第28話 自由とその対価

 あの後は、リカルドが不審に感じた部分などを細々と周囲に説明していたりした。

 事故発生時に、時間を置かずに完璧に対処してきた事や、火星往還機が全機宇宙に有った事、先程の俺達のコロニーへの避難を要請した時にタイミング良く起こった第二の事故なんかの事ね。


 まあ、それらは勢いで乗り切ろうとして、ちょっと強引だったと言われればその通りなんだけども。


 でも君達、ほとんどこっちの作戦に引っ掛かってたよね?

 最後の詰めで、拳銃を使った暴力に阻まれたとは言え、こちらは穏便に事を成そうとして、犠牲も出さずに後一歩の所まで来ていたんだから、少しは胸を張っても良いんじゃないかなぁ。

 と、思うわけですよ。


 それに対して、リカルド君。

 君ってば、現在懸命に誤魔化している最中なんだろうけども、拳銃を使って人質を取っていると言う、テロリストムーブの決着は一体どう着けるつもりなのか、俺にその答えを聞かせてくれないものかね。


 俺と同じように、現状の危険性に気が付いている人物が、先程の老人を含めて数人程見受けられるが、集団から少し離れてコソコソと小声で話し合っているだけではどうにもならんぞ。

 それと、俺に対して注意を向けている奴がほとんどいないんだけど、それで良いんですか、皆さん?


 じゃあ、満を持して俺様の次の一手を発動しちゃいますよ?

 良いですね?

 さあ、カウントダウン開始です!

 五秒前、……、三、二、一、ゴー!


 フッと往還機の内部照明が全て消えて、小さい窓から射し込む僅かな光だけになると同時に、ガコンという衝撃音と共に往還機を発着場に固定していた器具が外された。

 往還機が擬似重力から解放されて無重力状態になると、中に乗っている俺達も必然的に無重力状態だ。

 今までなんとか床に立っていた状態だった訳だが、その体勢のまま全員が床から反発するように、宙に浮き上がった。


 それに対して、あらかじめ起きる状況が分かっていた俺は膝を曲げ、上半身を屈めて床にへばり付くような体勢に移行した。

 俺が居たのは、座席間にある通路から二、三歩ほど座席中央側に入った所だったんだけど、周りで俺の移動を阻害していた奴等も宙に浮いて足元には結構な空間が出来ていた。

 身を低くしたままの俺は、座席の基部を掴み身体を滑らせるように通路上に出ると、コックピット方向に向かって再度座席を利用して勢い良く蹴ることで通路にそって飛び出した。


「オイ! どうした?! ライト、点灯しろ! 」


 ここまで来てようやく驚きから回復したのか、リカルド達から怒声やら何やらが聞こえてくるが、俺はもう奴等の手が届く範囲をとっくに離れている。

 だがここからコックピットまではまだ大分距離があり、何度かの方向転換と跳躍が必要なようだ。


 まだまだ気を抜けないぞと気合いを入れ直した時に、「パン」と乾いた音が背後から響いてきた。

 音はリカルドの持っていた拳銃からの物だろう。

 俺に驚きは少ない。

 まあ思慮が足りていないあいつならば、発砲するかもしれないとは思ってはいたが、本当にやるとはな。


「やめろ! リカルド! 気でも狂ったか?! 」


「うるさい! 俺をコケにしやがって! 死ね!」


 リカルドと周りの者達が、何やら言い争っているような声が聞こえるが、俺は意に介さず移動を続ける。

 そもそもあんな拳銃で狙われても、九十九パーセント当たらないって事は分かっているからな。


 続けて何度か発砲音が響いて、コックピットまで後少しの距離になり、コックピットハッチを開くように往還機搭載AIに指示を出したところで、最後に数発の発砲音が立て続けに鳴り響いた。


 発射された弾丸の一発は開き掛けたハッチに着弾したが、大した傷も残さずに跳ね返された。


 二発目は俺の身体の至近をかすめ、空いたハッチの隙間を通ってコックピット内のどこかに当たり「バシッ」と音を立てていた。


 最後の一発は、開いたばかりのハッチの狭い隙間を効率良く通ろうと、身体を横に捻った俺の脇腹に命中した。

 狙っていたら当たらないからと、狙わずに乱射した結果命中したというのは皮肉かね。


 その時の俺は半分振り返るような体勢だったから、奴の血走った目と視線が合った気がしたが、こちらはバイザー越しだったからそれはないか。

 だが、弾丸が俺に当たったと分かった時の奴の喜色満面な顔は、しばらく忘れられそうにない物だったのは間違いない。


 それはともかく被弾した俺だが、移動中の身体はそのままハッチを通過してコックピット内に滑り込み、即座にハッチを閉鎖してロックを掛けるまでの行動を終了した。


 ところでなんか俺ってば、銃撃されていても別段異常がない様に見えているかもしれないが、身体はしっかりと負傷しているし、それも重傷の部類に入るのかもしれない状態でもあるよ。

 しかるに、やけに落ち着いているようだし、傷の痛みも特に感じていない風な事に疑問を持たれるかとも思うが、ちゃんと理由が有るから説明するね。


 俺達有機型アンドロイドは、人間達にとって見ればいわゆる消耗品の使い捨て部品と一緒の扱いだ。

 だから、本来は人間とは見なされてはいない存在で、今まで見てきて分かるように労働・成育・教育環境等には一切人権的な配慮はされていない。

 人権が無いから、人類とは身体の作りも違っていて当たり前だし、そもそも出来上がりをデザインされている対象なんだから、なんでもありなんだ。


 したがって、運用中にちょっと傷付いたくらいで大袈裟に痛がって、仕事にならないなんて事が有っては困るから、痛みに対する耐性が当然のように設定されている。

 まあ、ファンタジー小説なんかでたまに聞く痛覚耐性って感じだな。

 痛覚を全部失くす痛覚無視も当然可能なんだが、そこまでやってしまうと傷を負った事に気が付かずに動作を停止してしまう、つまり死んでしまうから少しだけ残して置いたって事だな。


 そんな感じだから、現在の俺は被弾した脇腹から背中にかけて鈍痛のような疼く感覚と、痒みに似た感覚の二種類を感じている。

 しかし鈍痛の方は出血による血流の異常を訴えるという意味があるから分かるが、痒いという感覚が起きるというのはいかがなものか。

 これってば痒いところを掻いた結果、手に血が付いたりして怪我に気付くというのを意図しているんだろうか。

 だとしたら、普通に痒かったりした時との差別化を考えていないというのは、かなり問題があると思うんだけど。

 ちょっと痒くて尻を掻いたら、手が血だらけでしたなんて事が起こったらドッキリが過ぎるよ。


 まあ、今はそんな事はどうでも良いか。

 それよりも俺の傷の状態がどうなっているのかの方が重要だよな。


 手近にあった副操縦席に腰掛け、そこで身体を捻り撃たれた脇を見ると、気密服には小さな穴が空いていて、そこから血液が漏れ出てきていた。

 血液量から結構酷い負傷だと認識して、気密服に備わっている身体データを随時計測している装置からの数値を確認すると、段々と体温と血圧が下がりつつ、心拍数が増加しているのが分かった。

 まあ、怪我をしているんだから当たり前だな。

 それよりも早く対処しないと普通に死にそうだ。


 俺はヘルメットを外し、動かしにくい身体をなんとか動かして気密服を脱いだ。






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