第19話 平穏こそ至高也
出産から数日後に培養槽を出た俺は、その日から毎日毎日まーいにち仕事が終わった後に、培養液の中で漂う赤ちゃんを見に行っていた。
本当なら仕事になんか行かないでずーっと見ていたかったんだが、母親が無職のニートだったなんて赤ちゃんに後で知られたら、絶対に軽蔑されると思うと手を抜けなかったんだよ。くそっ!
ところで、俺達が培養槽で初期から十歳位の大きさにまで育つには、大体半年程だから約四千五百時間は掛かっている。
今回、新たに考案した乳児の育成は三歳位までの予定だから、それの三分の一の時間で約千五百時間は培養槽で過ごす事になる。
俺は赤ちゃんがそこから出られるまで約二ヵ月間休まず通って、なにも異常が起きなかったかをモニターの録画記録で確認して安心するっていう日常を送った。
赤ちゃんを引き取る最後の日には早めに仕事を終えて、ちゃんと身なりを整えてから迎えに行ったんだけど、凄く緊張していた。
だって、初めて触れた赤ちゃんに嫌って言われて拒否られたりしたら、俺はもう到底生きて行けないから。
胸を緊張でドキドキさせながら、引き上げられた赤ちゃんをそっと抱いたんだけど、懸念していた様な事は起きなかった。
後で気付いたが、その状態の赤ちゃんはまだ産まれたばかりの頃と何ら変わりが無く、言葉は喋れないし状況の理解も出来なかっただろうから、そんな心配は全くいらなかったんだけどね。
そして俺は赤ちゃんの頭を撫でながら、初めて直接語り掛けた。
「私のところに生まれて来てくれて、本当に有り難うね。
アオちゃん。」
それからおでこに、チュッとキスをしてあげた。
それからの事を話そう。
俺は子育てをかなり甘く見ていたようだ。
と言うか、三歳児の身体の赤ちゃんの子育てをだな。
まだ今は、そんなに筋肉が付いていないからどうにかなっているが、直ぐに身体の動かし方を覚えて手が付けられなくなりそうだ。
これは、ちょっと不味いかもしれん。
今後はもう少し早めに培養槽から出した方が、後の事を考えれば良さそうな感じだ。
それか培養槽の中で教育をするかだが、取り敢えずそれを試した方が早いか?
まあ、やってみてからまた考えよう。
とにかく今は、三歳児の身体に強制教育装置の使用は、負荷が掛かり過ぎて危険で許可されていないから、幼児教育は親か専門職の保母さんにさせなくてはならない。
これからコロニー内では、赤ちゃんの出産ラッシュが起きる事が容易に予測されるので、次のロットの完成体の教育には育児方面の情報も追加しないといけないな。
まあ、別に俺達に追加で教育しても良いんだけど、そうすると今やっている仕事を辞める事になって効率が悪いからね。
それに、かなりの時間が掛かってしまうって事も、地味に痛いし。
でも! 俺には育児はただの有給休暇の御褒美に過ぎないよ!
面倒臭い仕事は全部、副官のケイミィに丸投げだ!
まあ、直ぐにケイミィも出産してゼシカに仕事を丸投げしていたけどね。ゴメンね、ゼシカ。
それよりも、アオちゃんの知識の吸収力っていうのは驚くべきものが有って、ドンドンと言葉を覚えてハッキリと喋れる様にもなった。
これって、俺達デザインされた完成体の子供だから、その特徴を受け継いでいるのかとも思ったが、アオちゃんより前に産まれた子達は親に似ていたりそうでもなかったりと千差万別で、遺伝が原因だという特定は無理っぽい。
まあ、我が子がおバカじゃないっていうのは歓迎すべき事なので、もうどうでも良いよ。
ああ、そう言えば【アオちゃん】って名前を付けた理由をまだ言ってなかったよね。
それじゃあ、説明します。
前世で聞いた言葉の中に、【アオはアイより出でて、アイより青し】とかいうのがあったのを覚えていて、言ってる意味は良く分からんが、とにかく今の状況に上手く適合していたので、これから取った。
【アイより青し】と言う箇所が、どう合っているのかと言えば、アオちゃんの髪の色がちょっと青っぽい色をしていた所だね。
後で、AIに意味を聞いて、頑張れば弟子が師を越えられるよって言う意味があると知り、それが【アオちゃんが俺よりも賢くなってくれると良いな】という願いにもかなっていて、やっぱりこの名前で良かったんだと思ったよ。
そんな感じで、現在は俺が司令室で全体の状況を指揮する仕事をして、シロちゃんには新たに移った家族用住宅で、アオちゃんの世話や教育を担当してもらっている。
そして、今日も司令室の椅子を暖めながら、ケイミィとかと雑談混じりの通信をしていると、司令室の自動扉を開けて幼女が走り込んで来て、俺に強烈な突撃をかまして来た。オウッ。
「ママー、ママー!
うんちー! うんちでるー!
キャハハハハ! 」
言わずもがな、アオちゃんだった。
そろそろ就業時間も終わりそうな時刻だったから、俺のお迎えに来てくれたのかな?
しかし、会いに来てくれるのは超嬉しいんだけど、うんちの報告は遠慮したいなぁ。
アオちゃんに続いて、シロちゃんも遅れて司令室に入ってきて、申し訳なさそうに頭を下げていた。
まあ、アオちゃんの行動力に付いて行くのが大変なのは十分に分かっているので、片手を上げて返事の代わりにして、ついでにその手をアオちゃんの頭に乗せて優しく撫でてあげる。
「お~う、アオちゃ~ん。
ちゃんとうんちのお知らせ出来て、えらいね~。
いい子、いい子~。」
「エヘヘ~。」
俺はアオちゃんを誉めて、ナデナデにも最高の愛情を込める。
そうだ! 俺は誉めて伸ばすをモットーにしているのだ!
だから、このナデナデは永久に止まらないぞ!
「じゃあ、アオちゃん。
シロちゃんパパと一緒に、そこのトイレでうんちして来ようね~。」
ただし、うんちの時はしないけれど。
「は~い。
じゃあうんちして来るから待っててね~、ママー。」
「ハイハイ。
ちゃんと待ってるから、ゆっくりしといでね~。」
俺がアオちゃんをしっかりとトイレに送り出してやると、まだ通信を繋げたままだったケイミィが呆れた感じで話し掛けてきた。
「あんな風に優しく話し掛けるなんて、あなたもちゃんと母親なのね~。うんうん。」
なに勝手に納得していやがる、この親バカケイミィが!
そっちこそ、息子ちゃんと話す時の垂れきった目を初めて見た時の、俺の驚愕具合こそ半端じゃなかったぞ!
お互いに相手の親バカ具合を貶し合ってもなにも得る物が無いので、じゃあねと話を終えて通信を切り、そそくさと帰り支度を始める。
アオちゃんもトイレから出て来たので、後の事はAIに任せて、三人仲良く手を繋いで並んで家に帰った。
あ、アオちゃん。
ちゃんとトイレで手を洗ってきた?
あら~、忘れちゃったか~。残念。
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