第20話 罰と天使の梯子

 シロちゃんにアオちゃんを加えた三人家族の生活はいたって順調で、とても幸せな時間を過ごしていた俺達ではあったが、完成体はコロニーのみに生くるにあらずを公言していて、よって新たな地上世界叫喚地獄を目指さねばならないという過酷な現実を、我等に否応無く突き付けて来ていた。


 つまりどういう事かと言えば、遊んでないで早く火星に移住しろよという締め切りが、知らぬ間に直ぐそこまで迫って来ていたと言う訳だ。


 だから、作業は巻きで行かないといけなくなっているが、現在止まっている案件は離着陸用プラットホームを火星に降下させるという物だけで、その件はもう準備はほとんど終わっていて、後は開始の合図だけだったりする。

 そうでもなければ、幾ら面倒臭がりの俺だって、仕事を放っておいてアオちゃんと遊び倒してなんかしている筈がないよ。ホントだよ?


 まあ、だからと言う訳でもないが、そろそろ行程を先に進めようかね。


 以前簡単に説明した、階層を火星に降下させると言う方法についてだが、その手段を幾つか考えていたものの、どれか一つに限定する事はそれが失敗した時の事を考えると、時間と資源の浪費に繋がり、全体の予定が狂ってしまうという危険がある。


 それに対してどうしようかと考える前に、俺達には偉大なる子捨ての前歴を持つクソ親である人類が、有り難くもその先例を残してくれている。


 それまであまり、先に火星に降りた人類の事について調べてきてはいなかったが、奴等も火星での生活を原始人と同レベルで過ごしたいとは思ってはいなかった様で、住居用と工場プラント用の階層を合計で三つも降下させていた。


 しかし、コロニーから観測しただけでも分かるくらい、それらの階層は大きく破損していて、その内の一つなんかは真ん中で半分に破断していて、ほとんどが海に水没している状態だ。

 あれでは、中の物を取り出して使うのにも一苦労だろう。


 他の降ろした階層も、降下時の衝撃が激しかった事が窺えて、せっかく手間暇掛けて火星に降ろしたのに、中の物が全部壊れてしまっていたとしても全く不思議ではないだろう。


 だからなんだろうか?

 火星に降りた人類側からコロニーへの接触が一切無かったのは、その手段が全て失われてしまっていたという事なのかもしれない。


 それに、あの階層が真っ二つになっているのは、中央部に積んでいた核融合炉が、何らかの故障が起きて爆発でもした結果なんじゃないか?

 普通に考えたら、核融合炉を動かすにはしっかり点検を行ってから始めるのだと思うが、良く調べもしないで慌てて稼働したとかが有りそうだ。


 爆発した時期は、たぶん階層を降ろして直ぐの事なんだろう。

 その当時の俺達は、いきなり置いて行かれた事の対処で手一杯で、火星の状況なんかには少しも構っていられなくて、これまで全くその状況に気が付いていなかった。


 こうなると、火星に降下した人類の大部分が生存していないんじゃないかとも考えられる。

 そういや、人類が降りた周辺が夜の時に、灯っている明かりの数がやけに少なかった事の説明がこれで付いたな。


 人類は火星の重力が弱い事から、階層の降下を安易に行えるものと軽く考えていたか、降下速度を下げるのに使用するイオンエンジンの出力を買い被り過ぎていたかしたんだろう。

 そうでなければ、こんな火星移住にとって根本的な案件を失敗する筈がないしね。


 と言う訳で、先輩の失敗談をグチグチと説明される新入社員研修の様な会議を、ケイミィ達副官や幹部連中と行った結果、俺達の階層降下作戦【天使エンジェル梯子ラダー】の開始が宣言さる事になった。

 階層降下作戦だなんて大袈裟に言ったが、その内容は二つの方法を試してみるってだけの話で、そんなに大したものでもない。


 じゃあ、順に説明するよ。

 まず、第一案。【水切りウォーターカッター

 これは、ダメ先輩の行った降下作戦と構造的にはそう変わりは無いが、それとは大きく違っている部分があって、それはもっと水平方向にかけるベクトルを大きくして、着水時に海面上を何度も跳ねさせる事で、最終的な衝撃力の緩和を期待するというものだ。

 この案のメリットは、現在の階層にイオンエンジンを多数追加するだけで良いと言う所だが、それは同時に資材と燃料を大量に消費してしまうというデメリットにもなっている。


 これは、現在資源不足で四苦八苦している状況では取り辛い案だな。


 次に、第二案。【硬貨投入コインスロー

 たまに、泉なんかにコインを投げ入れた時に、着水時に水面に垂直に近い角度でコインの縁から入水すると、水跳ねや大した音も発生しない事があるのを知っているだろう。

 それを、階層の降下でも狙って行こうという案だ。

 こちらの案も、入水時の衝撃に耐えられる様に階層の円周部を強固に補強する為に資材を必要とはするが、燃料の方は大して使わなくて済むというメリットがある。

 デメリットは、降下場所が水深が深い所じゃないと海底に衝突してしまう可能性がある事から、降下位置やその方向などの誘導に特段の精密さが求められる事か。


 ああ、場所については深い海溝があるので、そこを使えば特になにも問題はない。


 以上の二つの案は、今ならどちらでも行えはするが、もし【水切り】を選択して失敗したとしたら、燃料の残量が逼迫してその後のコロニーの運営にも、大きく影響を及ぼしてくる事が予想される。


 まあ成功さえすれば、火星上からコロニーへ資源を供給出来るのでそれらの問題は起きようもないが、今はそんな賭けに出なければならない様な状況でもない。

 だからここは、一度失敗してもまだ取り返しがつく【硬貨投入】の方を最初に行う事にした。


 では、状況開始だ!

 既にコロニーから分離している離着陸用プラットホームを降下予定ポイントに移動させ、あらかじめ回転モーメントを与えておく。

 こうすれば遠心力が働いて階層は安定して移動させる事が出来て、俺達が予想していない動きとかは起こり難くなる。

 後はタイミングだけなんだけど、思わぬ事態が起きないように火星の衛星フォボスとダイモスが、同時に火星の向こう側に回った瞬間に決行した。


 降下ポイントの海溝を目掛けて、四十五度の入射角で大気圏に突入した階層は縁を赤熱化させているが、回転しているお陰で一ヵ所にダメージが集中してしない様で、分解等も起きずにそのまま海に着水した。

 着水時の衝撃での津波の発生を心配していたが、思ったよりも影響は限定的だった様に見えたが、時間を置いての海岸付近の経過観察が必要だろう。


 一方、着水した階層の方はといえば、円周外苑部に追加した強化装甲の四割程を破損喪失してしまったが階層本体にまで影響する程でも無く、海溝の溝に沿って海中に沈降していた状態からその勢いが衰え始めた所で、浮上に向けての行程に移行した。






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