第36話 未知の生命体の実像
条件を考える前には、相手の事を良く知っておかないと話にならないと、お互いに自己紹介をする事になった。
その前に、先ずは名前を聞いておこうと思ったんだけど、コイツらには名前が無いらしい。
電子的生命体同士で個人を認識するには、その都度相手の全てを観測して自分との差異を比べる事で特定の存在だと確認していて、名前という概念はないという。
それで話し合いと言うか意識交流をするという行為はその差異の比較に含まれていて、相手と接触すると勝手に始まって知らずに終わっているんだと。
何だか、統括AIの共通化作業みたいだよな。
まあそんな感じで、名前と呼べる物が無かったので、今回ついでに命名する事にした。
特に良い名前を思い付かなかったので、地球の雷の神のインドラとトールから取って取り敢えず【イントル】としておいた。安易だねぇ。
でも今後、分体がドンドンと増えて行ったらどうしようかね。
まあ、ケツに数字でも付けておけば良いか。
名前の件が済んだので自己紹介の話に戻すと、向こうは俺の事は全て分かっているから要らないってよ。
理由は既に何度か、俺に憑依というか同化していた時に過去の記憶を全て見ていたからだってさ。
「オイッ! それはどういう事だ?!
いつ俺に同化していたんだ?!
それに俺に断りもなく記憶を覗くとは、一体どういう了見だ?! 」
俺が怒髪天を衝く勢いで文句を言うと、
「ああ、それは仕様だからどうしようもないわ。 」
と、しれっと答えてきた。
「なんだよ、仕様って? 」
と怒りを納めて取り敢えず話を聞くと、コイツら電子的生命体が物体に乗り移る事によって空間を移動をしている事の副作用みたいな物だと言う。
詳しく説明するとこうだ。
原子には電子が内在し、その数は常に増減している状態だ。
電子的生命体は、電子が何らかの力によって集合し関係付けられて意識という物を得た存在である。
ここで何らかの力ってなんだと言われれば、我々にはまだ分かっていない力だとしか言えない。
人間の身体だって、構成している原子や分子がバラバラに分離しないで、この姿を保っていられている理由が、未だに全く分かってないんだからな。
話を戻すと、電子的生命体の移動とは、簡単に言うとある原子から隣の原子に電子が一個移動するという、まあ現実に常に起こっている普遍的な科学的事象が、意識的な目的を持って群体で行われた結果だという。
つまり、移動するにはそこに物体がなければならない。
移動先が生きていようと、無機物であろうと関係は無くて物体であれば良い。
だがここで不可思議な事だが、人間を通り抜ける時だけ、電子的生命体である自己がピッタリと填まり込む様に馴染むんだとか。
その状態を憑依とか同化と呼んでいるんだってよ。
因みに意識的行動の結果だから憑依と表しているが、そうでなければ伝搬や拡散と言っても良い程度の事だ。
それで憑依している時には、人間の細胞を作っている原子一つずつに電子的生命体を構成している電子を一個ずつ分配していて、結果として人間の存在力を補強する効果をも出している。
有り体に言えば、普通よりも強靭な肉体に気付かずに強化されている状態だ。
因みに、電子的生命体は人間に纏わり付いている埃と変わらない存在なので、宿主の意識を乗っとるとかが出来る訳ではない。
しかし同化をしている影響で、人間の持っていた記憶の全てを自身に転写されてしまい、それによって別に知りたくも無い事までも知ってしまうようだ。
人間の記憶の全てだなんて膨大なデータ量になる筈なのに、それが大した事でもなさそうなのは、電子的生命体の本質である電子が、火星上にある物質から際限なく幾らでも搾取でき、それを元に記憶領域の拡大が出来るからだろう。
ここでちょっと引っ掛かったんだけど、電子的生命体が人間にピッタリと填まり込むのって、何だか神の作為を感じるよな。
と言うか、電子的生命体自体が人間の魂を元にして作られた存在であって、それが上手く火星で定着させられなかったから、地球人を移住させたとかが神側の裏事情なんじゃないか?
俺の記憶を得ているイントルも同意見なようだ。
まあそういった事もあって、記憶を見られた件は俺の事情を説明する手間が省けたと思う事にして不問に付した。
次はと言えば、ようやくイントルの身の上話を聞く事になったな。
始まりは良く分からないそうだ。
イントル自身も、結構な昔から存在しているとは自覚していても、時間の感覚というものが存在していなかったらしく、人間と同化してからやっと時間という概念があると知ったようだ。
それにイントル達にとっての知覚というものは同化以外には無いので、周囲の環境も同化が出来るかどうか位しか分からないという。
それで何故人間に興味を持ったのかと言うと、火星上に持ち込まれた統括AIと偶然同化したからだった。
その後はそこに有った電子的データに触れて人間を知り、人間、機械式アンドロイド、往還機搭載のAI、旧コロニーのAI、そして前世の俺アイという順番で同化、憑依して来たのだと、その辿った道程を語った。
「何故前世の俺に憑依していた時点で、今回のように接触して来なかったんだ? 」
「ああ、もっとゆっくりあなたを観察してから行おうと思っていたのよ。
だから、よもやあの時点であなたが死んでしまうとは、微塵も思っても見なかったわ。
と言うか、憑依対象の人間の死に巻き込まれるという経験も、あの時が初めてだったのよ。
身体が燃え尽きていくというのは、とても貴重な体験だったわ。 」
「そりゃ、良かったな。
そっちの方は、電子生命的に障害はなかったみたいで何よりだ。
で、
「ええ。 その通りよ。
あなたが転生して来る事は、一度記憶を見ていたので分かっていたから、後は何時になるのかとずっと待っていたのよ。」
「なんで俺の転生を待っていたんだ?
俺なんかなんの能力も持っていない、ただのエルフ耳少女だぞ? 」
「何言ってんのよ。
神に促されて輪廻転生してる奴が、ただの存在である訳が無いじゃない。
きっと、また何か貴重で面白い体験が待っているに違いないわ。 」
「そうかい。
まあ、ご期待に添えるように、鋭意努力致しますよ。
ところで、俺が転生したのをいつから知ってたんだ? 」
「うん? 今さっきよ。
あなたが前世の個人認証コードをこの装置に入力して、その報告を受けた私がここに来て、あなたと同化して確認した時ね。
因みに私は無数にいる分体の一人だったけど、今からは
「じゃあ、偶然コードを入力しなかったら分からなかったのか。
もし、俺が何時までも入力しなかった場合は、どうしていたんだ?
時間に拘らずに、ただ待ってるだけか? 」
「それでも良いけど、ちゃんと対策は行っていたわ。
転生したあなたが、AIに連絡を取りたくなるように仕向けておけば良いのよ。 」
おいおい、今までは流されるままの様な生き方をして来ていたイントルが、急に頭良さげな事を言ってドヤ顔をしてきたぞ。
AIのアバターの秘書娘ちゃんでもそんな顔出来たんだなぁ、と変な所で感心してしまった。
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