第一章 幼年期の終りに

第5話 支配からの卒業

 バチっと電源が落ちた瞬間に照明が消え周囲は真っ暗になったが、代わりに俺の意識は覚醒し身体の自由が利く状態になった。

 すぐに非常用電源に切り替わったのか、小さい赤色灯がそこかしこに点灯したが、光量が足りないせいか周囲はかなり薄暗い。

 俺の近くには、俺と同等の性能の有機アンドロイドが二体存在していたが、動揺しているのかオロオロとしているだけでなんか頼りに為りそうにも無い。


 然もありなん。

 あいつらは俺と違って、前世の記憶や知識を持っていないのだから、今の自立運用状態では五才児並みの知能しかないだろうからな。

 だが、担当作業の事故対処方法なんかの記憶は補助記憶装置に残っている筈だから、メソメソと泣き出す前に仕事を割り振って誤魔化しておくか。


「おい、アニ、アミ。

 このプラントの電源が落ちた原因を早急に調べて適切に対処しろ。

 問題が発生したり何か判明したらその都度わたし、アイに報告しろ。

 分かったら直ぐに作業に取り掛かれ。」


「「りょ! 了解!」」


 二体は直ぐにてきぱきと手近に有るコンソールの中から、使える物を探し出して作業を開始した。

 これで電源消失の原因の究明や、その対応策等も問題なく実行されるだろう。

 俺はその間に自身が所管していたこのプラント、【有機型アンドロイド製造プラント】の現在の状況を調べて置くか。


 ――――――――


 俺がここ【叫喚地獄きょうかんじごく】に赴いて最初に転生したのは、所謂人間ではなかった。

 まあ元々は人間をベースに開発されていて、違いもそんなに無い事から俺の意識が何も問題無く宿っているんだろうがな。

 だが意識は有るには有るが、その殆んどは表層には現れない。

 理由は簡単でこの素体の使用優先権が、現在所属しているこの火星移住宇宙船兼短期型コロニーの統括AIの管理下に有ったからだ。


 これ迄の事を順を追って説明すると、かつての俺の地獄間移動の際の意識は火星を視認してからそんなに間を置かずに消失し、次に意識を取り戻したのは培養槽内に満たされていた疑似代替羊水の海の中だった。

 行きなりの場面転換に動揺していたら、何時の間にか状況が変化していて、気が付けば身体に無数のコードが接続された状態だった。

 それから強制的に現在の自分達の境遇や作業に有用な知識等を、電脳と補助記憶装置にインストールされた。


 これって今考えると相当やばかった事が後で分かるんだけど、もしかすると最悪俺の意識が上書きされて消えていた可能性も有ったみたいだ。

 まあ、全てを見通している筈の神が、そんな基本的なミスを犯す訳は無いとは思うがな。無いよね?


 まあ、そんな感じで無事にここ【叫喚地獄きょうかんじごく】管轄圈内に輪廻転生出来た訳だ。

 所で何故管轄圏内なんて呼んでいるのかと言うと、今居るのが火星の衛星軌道上に設置されている簡易コロニー内だからに他ならない。

 そう、未だ本命の火星の大地に降り立ったという訳では無いからだ。


 話を戻して、俺が強制的に知識を与えられてから間を置かずに、俺と同時期にロールアウトしたアニ、アミと共に仕事をさせられるようになった。

 ああ。俺の呼称のアイを含むアニ、アミという名前は、俺達の休息時間中で統括AIの管理から外れていた隙を突いて、俺が勝手に付けてやったものだ。

 だってお互いを呼びあう時に、長ったらしい登録番号を使うなんて面倒臭かったからな。

 だから登録番号の末尾の文字【a-001】【a-002】【a-003】から取って【アイ】【アニ】【アミ】としたんだけど、ちょっと安直過ぎたかもしれない。

 まあ過ぎてしまった事はもういい。


 それよりも重要なのが、此処まで敢えて触れて来なかった容姿の事だ。

 勘の良い奴は既に名付けの時点で気が付いていたとも思うが、俺は何故か一人称が【わたし】と言うのが相応しい、可愛らしい見た目の少女に生まれ変わっていた。


 何でなんだよ?!

 俺は前世での経験と言えるものが、数える程しか無かったんだぞ!

 今度こそモテモテになって、可愛い子とヤリまくってやろうと思っていたのに、自分がヤラれまくってどうするよ!


 それに現在の見た目は、漸く十代に成ったばかりといった風の小柄な体躯で、胸とかもまだまだ未成熟だ。

 いやね? 前世の俺の趣味のどストライクなのを、直ぐ間近で見られるというのは有る意味嬉しいよ?

 でも俺がなっても意味ないじゃん!

 俺がしたいのは、出来るだけ傍で愛でる事なんだよ!


 あっ?! こ、これが神が俺の事を可哀想な奴を見る様な目で眺めていた本当の理由か?!

 神の奴が、地獄の苦しみが人それぞれだと言っていた意味が、やっと心底理解出来た。

 この苦しみが【叫喚地獄きょうかんじごく】に落ちた俺に相応しい報いなんだろう。


 ――――――――


 これ迄の経緯を簡単に振り返って思い出して見たが、あの後俺は真摯に地獄の責め苦を享受して過ごして来た。

 そして現在、冒頭の行きなりの事態に遭遇したと言うわけだ。


 最近の記憶やデータを見てみても、俺が認識していた範囲内では今回の事態の予兆らしきものは、何も思い当たらない。

 いや、何も無かったという事が逆に予兆と言っても良いのかもしれない。

 ちょっと前迄は頻繁にクレームや注文が入っていたのに、最近はその数がめっきり少なくなってきていたよな。

 その理由については、俺達が巧く仕事をこなせ始めたからだと思っていたんだが、それはとんだ勘違いだったという事だな。


 多分俺達は支配者達の今後の運用方針にそぐわず、必要性がないと判断されて統括AIにプラントごと排除されたんだろう。

 でなければ電源消失後に、直ぐ様復旧しようとしていた筈だが、そんな様子は一切見られ無いからな。


 俺が残念な予想に辿り着いていた時、原因の調査を担当していたアニが報告して来た。


「アイ、報告します。

 現在、主電源との物理的接続が遮断されています。

 操作権限の行使による電源停止では無いので、このプラント外に出て修理をしなければ、全面的な復旧の見込みは有りません。

 取りあえず旧式の予備電源が、ここのプラントブロックにも設置されていたので、これを一時代用して本格的な復旧を目指すべきです。」


 おっ? 俺の予想外に相手の計画にも結構な穴が有るようだな。

 これなら暫くは余裕を持って対処出来るんじゃないか?


「良し。その案を採用する。

 アニ。アミ。早急に取り掛かれ。」


「「了解!」」


 アニ達はそう答えると、とても嬉しそうな顔を見せた後、早速復旧作業に取り掛かり始めた。











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