第2話 努力にも才能にも限界はある
村はいつもと変わらず退屈ながらも平和な時間が流れていた。
いっそのこと何か変わっていて欲しかった。世界に変化がないことが分かってしまうと、自分だけが変わってしまったのだということが強調されてしまう。もう今までの日常は戻ってこないのではないかと住み慣れた村を見て胸が苦しくなる。
「おお、エリック。森から帰ったのか。ん?随分と汗をかいているが走って帰ってきたのか?」
ちょうど鍬の手を止めて一息ついていた父が森から帰ってきたオレを見つけ声をかけてくれた。オレの異変には気がついたようだが、何があったかまでは気がついていない。とりあえず見た目に変化はないみたいだな。
簡単に声を交わして家への道を歩きながら森での出来事を思い出す。
悪い夢でも見ていたのかもしれない。
瀕死の人に出会したのは生まれて初めてだった。訳の分からない魔法に包まれた経験なんて一度もない。ましてや、自分の中に誰かが入り込むなんて想像したこともない。
ポケットに入った魔晶石と初級魔法である指先から小さな火を生み出せるようになった進歩が、森での出来事は現実であったのだということを証明している。右手に残る人の重みと身体を巡った熱を思い出すと気味が悪くて胸にズンと不快感が生じる。
あそこで聞いた話をどこまで信じ、オレは今後どうするべきか……。
『どうだ? ★が増えた感覚は。自分の価値が高まる体験が出来るのは★が少ない者の特権だぞ』
光に奪われた視界を取り戻すと白昼夢でも見ていたのかと自分の記憶を疑ってしまうが、さっきまでいた見覚えのある森で一人立ち竦んでいた。
今のは一体なんだったんだ……。見慣れない男がいないことが、非日常を現実たらしめている。
「オレに何の魔法をかけたんだ」
姿の見えない声の主に話しかける。森の木々が少しざわめいたようにも思えたが、気配も何も感じられずハッキリと声だけが聞こえる不気味さに恐怖で背中に汗が伝う。
『魔法はかけられていないから安心しなさい。ただ、運命が変わってしまった事を考えると呪われてしまったとも言えるだろうな』
愉快そうな声に苛立ちを覚えるが、怒りをぶつけても無駄なんだろう。大人が子供をあしらうというよりは、小動物を見て面白がるような無神経さを感じ、逆らう気さえ失せてしまう。
絶対的な強者を受け入れるのは簡単だ。何せオレは相対的な強者にすら虐げられてきたのだから。
「オレに何をしたんだ? これからオレはどうなってしまうんだ?」
すぐに命を落とす、苦しむ事になるのではないかと思うと唾を飲み込むのにも喉が鳴る。
『お前は自分の限界を突破したんだよ、エリック。★2になった喜びを噛み締めて生きるも良し。満足出来ず★3を目指すも良し』
いまいち何を言っているかが分からないものの、すぐに死んでしまうという類ではないようだ、
「全然ピンと来ないぞ。そもそも★って何なんだ? さっきの男も口にしてたが……」
『人の価値、魂のレベル、そんなものだ。喜べ、エリック。お前の価値は僅かではあるが確実に増したぞ』
つまり今までのオレは価値がなかったと。そういうことか。
残念ながら納得がいく。悔しいけれどしっくりとくる。そして悲しいながらもどこか安心した。オレは★1だったから冴えない人生だったのだと言い訳ができる。
しかし、今後はそうはいかないらしい。
価値が上がるというのは具体的にどういう意味なんだ?
「★が増えると使命や役目でも負うのか?」
オレの質問に対し思わず吹き出すように声の主は笑う。
『使命?役目? 全く★の少ない人間は面白いことを考えるものだな。使命や役目なんてものは★を持たざる者が★を持つ者に嫉妬し責任を負わせただけだ』
老人の声は嘲笑から侮蔑の色合いを増していく。
『どうやら★1というのは想像以上に卑屈なようだな。まぁ、だからこそ力を得てどう変わっていくかが楽しみではあるがな』
声の主は何かに満足したようだが、オレの戸惑いや不安を取り除いてはくれない。
「結局★が増えるとどうなるんだ?」
『限界を突破できる。力も知識も美も全て★の数で限界が決められている。★1であればどんなに努力をしたところで魔法は使えない。★2であっても剣で名を売ることは出来ない。★3から感じられる美しさは未熟さからくる愛らしさという紛い物だ』
限界か……。オレは力も知識も美も持っていないということか。そうハッキリと言われると今後勘違いもしないで済みそうだな。
「つまりオレが何も出来ない、何にもなれなかったのは★1だったからで、周りのやつらは★2や★3だったから成功しているのか」
『★3程度で成功と言うな。それは謙虚ではなく無知だ』
長い溜息が木々を揺らすように感じられる。
『これからお前は成長していく。出来ることが増えていき選択を迫られる。前に進むか立ち止まるのか。戻ることは出来ないぞ』
果たしてこれは激励なのか宣告なのか。決して逃れられない運命を突きつけられた気がした。
『では、また近いうちに会おう』
そう言って声は聞こえなくなってしまった。分かったような分からないような。
周りのやつらを見返すことが出来るかもしれない。なりたい自分になれるかもしれない。諦めていた物を欲してもいいのかもしれない。
それらを理不尽に奪われていたのだという怒りなのか、頼んでもないお節介に手を引かれることへの苛立ちなのか。今のオレは判断がつかず、自分の人生すらも決められないことに★1だった自分の限界を自覚する。
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