★1の自分を重ねて限界突破
アミノ酸
第1話 ガチャに外れた男の末路
小さい頃は劣等感なんて感じずに生きていた。
勇者ごっこをする時に引け目も感じずに勇者役に手を挙げ、じゃんけんで勝てば仲間を率いて先頭になって村を走り回っていた。
いつからじゃんけんに負けて目立たない脇役になることに安心するようになってしまったのだろう。
いつから勇者のパーティーにも混じれず村人Aとして、いや勇者に話しかけられることもない木や家畜と変わらない風景の一部になってしまったのだろう。
あの頃一緒に遊んだエリオは去年首都の士官学校に落第となってしまったとはいえ、村に帰って農家を継ぎ大人しくも可愛らしいミカと家庭を築いた。夢破れて小さく収まることに後悔はないのか結婚式では大人の顔つきに変わっていた。
いつも目立たず女にもモテなかったクロムは長年の努力が実を結び、この度魔法学校に入学することになった。同期生よりも年上になってしまう劣等感は感じないのか、合格の報せを受け取った時は村中に響き渡るような泣き声を上げていた。
果たしてオレはどうだろう。
武器を扱えるほど運動神経は良くないし、魔法を使えるほど頭も良くない。
おまけに愛されるだけの見た目も性格も持ち合わせていない。
商売をする元手もなければ、人生の道筋を引いてくれる親もいない。
ハッキリ言ってついていない。オレの人生に目を見張るような価値はない。
雇われ農家として人の畑を耕す父と、針仕事を黙々とこなす母がいる。家族の大切さは頭では分かっているものの、楽をさせてあげようという気持ちが成果に結びつかない申し訳なさから、いつしか現状をただ受け入れるだけの毎日となってしまった。
そしてオレは今日も薪と山菜を拾いに森に入る。
例え誰にでも出来る簡単な仕事だったとしても、狭い村に住む三人家族の一員でいる理由になるこの役割が、オレの自尊心を微かに、確実に満たしてくれていた。
森に入るのが好きな理由の一つに、一人になれるからというものがある。
つまり、森で誰かに会いそうなものなら途端に居心地が悪くなる。
暖かくなって今の時期はオレと同じように森に入る村人が少なくない。
今更一人で行動していても誰も咎めないが、悪い人達ではないので声をかけてくれる。一緒に行こうと誘ってくれる。
オレはそれが嫌で出来るだけ人気のない方角にずんずんと歩いていく。
獣除けの鈴の音だけが森の中で優しく響いている。
ふと見ると、緑の中に見慣れない赤い血痕が点々と道を作っていた。
結界に守られているこの森では野生動物はいても魔物はいない。極まれにイノシシに襲われる人がいるが……。
血の道を辿ると見慣れない男性がうずくまっていた。
まだ息はあるものの、腹から血を流している。
「おい、あんた大丈夫か!」
「ああ……このまま死ぬかと思ったんだが、最後に人に会えて良かったよ」
痛みよりも安堵が勝ったのか、目は閉じたまま口元は優しく微笑む。
「急いで村まで運んでやるから。薬草とかは持ってないのか」
「そんなものはとっくに使っちまったよ……。もう長くないだろうからこのまま看取ってくれてないか」
「ふざけんな! 知りもしないやつの死ぬところなんて見てもオレの寝覚めが悪いだけだろ! 出来るだけのことはさせてもらうぞ」
怪我人の運び方なんて知らない。ただがむしゃらに背負っていくしかない。
男の背中に手を回し抱き起こそうと手を握ると、男の胸元が淡く光始めるのが目に入る。
何か魔法が発動したのか?
「君も★1なのか。それは丁度良かったのかもしれないな」
だんだんと強くなる光に目が眩む。
何も見えないが手には抱き抱える男の重さだけがズシリと残っている。
「おい、何が起こってるんだ」
声も出せるし耳も聞こえる。しかし、森の緑も鈴の音も感じない。どこか知らない世界に閉じ込められたかのような。
『ようこそ、限界突破の間へ。君達どちらが★2になるのかな』
突然、老人の声が聞こえてきた。
姿は見えないはずなのに、髪も髭も長い老人がこちらを伺っていると分かる。
「彼をベースにしてください。……私の命はもう長くない」
腕に感じる重さと声の位置から男は変わらずそこにいるのだろう。眩しい光に包まれて自分が目を開けていないだけなのかどうかも分からない。
『エリック、君はそれでいいのかい?』
「どうしてオレの名前を知っているんだ」
老人の声がする方角に顔を向ける。相変わらず何も見えず、訳も分からない状況のはずなのに心は安らいでいる。
「エリックというのか……。これが私の最後の望みだ。どうか私の★を受け取ってほしい」
「さっきから何を言っているんだ。★でも何でも受け取ってやるから今はとにかく村へ行って手当をしなくちゃーーー」
『あい、分かった。ではエリックを限界突破させてしんぜよう』
手にのしかかっていた男の重みは無くなり、人の体温を感じさせる暖かさが腕から体内へ伝わってくる。
まるで男が自分の身体に入ってくるような。
「なんだこれは。何をしたんだ!」
『エリックよ。お主は★2に限界突破するのだよ』
「だからさっきから言っている★って何だよ!」
全身に熱が伝わりきったかと思うと、眩い光は靄が晴れるように収まっていく。男を抱き抱えていたオレの手の中では親指ほどの大きさの魔晶石が淡い光を放っていた。
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