第31話 生々流転の如し

 一体どんな風に奴等を固定するか考えてみた。

 まず強力ガムテープを端にいる奴を起点にしてくっ付けて行き、全員がどこかでガムテープに絡んでいるようにして、それから座席にくくり付ければ良いんじゃないだろうか。


 俺はガムテープをビーっと延ばして、手当たり次第にくっ付けていき、大した手間や力も必要なくすんなりと作業を終了させた。

 リカルドの奴からは拳銃を回収し、身体を拘束する感じでガムテで簀巻き状態にしておいた。

 事が済んで解放される時には、さぞかし難儀するんだろうな。

 まあ自業自得だと思って諦めてくれ。


 作業が済んでコックピットに帰った俺は、もう奴等の脅威度は極限まで低下して消滅したのと同じなので、客室の生命維持環境を元に戻しておいた。

 あのままの状態で放っておいたら、体調の良くない者は死んでしまうかも知れなかったからな。


 取り敢えず俺が今、行って置くべき作業は無くなった筈だ。

 後は往還機搭載AIが自動で制御して、火星への降下作業は全てやってくれるだろう。


 俺は正操縦席に深く腰掛けて、身体をしっかりとシートに固定すると、張り詰めていた気持ちを緩めて身体の力を完全に抜いた状態に移行した。


 非常に疲れた。それが今の気持ちを完璧に表す言葉だろう。

 脇腹の怪我の事もあり、身体に変に力が入っていたのか、ちょっと身体のあちこちで筋肉痛を感じる。

 更に少し頭痛がするような気もする。


 これはヤバイな。安心しすぎて気を抜きすぎたかもしれない。

 ここからまた気持ちを入れ替えていくのは、かなり厳しいぞ。


 などと頭だけ働かせて、ウンウンと唸っている内に意識が薄れていっていたようで、コックピット内にけたたましく鳴り響く警告音に意識を戻されるまでの記憶が、欠片も無いことに少し戸惑ってしまった。


 ともあれ点滅しているアラートの表示から、何事かの危険な状態に有る事は明らかなので、搭載AIに現状を聞いてみるとコックピット内の気温が急上昇していると報告された。


 ええと、こういう場合はどうすれば良いんだったか。

 起き抜けで霞んだ頭で最善策を検討する俺だが、どうも要領を得ない感じだ。

 確かこのままだと、俺は蒸し焼きに成るんだったよな。

 うん、だから取り敢えずコックピット内の空気を抜いておけば、火災とかは起きないって事だった筈だ。


 俺は早速そうAIに指示を出しておく。

 だけどこれって、どこかの部分が熱を持っているのは依然変わっていないから、その原因を特定して排除出来ないと、結局ここの装置が丸事駄目になるだけだ。

 つまり墜落確実となってしまうが、その時には俺はもう輻射熱で炭化してるんじゃないかな。

 最悪な結末を想像してしまい気分は落ち込んでいるが、そうも言ってられないので故障箇所を調査すると、更に良くない結果がもたらされた。


 さっきコックピット内の気温が上昇しているのに対して空気を抜くという対応したが、元々は装置が加熱した場合には機構の簡素化の為に空気を媒体とした循環気系で冷却していたようだ。

 今はその冷却設備が故障中な訳で、空気が循環していなかったから気温が上がってたんだろう。

 その状態で更に空気を抜いてしまったら、もっと冷却出来てないよな。

 と言って今更空気を戻しても結果は蒸し焼きだ。

 そもそもの冷却装置は輻射熱が強くて近付けなくなっている。

 そして今まで特に言及していなかったが、現在は火星の大気中を降下している真っ最中だったりする。

 これじゃあ一時的に機外に避難するという事も出来ない。


 つまり詰んでいる状態である。

 最早、降下速度をギリギリまで上げて最短時間で火星上に降りるくらいしか回避方法が見つからないが、その方法はギリギリを攻めるだけあってリスクは半端なく高い。

 時間的な試算からみても、被害状況は重度の火傷を負うのは確実視されている。


 まあ、うだうだ言ってもそうするしか手段はないんだけどな。

 後は運を天に任せるしかないんだけど、考えてみるとちょっと前までは結構順調に状況は推移していたと思うんだけど、一瞬寝て起きたら事態は一変しているとか、これって俺が悪夢を見ているだけなんじゃないかと疑っても不思議じゃない展開だよな。

 ああ、こういう時には頬をつねって確かめるってのが定番なのに、ヘルメットを外せないのでそれも出来ないか。


 宇宙ってのはホントに理不尽で、フラグクラッシャーな存在だよなぁと感慨に耽っていると、コントロールパネルの一角から一瞬にして眩い光が溢れた気がした。




「アオちゃん、まだ起きてるの? 」


「うん、パパ。 なんだか眠れないの。 」


「そうなの。 じゃあ、ちょっとお話でもしようか? 」


「うん。 お話しして。 」


「じゃあ、なんのお話しにする? 」


「うんとね~。 やっぱり、ママのお話しが良い。 」


「アオちゃんは、ずぅっとママが大好きだね~。 」


「うん、大好き。 ママ、はやくお仕事終わって、帰ってこないかな~。 」


「そうだね~。 じゃあ、今日はママのお仕事について、ちょっとだけお話ししようね。 」


「うん、楽しみ~。 」


「ママのお仕事は~、………… 」




 火星統一歴、十二年六月某日。

 その日、火星の大気圏に降下中の往還機が一機、突入中の事故で爆散しその破片は無数の流れ星となって、火星上に降り注いだ。

 往還機には、乗員乗客合わせて五十二名が搭乗していたが、いずれも帰らぬ人となった。

 乗客の大半が火星移住コロニーの首脳部職員だったことから一時期暗殺も疑われたが、当時はコロニー事故の最中でもあったので、事故に関連して機体に何等かの不具合が発生した結果と判断された。

 機体の破片や搭乗者の遺体等は全て燃えて尽きてしまって、ほんの僅かばかりが回収されただけであった。




 ――――――――――




 暗く静かな寝室に、まだ小さな女の子を抱いた女性がしずしずと入ってきて、ベッドに横たわる人物に声を掛けた。


「大婆様、ご無沙汰しています。 孫のアーリィです。

 この子は昨年生まれたばかりの私の二人目の娘で、名前はご先祖様から頂いてアイマと名付けました。

 ほらアイマ、大婆様にご挨拶しなさい。 」


「こんにちは、おおばばさま。 わたしはです。

 いっさいです。 」


「アラマア、可愛らしい娘ねえ。

 もっとこっちに来て、撫でさせておくれ。 」


 小さな女の子はベッドに近付き、そこに寝る大婆様と呼ばれている老婆に頭を撫でられた。


「お~、良い子良い子。 元気に育つんだよ。 」


「大婆様、有り難う御座います。 ほら、アイマもお礼を言いなさい。 」


「ありがとー、ござます。 」


幼女はあざとく、ニッコリと微笑んだ。




第一章 幼年期の終りに 完



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