6 [R]
[R]の話をしよう。
水冷4ストDOHC4バルブ並列四気筒1000ccのエンジンを持ち、三年前の全日本選手権、舗装されたサーキットで日本一速いものを決める大会で、優勝したのが、こいつと同じ型だ。
三年前、大型免許を取り、就職した兄貴は、こいつを買った。
僕は僕で、中型免許を取り、いまの由美と同じバイクを買った。
兄貴は仕事をしながら、僕は学校とバイトをしながら、週末になると峠へ攻めに行っていた。
繰り返すが、兄貴と[R]は速かった。
人馬一体とはこのことだろうか、後ろから見ていて、バイクと、人間と、さらに峠までもが、同じリズムで地球を回っているような、そんな錯覚に陥ることもあった。
そのリズムが唯一、崩れさるコーナー。
そこが勝負だった。
一ヶ月とすこし前、僕は兄貴に挑戦状を叩きつけた。
明朝五時に、峠で待っている。
僕が兄貴に送った、最期のメールだった。
ベンチに帰ってきた由美が言うには、太田さんが見せたかったものは、ショップで新しく開発中の、サスペンションと言う、ミニバイクのパーツだった。専属ライダーである由美に、意見を聞きたかったらしいのだが……。
「実際に乗ってみないとわかんないよねぇ」
と困った顔で笑う由美。それもそうだ。
「ねぇ、誠二くん」
先ほどと同じように僕の隣に座り、少しためらいがちに、切り出した。
「良かったら、もうしばらくウチに泊まっていかないかな。その、宿代は、いいからさ」
僕は少し笑って、いいのかよ、と言った。
「とても繁盛してるようには見えなかったぞ?」
「うん……。って酷いな。まぁ、半分、道楽みたいなものだからね……。それにぶっちゃげると、友達ならタダで泊めていい、って言われてるしね」
本当に詐欺だった。
「おじいちゃんからのおこづかい、って、まるまる俺の宿代かよ……」
「おかげで新しいグローブが買えます」
「おいこら」
「あはは。冗談冗談。――どうかな。無理にとは、言わないけど」
僕は少し考える。
正直、窓からあの峠が見えるあの部屋は、あまり好ましくなかった。
けれど。
だけれども。
いま、こんな気持ちのまま家に帰っても――迷いを断ち切るために峠に来たにも関わらず、何の決着もついていない、いまの気持ちのまま、あの家に帰っても――それはそれで、苦痛だった。
「……わかったよ」僕はうなずく。「もう少し、お邪魔させてもらう」
「うん」
どこかほっとしたように――それが何故だかわからないけれど――由美が笑う。
「ありがとう」
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