15 勝たせろ
四畳半の小さい部屋に、荷物を置く。
僕は再び、あの宿に戻ってきていた。由美の――今となっては彼女の実家である、この民宿に。僕が由美の代わりにレースに出ると聞いたおじいさんとおばあさんが、呼んでくれたのだ。
確かに、ここからならサーキットも病院も近い。それに、あいつとの思い出がある。モチベーションを上げるためにも、最高の場所だ。
着替えをバックパックに詰め直し、すぐに部屋を出る。太田さんがサーキットにいるはずだ。のんびりはしていられない。
ふすまを開けると、由美の部屋のドアが見えた。
――すぐ、帰ってこれるさ。
誰に言うでもなく呟いて、宿を出た。
サーキットに着いた僕を見るなり、太田さんは僕を引っ張って事務所へ連れて行った。
そこで代走ライダーである僕をレースの主催者に引き合わせ、駐車場兼パドックに連れて行っては、チームのメンバーに紹介し、常連の人たちに顔見せをした。実にオトナらしい手際の良さだった。けれど、忙しそうにしながらもどこか楽しそうに動く太田さんを見て、なんとなく、文化祭や体育祭で仕事を楽しむ自分たちに重ねてしまった。僕とこの人の距離は、意外と近いのかもしれない――そんなことを考えた。僕達と彼らのあいだには、壁や断絶なんかなくて、道のように続いているだけなのかもしれない。それが遠すぎるから、別のように感じるだけで。
――鈴鹿サーキットの、デグナーとシケインみたいに。
――似てるくせに遠いってこと? でもコースは続いているから、デグナーを超えた先に、いつかシケインに辿り着く、みたいな?
――そうそう。
――わかりづらいよ。
隣に由美がいたら、きっとそんな、普通の人には意味不明な例え方をしたんだろうな、などと思いつつ、太田さんの横で、一緒になって笑顔を振りまき、頭を下げていた。
今の僕は由美の代わり。バイクショップの広告塔。ガキのくせにオトナぶるのがお仕事。
最も――あいつの代わりなんて、完全には務まらないけれど。
やれることをやるんだ。
挨拶回りが終わって、ここからが本番だ。
いや――本番前の、練習走行だ。レース開催日は三日後。練習は二日間のみ。
圧倒的に、時間が足りない。
「じゃ、とりあえず走ってこようか」
太田さんがそう言って、由美の
エンジンに火がともり、僕は
けれど、それには全て意味がある。
趣味のバイクと違って、所有欲を満たすことよりもレースで勝つことを優先されたパーツ達は、一切の無駄がないゆえにシンプルであるし。
小さくて脆そうでスカスカの車体は、それが極限まで車重を削られ、見た目以上の強度としなりを誇るフレームであることの証明だ。
スロットルを軽く捻る。
ぱぁん、という2ストローク独特の甲高い排気音と共に、兄貴と姉ちゃんの顔が浮かんでは消えて――そして、
――大丈夫。
そんな由美の声が、聞こえた気がした。
――ああ。
と思う。大丈夫だ。
精神的な問題はあるが、今はそれよりも、技術的な面が心配だ。
二年ぶりのサーキット走行。それも純レーサーマシンだ。うまく走ることができるだろうか。
「最初っからうまく走ろうだなんて思わないでくれよ、誠二くん」
不安を感じ取ったかのように、太田さんが言う。
「…………え」
「まずはマシンに慣れることからだ。時間は無いが、焦りは禁物。最小の時間で最大の効果を得よう。だからそうだな、強いて言えば――楽しんでおいで」
――まったく、この人は。
どこまでもオトナらしい、そんな台詞をすらすらと吐く。
本当に――ありがたい。
「はい!」
頷いて、発進させる。
このサーキットでは、コースインは第二コーナーからと決まっている。
後方を確認。
コース上を走っていた他のミニバイクが過ぎ去っていくのを見届けて――クリアになった。
スロットルを開け、同時にクラッチを少しだけ離す。
――……ぱあああぁぁぁぁぁんん。
ゆっくりと――二年ぶりに、本当に久しぶりに、僕は、コースへと入った。
他のバイクの邪魔にならないように、コースの外側を走る。やっと戻ってきた、そんな気がした。コースを走ることで、僕はやっと、サーキットに戻ってきたと思えた。
懐かしい。
抜けるような青空に、広い視界。いまこの瞬間、ここでは、バイクの邪魔をするものは何もないのだ。車も、ブラインドコーナーも、ましてや逆走してくる対向車なんて、いないのだ。
そんな
思い切り、楽しもう。
コースを半分くらいまで走ったところで――コーナーを五個ほどクリアしたところで、スロットルの開度を上げた。
可愛くも荒々しい唸り声を上げて、
鋭いそれに、僕の体は一瞬置いていかれる。慌ててタンクに伏せると、視界が急に変わった。大気の壁を何枚も破り、僕は
「――ははっ!」
楽しさに。
思わず声が上がった。
次のコーナーが迫り、スロットルを戻す。ブレーキをかけながら、僕は少し、シートから腰を浮かせ、つま先で体を支えるようにする。
バイクにぶら下がるようにして、曲がる方向に半身を預け、膝を開きつつ、かけていたブレーキを離した。
僕の膝が――正確にはツナギの膝部分に付けられたバンクセンサーが――かすかな振動を生む。路面に膝が着いたのだ。そこを中心として、まるでコンパスのように、コーナーを曲がっているようなイメージを抱いた。
そうして、世界は傾く。
視線は先へ。コーナーの出口を見る。バイクは、ライダーの見た方向へ進んでいく。視界の平行を保とうとして、無意識に、首がバイクの傾きに合わせて動いている。
体を傾けて曲がる――。
言葉にすると簡単だが、この視界を――旋回して曲がる世界の動きを見ることができるのは、鳥と、パイロットと、ライダーだけだ。
思い出した。
まるで空を飛んでいるようなこの感覚を知って――僕はバイクに夢中になったんだ。
バイクに乗るのが、大好きになったんだ。
コーナーを半分ほど過ぎたあたりで、スロットルを開けていく。丁寧に、ゆっくりと。
エンジンの駆動が、クラッチ板を通じてギア、チェーン、タイヤ、そして路面に伝わっていき、バイクを前へ進ませて、コーナーを脱出していく。
――なんて、気持ちが良いんだろう。
短い直線の後で、再び現れるコーナー。
方向も角度も違うコーナーが次々と迫っては、僕に新しい飛び方を教えてくれる。
――もっと、もっとだ。もっとずっと、走っていたい。飛んでいたい。
一周を終え、二周、三周と過ぎたあたりで、僕はもう、周回数を数えるのをやめていた。
ただ、バイクで走る喜びだけを、感じていた。
サーキットでは、ホームストレートの横にあるピットロードから、チームのメンバーが、走っているライダーに対して、情報を送る。使うのは、サインボードと呼ばれる掲示板。大きさや形状は、飲食店の軒先に置いてある看板に近い。ランチメニューとか書かれているアレだ。
チームスタッフは、ホームストレートを通り過ぎるライダーに見えるよう、サインボードを掲げて、周回数やタイム、トップあるいは一つ前のライダーとのタイム差を教える。
ライダーは走りながら、一周に一度だけ、チームからの情報を得て、レースの作戦を最適なものに組み替えていくのだ。
そのサインボードを上げる
ばってん、×だった。
――なんか、やってしまったのか、僕は……?
ホームストレートはその名称の通り、スタート地点と同じ場所だ。このサーキットでは、コースアウトする場合は最終コーナーから出なくてはいけない。僕は最後の一周を流して走り、最終コーナーからコースを出た。
太田さんの車が置いてあるパドックへ戻ると、レーシングスタンドを
「どうしたんですか?」
バイクから降りて尋ねると、太田さんは僕の両肩をがしっと掴んだ。真剣な眼差しだ。
「誠二くん……君ってやつは……! 君ってやつは……!」
「え、なに? なんです?」
困惑する僕の肩に置かれた手は、更に掴む力を強めているようだった。
「――おい」
大田さんから解放されて、ベンチに座って休憩していると、聞き覚えのある声に呼ばれた。
振り返らなくてもわかる。宗太だ。
「よう」
首だけ横に向けて、応えた。
「聞いたぞ。由美、大丈夫なのか?」
「――ああ、大丈夫だよ」
「トラックがセンターライン割ってきたんだって?」
「らしいな」
「ふぅん。ま、俺は公道のこと、よくわかんねーけど……。代わりにお前が走るのか」
「……俺が原因でもあるしな」
「原因?」
宗太が訝しげな声を出して、ベンチの正面に回ってくる。
「どういうことだよ?」
「呼び出したんだよ、俺が。峠に。そんとき、由美は……」
不思議だが、こいつには話せるような気がした。
いけすかない、生意気なガキなのに。
すると宗太は、
「はぁ?」
と声を上げた。
「それ、別にお前のせいじゃねーだろ」
「………………。急がせちまったんだよ」
「いや、よくわかんねーけどよ……」
宗太が頭をかきながら言う。
「急いでてもゆっくりでも、対向車がセンターライン割ってきたら、避けられねぇんじゃねぇの? でけぇトラックだったんだろ?」
「………………でもよ」
「それ、お前別に悪くねーだろ」
――――――。
思いがけず、かけられた言葉に。
僕は不覚にも、心が軽くなった気がした。そんな気がしてしまった。
「お前が悪いってんなら、辛気臭いオーラ出してるってとこだろ」
……………………。
まだ出てる?
「オーラなんか出せねぇよ」
「出てんだよ。真っ黒い感じのが」
「見えんのかよ」
「俺の邪眼ならな」
「………………」
中宮宗太くん。十三歳の中学一年生。
将来有望な中二病患者だった。
「――ま、どうでもいいけどよ、レース、出るんなら、容赦しねーぜ」
邪眼の持ち主が、挑発するように言った。
「はぁん、カッコイイな。でもお前、エキスパートクラスだろ? 俺とは走らないんじゃねーの?」
関東グランプリがプロレーサーの登竜門であることは確かだが、それは宗太や由美のような「本気組」が走るエキスパートクラスに限られる。趣味の延長で走るサンデーレーサーなどは、ビギナークラスやミドルクラスで、腕を磨くのだ――と、さっき太田さんに教わった。僕はエントリーが遅かったので、本来ならばどのクラスにも出られないはずだった。
だが、今回のレース――このサーキットでの最後のレースということで、特別なクラスが設けられている。
エキシビジョンクラス。
サーキットの、最後の思い出作りとして開催されるレース。
僕はそれに出場する。
「エキスパートとのダブルエントリーもできるっていうからよ。俺はそっちにも出る」
と、宗太が口の端を上げてにやりと笑う。生意気な笑顔だ。
「――そりゃ良かった」
「勝負の約束、忘れてねーだろーな?」
「約束?」
何の話だ?
「俺がお前に勝ったら、由美に、その………………ちゅー、できるってやつ」
「…………は?」
「あんときゃ、うやむやにされちまったけど、出るんなら有効だよな」
「受けてねーよ、別に」
「由美との勝負も、不戦勝だな。これであいつは俺の嫁だ」
おーおー、調子に乗りおるわー。
いっそ清々しいほどの俺様っぷりである。……まぁ、勝負事に関わるレーサーに必要な資質――とも言えるかも知れないが。
「好きに言ってろ」
「じゃあ言うぜ、誠二」
と、宗太は初めて僕の名前を口にして、そして――
「俺は由美が好きだ。レーサーとしても尊敬してる。だからお前には渡さない」
射殺すような目で僕を見て、そう宣言した。
突然の告白に驚くと同時に――僕はうっかり、こいつをカッコイイと思った。あまりに清々しく、堂々とした姿に、そう思ってしまった。
だから、僕もつい立ち上がった。出来心だった。流されてしまった。――負けたくなかった。
「俺だって同じだ。俺はあいつのそばにいる。約束したんだ」
――あぁ、恥ずかしい。
思いながらも、睨み返す。高校生が、中学生相手に。
「――はん」
宗太は、笑った。
「その顔だよ。やりゃあ、できんじゃん」
「――知らねぇよ」
なんだってんだ。こいつ本当に十三歳か? 由美といい宗太といい、僕は年下に翻弄されてばっかりだ。プロレーサーってのは、みんなそうなのか? 勝負の世界に生きている分、僕達よりも密度の濃い時間を送ってるだなんて――そんなありきたりで手垢のついたような言い分が、本当にあるとでも言うのか?
全く、情けないのは僕だ。これじゃまるで、宗太が年上みたいじゃないか。宗太が――兄貴みたいじゃないか。
こんな馬鹿な話は、無い。
「なかなか良いタイム出てたみてーじゃん。……ま、俺ほどじゃねーけど」
褒めてるんだか自慢してるんだかわからないことを捨て台詞にして、宗太は去っていった。
「知らねぇっての」
ぼんやりと呟いて、空を見上げた。
三日後のレースに向けて、サーキットは、まだまだ、暑くなりそうだった。
良いタイム――だったらしい。
さきほど、太田さんにも言われたのだ。両肩をがっしりと掴まれて。
「君ってやつは……どうしてもっと早く走らなかったんだ!」
「いや、だって太田さんが楽しめって……」
「そうじゃなくて! タイムは速かったんだよ! レースをもっと早く始めていれば……! 五年前までここで走っていたんだろう?」
ああ。時間と時期の問題か。
「まぁ、これだけデカくなっちゃうと、ミニバイクってのもどうかって思いまして」
初対面のとき宗太にも言われたが、僕は無駄にデカい。
「いやいや、体が大きいからこそできる走り方というのもある……まぁそれはいいや。ともかく、これは思わぬ収穫だよ、誠二くん! おじさん、血がたぎってきちゃってねぇ!」
「太田さん、顔が近いです」
鼻息が荒い。かかる。
「なんで女子高生のかわりにあんなデカブツが走るんだ? とか言われてるけど、なに、そんなヤジは、君のタイムを見れば引っ込むさ!」
「俺、デカブツとか言われてるんですか……」
興奮して配慮にかけている太田さんだった。
「これはひょっとするとひょっとするねぇ! エキシビジョンレースで優勝ってことも有り得るよ!」
「…………まぁ、本気組は出ないでしょうしね、こっちには」
「はっはっは! 狙える、狙えるよ! 優勝だよ!」
まぁ、その後で宗太が出ることが判明したワケだけれども。
あいつにあそこまで啖呵を切ってしまった以上、無様に負けるわけにはいかない。負けるにしても、良いレースをしなければ、由美の代わりは務まらない。
宗太と別れて少し休み、僕は再び
コースには慣れた。次はマシンのセッティングだ。
由美の詰めたセッティングを、今度は僕の走り方に合わせて調整し直す。コースを走ってはパドックへ戻る。戻っては調整する、を繰り返す。あいつの手伝いをしていた成果があった。
でも――と思う。どれだけ自分向けのセッティングにしようとも、核というか、根っこの部分は変わらないような気がした。いや、バイクにそういう
[R]が――兄貴が、走らせろ、と言っていたように。
そして、純レーサーマシンのする要求はもちろん――。
勝たせろ。
だった。
酷なことを言う。
もちろん、こんなものは気のせいで、僕の勝手な思い込みで、僕の内に秘めた願望を
けれど思う。
勝ちたい、という想いはきっと、レーサーマシンの本能なのだ。
僕たち
――わかってるよ。
僕が乗ったんじゃ、お前は役不足だろう。だけど頼む。力を貸してくれ。どうすればお前を最も速く走らせることができるのか、僕に教えてくれ――。
二日目。レース前日。サーキットは練習走行をするためのライダー達でごった返していた。
僕たちもそれに混じってマシンを作る。
この段階になって、ようやくタイムを出せるセッティングに変更していく。
昨日は、太田さんの言う通り、僕が楽しめるような走り方で良かった。けれど、レースでそれは通用しない。
僕のような「遅いライダーが走りやすいセッティング」とは、タイムの出ない調整なのだ。乗り手に取ってストレスのない、気持ちの良いセッティングが、必ずしも速いわけでは無い。ライダーはあくまでマシンのパーツの一つ――それも、最も重く、邪魔なパーツなのだ。それを忘れてはいけない。
とはいえ、乗るのは僕。邪魔だからといって、体を小さくできるわけでもないので、双方の妥協点――バランスを探る。
しかし――はかどらない。あるタイムを境にして、そこから一向に縮まらない。壁にぶつかってしまった。
最適のライン、最適のセッティング、最適の
こうなってくると不思議なもので、五周、十週と繰り返しても、『コンマ一秒まで同じタイムが出続ける』。到底、狙ってできる芸当ではないのに。
「まぁ、この時計でも十分戦えるんだけどねぇ……」
今日も暑い。吹き出る汗を拭いながら、太田さんはそう言った。
「でも、現状で七番手ですよ。十五台中の」
「半分より上だよ」
「本番はみんな、もっと速いですよ」
引き下がらない僕に、太田さんが笑う。
「誠二くんも、たぎってきちゃったみたいだねぇ」
「……………………そりゃ、そうですよ」
「いいねぇ、いいねぇ、面白くなってきたよ! じゃ、一度、元のセッティングに戻して、最初からやり直してみようか!」
「……………………うす」
前夜祭ではしゃぐ高校生のような太田さんに、なんとなく照れくさくなった僕は、短く返事をするのであった。
夜になって、由美のお見舞いに行く。
面会時間が迫っていたが、ほんの少しだけ、会うことができた。
由美は相変わらず、たくさんの包帯に巻かれていたが、一昨日よりも少し元気そうだった。
「どう?
「速いよ。俺にはもったいない」
「…………ふふふ、でしょ?」
こんな感じで、レースのことを話すと、由美はとても嬉しそうに目を細める。
おばあさんが言うには。
由美は毎日、とても痛がっているらしい。夜眠っても、痛みで目が覚めて、熟睡できないそうだ。睡眠と覚醒を苦痛の中で繰り返す……。それがどんなに辛いことか。
でも、僕には決して言わない。そんな素振りを見せない。
だから――まだ無いのだろう。この子のそばにいる、資格が、僕には無いのだろう。
僕には、両親のことも言えず、無邪気を装って笑って、弱いところは見せられない――。
胸をかきむしりたくなるほど、はがゆい。
頼られない存在であることが。
「明日、頑張ってね、誠二くん」
それが悔しいから、僕は。
せめて、笑ってみせる。
「ああ。バイクに怒られないよう頑張る」
「……ふふ、
「ほんとだよ」
くすくす、と笑いあった。
「……あのね、誠二くん」
「ん?」
「…………あたしも、頑張るから」
「……おう」
「だからね」
由美が、少しためらって、言う。
「くちびる、かいて」
「…………はい?」
「その、痒くて」
「……………………」
はいはい。
右手を由美の顔に持っていく、が、
「そっち、じゃ、なくて……」
「……こっち?」
左手を持っていく、が、
「……違くて」
「いや、じゃあ他に……足?」
「それも、違う……」
「………………じゃあどこで…………………………あ」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………ん」
「んん……あ、ん……」
まぁ、なんというか。
万が一、宗太との賭けが成立していて。なおかつ僕が負けてしまったことを考えると。
先にしておいたほうが、良いだろう、ということで。
「…………えへへ」
由美が笑う。嬉しそうに。幸せそうに。
どんなに傷ついても、こいつは可愛いんだな、ということで。
――明日は頑張ろう。
自然と、そう思えた。
宿に戻って携帯を見ると、親父からメールが来ていた。返信する。居場所くらいは知らせておかないと。ついでに、明日のレースのことも伝えておいた。すると、
――後悔しないように、頑張れ。
そう返って来た。
液晶に浮かぶ小さな文字を見ながら、眠りについた。
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