第7話 重力に引かれて

 俺達が今いるのは移住用宇宙船兼短期型コロニー内だと以前にも言ったが、その存在理由は言わずもがな火星移住の為に他ならない。

 ただの宇宙移民だったら地球の傍にあるコロニーに住めば良いだけなんだから、わざわざこんな僻地まで来ようなんてよっぽどの理由があるんじゃないかと思うかもしれないが、実体は単なる好奇心と政治的野心と金だ。

 その中で好奇心と野心は思い当たる部分がある人も多いと思うが、金についてはそんなもの貰っても使い道が無いんじゃないかという意見もまさに妥当ではあるんだけれども、金目的の連中の大半が借金の返済にあてがわれて手元には一切残らないなんて事がざらである。


 まあ、火星に行ったら絶対に死ぬと決まった訳でもないし、仕事を割り振られて働いてさえ居れば、十分な量の食料を配給されるからと、移住を選ぶ人も多いらしいし。


 だけどねぇ、人はパンのみにて生きるにあらずって言葉もある様に、生活にはある種の張りというものも必要だと思うんだけどなぁ。

 まあここに居る人達の事は今は置いておこう。


 それじゃあ次は宇宙船兼コロニーの詳細を説明していくか。

 まず形態は巨大な円筒形をしている。

 昔のアニメなんかで見た、密閉型コロニーを思い浮かべてくれたら良いと思う。

 あれは中に敷居とか無くがらんどうだったが、こちらは筒内に決まった間隔で地面となる壁で仕切られている。

 実際には天井まで百メートルで直径が一キロメートルの円筒形構造物を縦に複数重ねて階層構造風の体をなした物体だ。

 これは連結部分をあえて固定しない事で、巨大構造物に付き物の歪み等による破壊防止も兼ねているらしい。

 今回に関しては階層が三十階層で、総延長が三キロに達する物になっている。


 これの宇宙船としての運用方法を説明すると、普通に一方の端から推進用のイオンエンジンを使っての加速を行って、地球から火星に移動する事になる。

 イオンエンジンの特徴は推進材の消費量が押さえられる反面、推進力が弱いというデメリットがあるが、移民船という人間を大量に移送する場合に必要不可欠な擬似重力を得られるというメリットもある。


 人間が宇宙に進出して一番問題になるのが、無重力状態に長時間いると身体の筋力が衰えたり、内蔵の機能が低下したりといった不具合が起こる事だ。

 昔のアポロ宇宙船や、その後の宇宙ステーション等の乗組員が任務終了後に地球に帰ってきた時に、地上のスタッフに両脇を抱えられながら姿を見せている場面がよく見うけられたが、あれは単に自力では立てなくなっていたからであって、悪い事をして捕まったというような訳では勿論ない。

 まあ人間は重力下で生きられるように進化して来たんだから、無重力状態に適応できないのは当たり前なことなんだけどな。


 それで話を戻すと、イオンエンジンを使えば推力は弱いが長時間続けて加速することが出来て、その結果弱い擬似重力を得られ、移民船に乗っている人間の体調を最低限度保てるって事になる。

 その擬似重力についてだが、地球の重力である一Gと同じである必要性は全く無い。

 そもそも火星に行ったら、そこの重力は地球の約四十パーセント程度しか無いのだから、地球と同じ重力じゃないと問題があると言う方が本末転倒である。

 それなら最初から火星になんか住もうと思うなよって話だよな。


 ちなみにこういう話で良く聞く、冷凍睡眠装置で眠っている間に現地惑星まで行くっていう方法は、装置が使い回せるって言うのならばそうする意味も有るんだけど、今回の様に火星に着いてしまえば使う理由が無くなるって場合はただの重石にしかならない。

 冷凍睡眠は火星移住が軌道に乗って、着いたら直ぐに地上に降りられて移民船が折り返し戻って行くような状態にでもならなければ、僅かでも考慮する必要にあたらないだろう。


 最初期の移住は、もっと慎重に物事を進めなければ思わぬ所で足を掬われたりするのが、定番だろうしな。

 それも含めての短期型コロニーを兼ねた移民船を使っている訳だし。


 移民船の説明を続けると、火星までの行程の半分まで加速を続けた後、前後をゆっくり回転して入れ替えて今度は減速する事で擬似重力を発生させながら運行して、ようやく現地に到着する。

 これらの説明を受けて分かるように、移民船の運行は凄くのんびりした感じになる。

 せっかちな奴には心底向かない案件だ。

 そしてのんびり運営は、まだまだ終わらないんだよなぁ。


 火星に着いてからは、移民船は円筒の中心線を軸に回転運動を開始し、今までは壁だった所を地面としての様相に変化する。

 だがそうすると、今までの床面積と比べると四割にしかならない。

 階層の高さを二・五倍の二百五十メートルにすれば同じ床面積になりはするが、円筒の総延長を変えないとすると階層数が十二階層に減り、構造体としての強度も低下してしまう。


 移住人口との兼ね合いも有って階層数が決められているので、そこは仕方がないと諦めるしかないんだが、住む面積が一時的とは言えども狭くなるっていうのはストレスの原因だよなぁ。

 まあ運営側の方針としては、さっさと移住の準備を頑張って終えて火星に降りろといった感じじゃないかな。


 あと念の為に説明して置くと、居住している家はブロック状の戸建ての家で、コロニーとして稼動する前の無重力状態の時に壁側に移設しているので、そんなに手間ではない。


 それからはコロニーを仮の住みかとしての生活を送りながら、火星上で人類の補助となる機械型や有機型のアンドロイドを作ったり、火星に降りる往還型の宇宙艇を準備したり、階層型コロニーを幾つか分離させて火星上に降下させて仮説の住居兼開発プラントに当てたりと、必要なお仕事は全然途切れない。


 それが現在の俺達を含む全体としての認識だった筈なのに、何故か俺達の有機型アンドロイド製造プラントは、運営側から一方的に切られてしまったとしか考えられない状況に陥っている。

 それでも、行き成り宇宙空間に生身で放り出されるとかの、荒っぽい手段が取られなかったというのは、何か意味が有っての事なんだろうか。


 だがまあ今は、それでも危機的状況なのは変わらないので、何とか最悪の事態を回避する事に全力を注ぐべきだろうな。






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