第21話 火星移住転換点

 階層が大気圏突入時に万が一外装が思ったよりも高温になってしまった時、もし階層内に空気が存在した場合火災が発生する恐れもあったので、内部は念の為に真空状態にしてあった。


 現在、階層は海水中に停滞沈降しつつある状態なので、このままだと浮力が足りなくて、海底まで沈んでしまうだろう。

 そこで、海水から酸素と水素の気体を作り出して、階層内部に分けて充填して浮力の足しにしながら、将来離着陸用プラットホームになる円盤平面の下側にあるイオンエンジンも稼働させた。

 階層は一度上昇し始めると、特に問題も無くそのまま海面まで浮上して海上にて安定した。


 降ろした階層に設置していたAIから、全体を走査して大きな異常が無かったという報告が上がって来て初めて、火星往還機を降ろす事の決定を下して、取り敢えず技術系の有機型アンドロイドを五十体程派遣した。

 その中には、ゼシカが現地司令官として着任していて、降下部隊全体の指揮を取る事になっている。


 今後の降下部隊の仕事は、まずプラットホームを既定の場所まで移動させて固定する事だが、現在は海溝周辺を漂っている状態だ。

 本来の設置予定位置は、最初から別の場所に決めてある。

 そりゃ、このままここに置いておいたら、次に階層を降ろす時に影響が出るから当たり前だね。

 それに海溝は人類がいる場所にも近いから、接触を避ける意味でも早急に離れた方が無難だろう。


 ああ、俺達が地上基地を建設する場所は、人類がいる場所から見て火星の裏側に当たる位置に決めている。

 本当はもっと良さそうな所も候補に上がっていたが、嫌な場所から出来るだけ離れる事を優先した形だ。


 やっぱり他の皆は人類に思う所が有るんだろうが、俺としてはそこまで避ける事はないんじゃないかと考えていた。

 もし、人類が俺達に悪意のある干渉をして来たら、こっちは武力で対応したら良いと思っていたからだが、なんだか皆からは奴等に対する恐怖心の様なものが有るように感じられる。


 これは多分、有機型アンドロイドに元々デザインされていたか、強制教育装置の内容に隠されて組み込まれていたかして、人類に恭順するようにされていたんだろう。


 だが、俺だけそんな気持ちが一切起きないというのは変な事なんだが、理由を推測してみるとその原因は多分俺が転生者で、過去の記憶があったからなんだろう。


 その事を踏まえて、これ迄のいきさつを振り返って考えてみると、元々俺が転生して記憶を残されたのは、ここ火星(別名叫喚地獄)において人類種が大いに繁殖して貰わないと、転生者の魂を出来るだけ手間を掛けずに送り込みたかった神が、大きな改変を起こさずに歴史を修正する為だったんだとしたら、全ての辻妻が合う気がする。

 そして俺の頑張りの結果が、全て神の思惑通りに事を進めさせてもいるようだ。


 俺はこの事に気付いた時には神に対して少しは癪にさわったが、神の奴もなにも只でやらせようとはしていないという事にも気が付いて、その全てを飲み込む事にした。

 一体何が俺に取っての報酬かと言えば、もう既に分かっているだろうが、それはシロちゃんとアオちゃんに巡り合わせてくれた事以外には存在しない。

 一時は俺の前世での心残りが全て叶ったんだから、もう何時死んでも本望だとも思ったりしたが、いやまだまだ一緒に居たい、永遠に死にたくないと考え直してしまったくらいだからな。


 ええと、話があちこちに飛んでしまったが、とにかくゼシカ達はプラットホームへの往還機の着陸を成功させて、設備を使用できるように整備を進め始めた。

 そうして暫くして、火星往還機の定期的な運用が開始されると、コロニー内の資源も順調に増加して第二、第三の階層降下の準備も整ってきた。


 第二弾の降下階層の種類は工場専用階層で、コロニーへの補充資源の効率的な収集や、有機素材の生成加工も行われる予定だ。

 降下方法は、今度は【水切り】の方を試そうと思っている。


 かねてよりの懸案である多数のイオンエンジンが十全に使えるのならば、こちらの方が階層に与える衝撃が少なくなると試算されていて、取り敢えず一度試してみようという事になったからだ。


【水切り】は降下場所の選定において特に条件と言えるものは存在しないので、それを拠点予定位置の近くに設定しても特に問題は無い。

 しかし、もし万が一降下が失敗してしまった時に大津波が発生して、既に設置済みの離着陸用プラットホームに影響を及ぼしたら元も子も無いので、降下位置は陸地の影になる場所に決定した。


 それでは、諸々の準備も整ったので、第二弾の階層降下の状況を開始しよう。


 コロニーから分離している降下予定の階層には既に回転モーメントを与えてあり、降下開始ポイントにも移動が完了している。

 後は、前回同様に衛星の影響が小さい時期を選んで降下させるだけとなった。


 今回の降下作戦は、前回の様な今後の運命を左右する等とといったものでも無く、成功率も高く見積もられていたので、コロニー内の雰囲気もそうピリついた感じでは無い。

 なので、手が空いている奴等は皆こぞってモニターに張り付いて、状況の推移の確認にも余念がない様子だ。


 かく言う俺もその内の一体で、司令室の椅子に座りながら膝の上にはアオちゃんを乗せていて、隣に置かれた即席の椅子に座ったシロちゃんと三体一緒になって、ホログラムモニターを食い入るように見入っている状態だ。


 そのモニターの中央に表示されていたタイムカウンターの数字がようやくゼロになり、長らく待たされていた階層降下作戦が始まった。


 俺は降下が始まった時には寝てしまっていたアオちゃんを優しく起こして、一緒に見ようねと声を掛けた。


「ふぅあ~ぁ。おはよ~、ママ~。

 もう朝御飯の時間~? 」


「ふふっ。違うよ~、アオちゃん。

 ほら~、見てごらん。

 大きなお皿がお星様に落ちて行くよ~。」


「ああ~、ホントだ~。

 なんか赤くなってるね~。なんで~? 」


「う~ん。なんでだろうね~?

 アオちゃんはなんでだと思う~? 」


「う~ん。あ、うんちを我慢してるから~? 」


「え~? お皿はうんちはしないと思うな~。」


「じゃあじゃあ、ケイミィおばちゃんみたいに怒ってるから~? 」


「あ~? う~ん。そう、かも、知れないね~? 」


 それは俺が返事に困る返しをしてきたアオちゃんの頭を撫でながら、曖昧な答えを返している時だった。


 モニター内の階層がブルッと震えたかと思った瞬間に、突如として大爆発を巻き起こし、炎と煙で画面内は埋め尽くされ、その後は階層の破片が周囲に四散して、その様子は綺麗な花火の様でキラキラと瞬いていた。


「ワァーー?! おばちゃんに怒られたーー!

 キャハハハハ! 」


 アオちゃん。

 後で怒られるのは多分俺なんだけど、どうしようね?






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