者には暖かい感情でもって受け止められていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る