第3話 ★の重みに浮かれる自分

 昨日と同じように夕餉は進む。黙々と料理を口に運ぶ父と、ようやく話し相手が見つかったとばかりに他愛ない話をする母と、最低限の相槌を打つオレがいる。

 言いようの無い罪悪感に気まずさを感じるも、いつも通りに食は進むもんなんだなと自分の図太さを自覚する。

「エリック、森で何かあったのか?」

 一瞥をくれた父の声に、覚悟を問われている気がする。起こったことを話すのか? 一人で抱えていくのか?と。

 2人の顔を見比べる母も、何かを感じ取ったのかその口を紡ぐ。

 利口でないオレの頭では何を言うべきか、何をすべきかわからない。ただ何か言わなければ。焦る気持ちがしょうもない言葉を口にさせる。

「2人は夢とかあった?何になりたかったとか」

 十数年間この2人の子供をしているからわかる。わざわざ踏み込まず、しらを切ろうという表情と間が読み取れた。

「夢ねぇ……。生まれてからずっとこの村にいるからねえ。都の美味しい食べ物を食べたいとかかしら」

 表情とは裏腹にため息の混じった声で、皿の上の料理をかき回す。幼かった自分をなつかしんでいるのか、現実に向き合い自分の身の丈を測っているのか。

 ふと顔を上げると父と目が合った。一瞬、視線を外されるがすぐに向き合い口を開いた。

 ああ、この気持ちをオレは知っている。嫌になるほど味わってきた虚栄心だ。

「私は世界を旅して回ってみたかったな。知らない街の景色を眺めたり、命懸けの冒険というものに憧れたな」

 2人の笑い声が家の中を反響する。自分の口角だけ上がっているのが分かる。

 ああ、こんなにもこの家は狭かったんだなぁ。自分のことを家族思いの優しい男だと評価していたが、野心を悪だと決めつけて変化のない生活を安定と呼んで慰めていただけだったのだ。

 人の価値だとか魂のレベルなんてものは分からないが、オレは心底自分のことが嫌いになってしまった。両親とこの家に対して、限界を感じるようになってしまったからだ。

「オレはこの家を出ようと思うよ。実は前から決めていたんだ」

 初めて見る母の表情に喉が締め付けられる様な苦しさを覚え、予想通りの父の返事に視界が開ける解放感とじわりと汗ばむ熱気を感じた。

 それからの会話はよく覚えていないが、仕切りのない家で押し殺した母の泣き声はいつまでも耳に残り、いつもなら聞こえるはずの父の寝息はいつになっても聞こえてこなかった。

 数日後、オレは逃げるように家を出た。

 息子の門出を祝う両親との抱擁は、悲しい現実をオレに突きつけるだけだった。


「よお、エリック。お前がこの村を出て何が出来るんだ?」

 3つも年下だが背丈はオレを十分に超えるライアンはいつもの調子で悪態をついてくる。

 たまたま父親が人に貸すほどの農地を持っていただけだろうに、狭い村を我が物顔で歩いている。

 ハッキリ言ってオレはこのガキが嫌いだ。傍若無人な態度も気に食わないし、ミカに乱暴を働いたことやクロムを笑い者にしたことを許していない。

「なんだ、その目は。いつになく強気じゃねぇか」

 見下していた相手に歯向かわれた不快感を、退屈しのぎを見つけた嬉しさが上塗りしている。

 手頃な棒きれを小気味良く振り回し、オレの髪をふわりと揺らす。

「村を出るから関係ねぇってか? 残念だがあの情けないお前の父ちゃんが辛い思いをするだけだぞ」

 そんなことさせるわけないだろ。自分の人生の延長を見ているようで堪らなくなり家を出たとはいえ、オレにとっては大事な家族だ。

 視界に入れるだけで心臓が早くなり息苦しくなっていたライアンの顔を、落ち着いて真正面から見据える。

 思っていたよりも可愛らしさの残る顔立ちをしていたんだな。

 握手を求めるように右手を差し出す。

「元気でな、ライアン」

 対等に扱われたことに我慢ならなかったのか、胸倉を掴み生暖かい息を顔に吹きつけてくる。

 結果オーライだ。

 胸倉を掴むライアンの右手首を握ると、オレの胸元が淡く光を放つ。

 確かにこれは魔法というよりは呪いだ。

 これからオレは自分より優れた人間への嫉妬と、自分より劣った人間への侮蔑を抱えながら生きていくしかない。

 そして、それを分かち合う対等な関係性は築けないんだ。


『ようこそ、限界突破の間へ。君達どちらが★3になるのかな』

 白い光で目が眩むが、聞き覚えのある不思議な声と聞きなれない慌てた声、予想通りの展開に口元が弛む。

「オレをベースにしてくれ」

『ライアン、君はそれでいいのか?』

 急に名前を呼ばれたことに動揺しているのが掴まれているだろう襟元の弛みから伝わる。

「何が起こってるんだ……。おい、エリック!」

「落ち着け、ライアン。今からオレと勝負をしろ。昔からお前みたいなクソガキをぶっ倒してやりたかったんだ」

 襟元を掴む腕に力が入るのが分かる。見えていないが足が地面を離れているようだ。

「上等じゃねぇか。いいぜ、ボコボコにしてやーー」

『あい、分かった。ではエリックを限界突破させてしんぜよう』

 右の掌と首に熱を感じる。好きでもない料理を食べ過ぎて苦しくなってしまったような後悔が押し寄せるも、しでかした行いの重大さを考えれば瑣末な事だ。

 オレは碌な死に方は出来ないだろうな。もし自分勝手なワガママを聞いてもらえるなら、誰かの踏み台となってこの世から消えたいところだ。

 思えば以前もこの白い光の中に居心地の良さを感じていたのたか、オレの罪を指摘するように、罰を始めるように徐々に靄は晴れてしまい、色鮮やかな現実がさっきよりも一人分広がっていた。




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