11 壊れる
壊れた家族の話をしよう。
あの後、僕ら三人は病院に運ばれた。
兄貴はすぐに手術室へ。
姉ちゃんは、怪我の手当てと、お腹の検査を。
無傷だった僕は、手術室の前でベンチに座って、ただ祈っていた。
僕の知らせを受けた親父がやってきたころ、兄貴の手術が終わった。
兄貴は、それきりだった。
そして、兄貴と姉ちゃんの関係が、親父にも露見した。それも、最悪の形で。
姉ちゃんの、お腹のなかにいた、赤ん坊は。
流れてしまった。
それから。
半月が経って。
姉ちゃんは何も話さなくなった。口を、きかなくなった。一切、喋らなくなった。
自宅のベッドの上で、ずっと、窓の外を眺めている。たまに、思い出したように、静かに泣いていた。
親父も、以前に増して寡黙になり、また家に帰らなくなった。仕事に没頭したいのだろう。
そういえば病院で親父に聞かれた。
知っていたのか?
僕が頷くと、そうか、とだけ言って、うなだれた。
あの日、峠の頂上で、二人が話していたことは、言わなかった。
兄貴のバイクはほぼ新品で戻ってきたが、僕の希望で、使えるパーツはそのままにしておいてもらった。傷だらけのカウルもだ。忘れないために。
タンデム・ステップだけは――外した。
そして僕は家から逃げ出した。
いや、本当は死ぬつもりだった。
[R]と共に。
帰宅するのは二週間ぶりだ。
親父はほとんど寝るためだけに家に帰ってきているようだが、家政婦を呼んでいるようで、室内は整理整頓されている。
二週間前に親父に電話した時は、春奈は俺が見ている、とか何とか言っていたが、さすがにずっと付きっ切りというわけにはいかないだろう。
姉ちゃんは、大丈夫だろうか。
俺は自室に荷物を置いて、姉ちゃんの部屋の前に立っていた。
正直、開けるのが、怖い。
僕のせいで、赤ん坊が死んだようなものなのだ。何を言われても、受け止めなければならない。
最も、今の姉ちゃんは、何も話してくれない――話せない、のだが。
意を決して、ドアをノックする。しばらく待つが、返事は無し。仕方なく、ゆっくりとドアを開ける。
果たしてそこには、姉ちゃんがいた。
二週間前と同じように、ベッドの上に体を起こしている。違うのは、写真のアルバムを開いていることだった。それは姉ちゃんの大好きなアルバムで、まだ元気な頃、何かと開いては、いつも同じページばかり眺めていた。僕もたまに隠れて見ていたので、知っている。そこには四枚しまってあったはずだ。
親父、母さん、兄貴、姉ちゃん、僕が写っている、僕の七五三の写真と。
兄貴、姉ちゃん、僕、由美が写っている、サーキットで撮ってもらった写真と。
兄貴と姉ちゃんが写っている、どこか知らない海辺での写真と。
幼い姉ちゃんと幼い僕とが手を繋いで写っている、リビングで撮った写真だった。
「……姉ちゃん」
聞こえたのか、彼女が振り返った。
こけた頬、生気の無い顔。
いつもどおりの、姉ちゃんだ。
その口が、ゆっくり開く。
「あんたが しねば よかったのに」
「…………」
一ヶ月ぶりに聞く、姉ちゃんの声。
一ヶ月ぶりの、姉ちゃんの言葉。
わかっている。こんなことを言う人ではなかった。そうさせてしまったのは、僕だ。僕のせいなのだ。
そう、姉ちゃんは正しい。
膝から力が抜けて、すとん、と座りこんだ。覚悟していたはずなのに、やけに、効いた。
突然だったから? 違う。そうではない。そうではないのだ。
由美と会ったからだ。とても楽しかったからだ。とても、幸せだったからだ。
幸せを感じてしまった、罰なのだ。
僕は呟く。
泣きながら、呟く。
「そう、だよね……。俺が死ねば、よかったのにね……。どうして、なんだろうね……」
姉ちゃんは応えなかった。
興味を無くした様に、窓の外を見ていた。
……もう、いいだろう。
僕は、二人の命を消して、一人の人間を壊してしまった。
……もう、僕は、いいだろう。
生きていなくても、いいだろう。
ああ――。
僕は、本当に、これでいいんだ。
さぁ、行こう。
兄貴に、会いに行こう。
……。
…………。
……………………でも。
……でも、ちょっと待て。
ちょっとだけ、待ってくれ。
最期にひとつだけ、遣り残したことがあるんだ。
僕はあいつに、伝えなきゃいけないことがあるんだ。
それだけは……。
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