第二章 産めよ、増えよ、地に満ちよ

第32話 過去と現在との会合

 夜遅くなってから、大婆様の寝室を訪れる者がいた。

 まあまだ者と言う程の年齢を重ねてもいないので、小動物と言い換えても良いかもしれないが。


 そしてそれは人の気配を避けるように慎重に移動し、少しだけ開けた戸の隙間からその部屋に素早く入り込むと、そっと戸を閉じた。

 戸を開けた時に部屋に差し込んだ明かりのせいで、中に居た人物にはその侵入者の存在は丸分かりだった様で、直ぐに誰何すいかの言葉が掛けられた。


「おや、こんな真夜中に起きてるなんて、そんな悪い子はどこの誰かねぇ。それで一体、こんな婆さんに何の用だい? それとも、眠れなくてまだ遊びたいだけかい? 」


 老婆の方から声が掛けられるとは少しも思っていなかったのか、侵入者からは一瞬強ばった雰囲気が溢れたが、直ぐにそれは消え去り、代わりに幼い声が帰ってきた。


「ゴメンね。

 驚かそうという気は、まあちょっとは有ったけど、こんな時間まで起きてるとは思わなかったからね。

 あれかな。歳を取ると夜に寝られなくなっちゃうとかいう奴かな。 」


 老婆が思っていたよりも、しっかりとした言葉遣いの返事が返ってきて、彼女は少し対応方針を考え直す。

 ここからは、ただの幼子の悪戯に対するような訳には行かないだろうと、彼女のつちかった長年の経験がそう助言してくるからだ。


「まあそうだねぇ。 身体が動かせなくなってから昼間もベッドに居ることが増えて、ちょくちょく昼寝をするようになったからかもしれないねぇ。 それはそうと、もう少し近付いてくれないかい? 大きな声で喋るのは疲れるからねぇ。 」


「ああ、そうなんだ。 気が利かなくて悪かったね。

 こっちも、他の人に気付かれるのは避けたかったし問題ないよ。

 じゃあ、今からそっちへ近寄るからね。 」


 そう言ってから、小柄な人影がちょこちょことベッドに近付いて行き、近くに置いてあった椅子を押してベッド横に辿り着いた。

 そして低めの高さの椅子になんとかよじ登り、その姿を老婆の眼前にさらけ出した。


 老婆はその姿を確認した途端、皺だらけの顔に驚きをあらわにしたが、一度目を瞑り再び開けた時には既に落ち着きを取り戻していた。


「声を聞いてそうじゃないかとは思っていたけど、昼間とは随分雰囲気が違うんだね、アイマ。 」


「フフフ。なんか変な感じだよね。

 でも本性はこっちなんで、ちょっと我慢してね。

 さてと、じゃあ本題に入りましょうか、アオちゃん。 」


 急に名前を、それも相手は赤ちゃんと言っても可笑しくない年齢の者に【ちゃん】付けで呼ばれる。

 そしてそれが自分の方が格下として見られていると認識させられて、瞬時に怒りが爆発しそうになるが、頭のどこかで違和感を感じてそれを押し止める。

 代わりに嫌みの一つでもと言葉を繰り出した。


「年寄りをちゃん付けで呼ぶなんて、親のしつけがなってない証拠だねぇ。

 こりゃ後で、しっかりとお灸を据えて置かないといけないねぇ。 」


「いやいや、赤ちゃんにそんな躾をする親はいないからね。

 可哀想だから、アーリィママをイジメないであげて。 」


 老婆のからかい混じりの言葉を真に受けて、顔をしかめて反論する赤ちゃんという状況は滑稽に過ぎる。

 お互いにその事に気が付き失笑して、これまでの態度を改めて話し始めた。


「それじゃあ、今度こそちゃんと本題に入りましょうか。

 …………、

 私がお前の母だ! 」


 いきなり黒装束の暗黒卿の様な事を言い出す幼女。


「…………はあ? 」


 老婆には訳が分からない。


 それに対して、言い切った感丸出しで胸を張る幼女はドヤ顔まで披露していた。


――――――――――


「……って言うわけなのよ~。 」


「……はぁ。 」


 あれから小一時間、幼女から色々と説明されて心身ともに疲れを感じている老婆。

 それも仕方ないだろう。


 自分の母親アイの生まれ変わりを自称する幼女が、その証拠だとアイの生まれてからその消滅までを事細かく解説しだして、その語った中には自分の親同士の馴れ初めや初めての夜の事などが隠すこと無く含まれていて、別に知りたくもなかったような事が多数有ったからだ。

 そんな感じの幼女アイマによる転生した事の証明話は、ようやくの終了を迎えたようで纏めに入っていた。


「で、気が付いたらこのアイマに生まれ変わっていたって訳よ。 」


 大体全ての事を隠さずに話した幼女だが、輪廻転生する事になった大元の原因の神の存在とかは黙っているようだ。


 そこを知ってもどうにも対処出来ない事でもあるし、幼女母の行く末の心配なんていう余計なものまで、老い先短い愛娘に背負わせたくはなかったからだ。


「そうですか。

 これまでの説明を受けて、ママがアイマに転生した事は大体納得出来ましたけれど、良く分からないのは今回どうして私の所に隠れて会いに来たのかという所です。

 別に転生の事を隠して、アイマとして生活していけば面倒がなかったんじゃ? 」


「そこなのよ! 最初は私も前世で光に包まれた後に気が付いたら赤ちゃんになっていた事で、どうにか輪廻転生したんだと理解はしたんだけど、生まれ変わった先の生活がまるで原始人みたいに文明が衰退しているのは到底我慢出来なかったのよ!

 火星上に住んでいるからかもしれないけど、家の床は地面むき出しで埃っぽいし、家具もほとんど無いし、服は着た切り雀だし、食事も良く分からない草を毎日だし。

 アオちゃん! 一体これはどういう事なの?! 」


 老婆アオはコロニーで生活していた若い頃の事を思い出して、現在の火星上でのそれとは比べ物にもならない差がある事を痛感し、自身の至らなさに歯噛みする思いだった。


 今、目の前にいる母だという幼女の前世時代では、彼女達初期世代人の活躍により火星移住計画は滞りなく進み、二期世代人以降はその恩恵を享受するのみだったからだ。


 だが、それにも理由がある。アイにも大きく関わる理由が。

 暫く沈黙して熟考していたアオが重い口を開いた。


「ママ、現在こうなっている理由は分かっています。

 言い難いのですが、原因はママにも多分に有ります。 」


「えっ? 私に? 」


「はい。 当時私達の住んでいた旧コロニーの統括責任者のママが急死したからです。 」


「えっ、そうなの? 

 まあ責任者が急にいなくなれば混乱もするか。 」


「いえ、当時の混乱はケイミィさん達のお陰で小規模なもので済んだと記録には残っています。

 本当の問題は、大分後になってから分かってきたんです。 」


 老婆アオの語る理由に、幼女アイマは見当も付かないという感じで聞き耳をそば立たせていた。

 まだ夜は、当分明けない感じだ。






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