第30話 楽園の夢と現実

 出掛けようと準備してから、皆で家の外に出ると今日の天気は快晴で、爽やかな澄んだ空気が頬を撫でていった。


 今日の予定は、前からアオちゃんが行きたがっていた花畑がある公園へのハイキングだ。


 シロちゃんパパが作ったお弁当を持っていって、三人でお昼ご飯を食べてから、ゆっくりとのどかな休日を満喫するんだ。


 三人で仲良く手を繋いで、のんびりと公園へと歩いて向かう。


 アオちゃんは真ん中に挟まれて、嬉しそうにはしゃいでいる。


 いっつもアオちゃんは可愛いね~。


 ああ~、俺ってば今、すっごく幸せだな~。


 花畑の真ん中にある芝生の上にシートを引いて、そこで三人で輪になってお弁当を食べる。


 アオちゃんは、大好きな玉子焼きに大喜びだ。


 その様子を見ていると、不意に涙が溢れてきてこぼれ出そうになった。


 こんなに幸せなのに、不思議だな~と思っていたら……




 ハッと気が付くと、ケイミィが俺を呼び出す声が聞こえてきていた。

 と同時に顔面に違和感を感じて慌ててヘルメットを脱いで確かめてみると、ベッタリとなにかで濡れていた。

 止血が上手くいかなくて再出血したのかとか、怪我の影響で汗を大量にかいたのかとも思ったがなんの事はない、俺の涙だったようだ。

 良く思い出せないが俺は夢を見ていたようで、その影響で泣いていたんだろうと判断した。


 元々俺は、あまり夢というものを見ない体質だったから理解が及ばないが、多分怪我をした事と何種類かの薬剤を体内に摂取した事の影響が出たとかなんじゃないだろうか。

 まあ、夢の内容とかはさっぱり覚えていないみたいだし、気にする様なことでもないか。


 それよりも、さっきから聞こえてきている、ケイミィのやかましい声に答える事の方が重要な案件だな。


 ヘルメットを外していたので、内蔵のスピーカーから直接耳には届いていないが、それでも分かるくらいの声量だ。

 もしヘルメットをしたままだったら、普通に耳を悪くしていてもおかしくはなかったぞ。


 俺の事を心配してくれているのはとても嬉しいが、もう少し加減を考えてくれても良いんじゃないか?

 まあ、そんな事を直接言っても、知らない振りをされるだけだから言わないけどね。

 とにかく、ケイミィの呼び掛けに直ぐに答えないとな。


 ヘルメットを被らずに、マイク部分を口に近付けて返事を返す。


「オーイ、聞こえてるから少し声の大きさを落としてくれ! ちょっとヘルメットをはずしていたから、通信に気付かなかっただけだから! 問題は起こってないから! 」


 俺が事情を説明すると、ヘルメットの外にまで響いていた声が聞こえなくなった。

 今の内にとヘルメットを被り直して、落ち着いたケイミィから決定した今後の方針内容を確認する。


 現在俺が乗っている往還機だが、奴等と色々やりあったり怪我の治療なんかをしている間に、発着場からは既に自動で発進していて、機体はコロニー外に出てしまっている。

 これは、俺がコックピットに逃げ出すことが、問題なく遂行出来るものと安易に考えていたから、作業時間の短縮を狙って火星への降下を自動で進めていた事の結果だ。


 まあ、通告せずに急に無重力状態になるという力業を使うくらいしか、奴等全員の虚を付く方法が思い浮かばなかったから実行したことで、発進作業の方はついでに出来るからとやったまでだったりする。

 特に深く考えて決めた事ではない。


 それを踏まえて、ケイミィから伝えられた方針は三種類だったが、どれも一長一短だった。


 先ず一案目。

 せっかく発進した往還機だが、再びコロニーに戻りそこで俺の治療を行おうというものだった。

 ただし、奴等がコロニーの施設にロックを掛けていってくれたお陰で、直ぐには治療に移れない。

 ロックを解除するのはのんびりやろうと思っていたので、その用意も出来ていない。

 奴等に自分達の手で解除させようにも、素直に協力してくれるとも限らないし、下手に意識を目覚めさせるといたずらに反抗心を発揮されて、更なる問題が起きるかもしれない。

 だからこの案は却下だ。


 次いで二案目。

 このまま往還機で俺たちのコロニーに向かって移動して、そっちでもって治療するという方法。

 普通に考えたら一番まともな方法で一考の余地もないだろうが、今回はそれには当てはまらなかったようだ。

 その理由は、それぞれの位置関係にある。

 つまり現在、ここと俺達のコロニーとは火星を挟んで反対側に存在していて、一番遠い距離にあるという状況だ。

 これは奴等も要請してきた、俺達のコロニーに居座ろうという魂胆を阻止する為に、あらかじめ想定して取った方策だった。

 結果として、往還機に搭載されているエンジンでは推力が弱く、コロニー間の移動には思ったよりも時間が掛かるので、俺の体調を考えると危険であると判断されて、これも却下だった。


 最後の三案目。

 予定通り火星に降下して、火星にある往還機離発着場にも設置されている治療機を使うという方法だ。

 ただこの方法だと、一緒に降下する奴等を迎えに着た先行降下組の人間共に、異常事態が発生したという事を知られる可能性が有って、今後の関係の推移にも影響が出るかもしれない事を考慮する必要がある。

 しかしこの際はもう、細かい事には目をつぶるしかないのかもしれない。

 事が俺の命に直接関わってくる案件でもあるしな。


 そういう訳で、怪我をしていなかったら順当とも言える火星への降下に方針が決まったところで、問題がひとつ残っている事に気付いた。

 ハッチの向こうで絶賛浮遊中の奴等の処遇だ。


 まあこのまま放置して置いても、降下を開始すれば床に静かに着地して特に怪我とかはしないとは思うんだけど、座席に座ってベルトとかでしっかり固定していないと、万が一乱気流やなんかの影響で機体が揺れでもしたら、到底安全とも言い切れないしなぁ。

 一体どうするべきかねぇ。


 座席に固定するとしても、やるのは怪我人の俺だぞ。

 変に身体に力を入れたりしたら、体内での出血が酷くなったりするかもしれないしなぁ。


 なにか良い方法が思い浮かばないかとぼうっと周囲を見回していたら、簡易補修キットの中にある強力ガムテープが目に入った。

 これは気密服の修理用のシールとは別物で、空気を遮る機能よりも吸着力を主眼に置いた製品で、とにかく壊れた箇所を引っ付けて置く事だけが出来るものだ。

 そういった使用目的なので、補修キットの中に数量も多めに準備されていた。


 俺の貧血気味の脳細胞が、これで奴等を纏めて座席か床にくっ付けておけば良いんじゃね?

 と言ってきたので、俺もそうだそうだと言いました。


 なんか自分の意識が変になってきてるような気がするが、取り敢えずガムテープを持って、慎重に様子を確認しながらハッチを開いて、俺は厄介な奴等の後始末をしに出て行った。






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