第29話 無免許医の施術
思ったよりも気密服の中は血塗れだった。
俺は座席下の収納庫から、応急救急セットと簡易補修キットを取り出して中身を確認する。
うん、欠品は無いようだ。
これならなんとか対応できるだろう。
俺は早速、救急セットの中から水分吸収パッドを取り出して、傷口辺りの血を拭き取った。
ここで出てきた水分吸収パッドというのは、無重力空間では必需品だ。
水分という物は、一度無重力空間に流出したら地上のようにどこかに落ちるという事が無くいつまでも漂い、最終的にあらゆる方向に無制限に移動して付着することで、思わぬ所を錆びさせて故障の原因にもなる。
それを防ぐために、空気中の湿度を下げたり要らない水分を吸収させ排除するのにとても有効なんだ。
まあ、豆知識はここまでにして治療の続きに戻ろう。
弾丸による射入孔は見た感じ小さい物だが、今も血液が心拍の度に出続けている。
このまま出血が続くのは不味いので、とにかく早急に止血しないといけない。
俺は補修キットの中から、急速固形化リペア材のチューブを取り出して、蓋を外さずにチューブ部分を揉み始めた。
こうする事でチューブ内の補修材の成分が混ざり、化学反応によって急速に固まる事で、これを使って些細な気密漏れの箇所を塞ぐ事ができる。
まあ、大きな破損箇所には使えないから、気休めに用意されていた物だが、樹脂製で水溶性の成分ではないから、体内に入れても即座に生体への害にはならないだろうと判断したのでこれを流用する。
チューブの蓋を開け、その口を弾痕に突っ込んでチューブの部分を思いっきり握りこんで、補修材を体内に送り込んだ。
傷口周りの血液を拭き取り、更なる出血が無いことを確認してから、気密服の簡易補修用のシールを包帯代わりに傷口に貼って置く。
後は、傷口付近に止血用のマイクロマシンを皮下注射して、取り敢えずの治療は終了だ。
これで太い動脈の出血以外は対処できただろうから、今すぐ意識不明とかにはならないとは思う。
さて、身体の治療もすんだ事だし、気密服の応急修理もついでにすませて置こう。
気密服は脱いだ時に血塗れ状態で、そのまま放置していたから付着していた血液も乾き始めていて少し清掃が面倒だったが、ここでも水分吸収パッドが大活躍していた。
後は気密服に空いた穴を、内外から補修用のシールを貼って取り敢えずの修理は完了だ。
出血が原因の貧血による影響か、ちょっと寒く感じ始めたので早速気密服を着る事にした。
ところでこの気密服なんだけど、コロニー外作業用の外骨格機甲服の制御管制機構をも兼ね備えている高機能品で、そんなにポイポイと廃棄できる程安価でもないから、保守管理にも特に気を遣うんだよな。
まあ、後でちゃんと修理してもらえば良いだろう。
さて、気密服を着直しヘルメットも装着したので、落ち着いた気持ちでもって今後の対応を考えられるな。
改めて俯瞰して見て今の俺の状況を説明すると、治療の途中から聞こえるドンドンとハッチを殴る音と、何事かを喚く男達の声が聞こえてきていて、機内連絡用の通話装置のモニターには醜く歪んだ顔が映されてもいる。
まあこの状況になれば、向こうからこちらには何も出来ることは無いし、放って置いても別に良いんだけど、とち狂って拳銃で窓を壊されて自滅されても後味が悪いからなぁ。
え? 拳銃で撃たれているのに、奴等に対しての怒りとか恨みとかが湧かないのかって?
う~ん、どうだろうなぁ?
これもデザインされた恩恵、いや弊害と言えるのかどうか分からないが、怒り等に対する感情の閾値というものが高く設定されているみたいなんだよな。
まあ、いちいち感情を揺さぶられていたら仕事も進まないし、宇宙ではもっと心を穏やかにしていなければ、協調して生きていけないんじゃない?
でもたまにケイミィが俺を怒っているのを見ると、言ってることが矛盾してるんじゃないかと思うのかもしれないが、あれは大体がポーズだよ。
俺と反対の立場を取ることによって、意見が違う者達の受け皿になってるんだ。
だから、俺の事が嫌いだと言うわけではないと思うよ。ないよね?
まあどちらでも良いって言えば良い訳なんだけど、一応奴等に対しても対処しておくか。
搭載AIに客室内の酸素濃度と気温を段々と下げさせて、身体機能が麻痺する限界ギリギリの状態まで攻めてみた。
こうすれば頭に登った血も冷めるかと少しは期待したんだけど、どうやらそんな奴は一人も居なかったみたいで、結果は全員がハッチ付近で力なく漂っている状況だ。
おいおい、酸素が薄くなってるのに気が付いて、座席に備え付けの緊急用の酸素マスクを使えば良いということに考えが及ぶような奴さえいないのか?
こりゃ今後の組織運営も上手くいくか分からんぞ?
ともかく周りも静かになった事だし、ケイミィと今後の事に関して話し合っておこう。
俺の怪我の治療に関する事もあるしな。
「もーしもーし、ケイミィ居るか~? 」
俺が通信機の機能を作動させて、気の抜けた声を掛けるとケイミィから直ぐ様返事が返ってきた。
「ちょっと! あなた大丈夫なの?! 人質になったんでしょ?! 」
「お~う、銃で撃たれはしたけど、取り敢えず生きてはいるな~。 」
「ハア? 撃たれたって、怪我をしたの? なんかそんな感じでもなさそうだけど? 」
「いや、怪我はちゃんとしたぞ。 応急処置はしたけどな。 」
こんな感じで話してると、いつまで経っても話し合いも進まないので、要点を纏めながらケイミィに説明した。
「そう、取り敢えず怪我の影響は少ないのね。
それで、お客さん達も大人しくさせる事は出来ていると。
じゃあ、この後どうすれば良いか早急に決定しましょう。
あなたが死ぬ前にね。」
「おう、頼むわ。 なんだか急に眠たくなって来たから、貧血の影響かもしれない。 増血剤を打ってしばらく静かにしてるから、方針が決まったら声を掛けてくれ。 」
俺はそう言って、救急セットに入っていた増血剤を注射してから、目を閉じて大人しくしていた。
しまったな。増血剤があることを失念していた。
もっと早く打っていたら良かったのに、応急処置が上手くいって気が抜けてしまっていたのかもしれないな。
俺はいつのまにか眠り始めていた。
「ママ~、朝だよ~。 起きて~。」
アオちゃんが、俺を揺さぶって起こしてくる。
「ええ~? もう朝なの~? なんか寝た気がしないな~。 」
昨日もお仕事を頑張って、寝るのが遅かったからかねぇ?
「今日は一緒に遊ぶ約束だよ~。 」
ハイハイ、今起きますよ~。 よっこらしょっと。
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