4話 鎮西談議所
※※※※※※※※※ 1331年2月下旬 ※※※※※※※※※
僕は、親父殿(菊池武時)、隈部時春、秋をお供に鎮西探題までやってきた。
今回は北条英時様との事前打ち合わせはなく、鎮西談議所にて申し開きをすることになっている。
武器を預け鎮西談議所に入ると席に通された。
上座には北条英時様が控えており、正面には壮年男性と老齢の男が座っている。
北条英時様の横に座っている前八代郡地頭 藤原が全員そろったことを確認し、それぞれの紹介を始めた。
それによると壮年男性は英時様の養子である規矩高政、老齢男性は少弐貞経であるらしい。
両名共にこちらを睨んでおり、迫力満点だ。
続けて訴状が読み上げられる。
訴訟内容は大きく2点、捕虜の家族を取り込んだことと逃散した農民を受け入れていることだ。
読み上げの後には、こちら側の弁明の機会が与えられることになっている。
訴状の読み上げが終わり、こちらの弁明に入る。
「先ほどご紹介いただきました菊池九郎と申します。
まず1つ目の捕虜の家族を取り込んだと言われている件につきまして反論させていただきます。
まず、捕虜達は私共の領地へ攻め込んできた狼藉ものであり、そこに座られているお二方から命令違反を行い勝手に攻めたので好きにして良いと回答を貰っています。
そのことに相違はありませんか。」
「おう、だが家族まで勝手にして良いと言ってはおらぬ。」
「そうですか。でも私共は捕虜達に生活できるように取り計らいましたが家族を連れてくるように命令してもいません。
働き手を失った家族が生活に困り、他国で働くことになった働き手の元に自分の意志でやってきたのです。」
「詭弁だ。働けなくなった者は、奴隷商人に売ることもできる。それを奪ったのだ。」
「鎌倉幕府により奴隷売買は禁止されておりますよ。」
「むぐっ」
「とにかく村人を勝手に奪ったのだ。それ相応の罰を与える必要がある。」
少弐貞経が淡々と反論した。
これについては北条英時様もうなずいている。
少弐貞経は、冷静だな。規矩高政の失態を少しでも取り替えそうとしているように見える。
少弐貞経は相手にせずに規矩高政を中心に論破するとしようか。
「あなた方は、働き手が罪人となり残された者達も罪人として扱っていた。そうですよね。
罪人として扱っていた者達は、その地では農民として働けない。
村八分とされ、田植えや稲刈りを自分達だけですることは難しいですよね。
食べていけなくなった罪人が先祖代々の田圃を捨て他へ移り住むようになるのは当然ではないでしょうか。」
「例え村八分とされていようとも耐え忍び、田を耕すことが農民の義務だ。逃げ出すことが罪だ。」
規矩高政は、大声で吠えている。
それを無視して言いたいことだけを言い切った僕は、次の項目へ淡々と話しを進めた。
「2つ目の逃げ出した農民の受け入れですが、どこの誰が逃げ出したのか調べていますか。戸籍等を提示していただければ調べてみましょう。
いかがですか?」
「ここにある。」
「拝見しましょう。・・・・・この名簿はおかしくないですか。捕虜の出身地の名簿なのですが、人口200人に対して男30人(内老人13人)、女性170人となっています。
捕虜にした男のうち、この村出身者が20人いるのですが、戸籍と男の数が7人合いません。
この村には逃散前には子供も含めて若い男がおらず、村が破綻しているように見えます。
このような不確かな情報では名前、年齢は言うに及ばず人数すら確認出来ませんね。
これでどうやって調べろとおっしゃるので?」
「この通りの人数を返せばよいのだ。」
規矩高政が顔を真っ赤にして叫んだ。
少弐貞経は渋い顔をしている。
それを気にしないふりをして僕は淡々と話を進めた。
「農民が逃げ出したと言われていますが、菊池の領地に来たという証拠はないのでしょう?
他地域へ逃げたとか、人攫いに連れていかれたとか、既に餓死しているとか、山で遭難したとかで菊池郡へ来ていないかもしれないではないですか。
それで言うに事を欠いて戸籍に記載している人数を揃えて返せというのですか。
はっ。証拠もないのでは、話しになりませんね。」
「なにおぅ。小童。黙って言うことを聞いて居れば調子にのりおって。叩き切ってくれる。」
規矩高政が激昂してこちらへ掴みかかろうとしている所を役人が必死に止めている。
少弐貞経は、何か考えているようでジッとこちらを見つめている。
北条英時様は、戸籍を眺めながら面白そうにこっちを眺めている。
「英時様、戸籍はきちんと揃っているのです。私共に逃散した農民を調査するための許可を頂きたい。」
少弐貞経は淡々と北条英時に話しかけた。
「これのどこが証拠となるのですか?
逃げなかった村に行って今ある戸籍と実際の村人を見比べて見ますか?
まさか税を逃れるために男を少なくしているのではないでしょうねぇ。」
「こ、こ奴め。い、言わせておけばぁ」
規矩高政は真っ赤な顔をして睨んでいる。
この人、そのうち血管切れるんじゃないかなぁ。
少弐貞経はこちらを窺うかの如くジッとこちらを見つめている。
その後も規矩高政がごちゃごちゃ言っていたが、新しい情報はなく一通り確認したところで、
「論は尽きたようだな、判決を下す。」
北条英時が、ひときわ大きな声を上げた。
「捕虜の家族については、菊池が一人当たり50文で買い取る。逃散した農民については、この菊池郡へ逃げたかどうかが分からぬため保留。
確実に逃げたと判明した場合は、変換することとする。
これにて結審する。」
「「「ははっ」」」
買い取り金を払わなければいけないため、ビミョーに負けた気がするが・・・
まぁ捕虜の家族についてきちんと資料を出せれば払ってやってもいいか。
少弐貞経は老獪だな。最後まで表情が一切動かなかった。
それに比べて規矩高政は若いだけあって血気盛んだな。
これから争うことにもなるだろうから覚えておこう。
帰ろうとすると役人がやってきて北条英時様が呼んでいると言われたので、親父殿は先に帰り、僕は隈部時春と秋を控えの間に残して一人で向かうのであった。
・・・・・・・・・
北条英時様と向かい合って座っている。
「九郎、やってくれたのう。高政にはいい薬になったであろう。」
北条英時様は、笑いながらそう言った。
「元々、捕虜を好きにして良いと言われていたので好きにしたまでです。
今になって返せだの、私が主導して家族を呼び寄せただのとごちゃごちゃ言われる筋合いはありません。」
僕は、渋い顔をして答えた。
「まぁ、そうだが。あ奴らにも面子というものがある。家臣にも示しがつかぬゆえ、買い取り金は払ってやれ。
それで終わりとしよう。あやつらにもこれ以上は何もさせんよ。」
「英時様がそこまで言われるのであれば、承知しました。」
僕はそう言って座礼をした。
「それはそうと八代郡はどんな感じだ。治水が上手くいってコメの収穫が増えたと報告は聞いているが、せっかくなので直接聞かせてくれ。」
それから半時ほど報告できる範囲で正確に北条英時様へ報告するのであった。
※※※※※※※※※ 同時刻 別控室 ※※※※※※※※※
控室の中で規矩高政がまだ怒り狂っていたが、少弐貞経は冷静に訴訟を振り返っていた。
「菊池の小坊主は戸籍の絡繰りについて調べがついていたようだ。
元服前ということであったが、あの場で冷静に良く話せるものだ。
本流ではないから家督を継ぐことはあるまいが面倒な小僧だわい。」
「あんな小僧。捻り潰してしまえばよい。」
『先ほどぐうの音も出ぬほどに論破されたばかりなのにこの言いよう。北条英時様の養子でなければ何も出来ぬくせに偉そうじゃわい。
規矩高政をそそのかして菊池の勢力を削ろうとしたが難しそうじゃ。
幸いわしの領地はこ奴と違って海を挟んでおる。今後はちょっかいをかけなければ被害を被ることもあるまい。様子見として一時おとなしくしておくか。』
少弐貞経は、そう呟き部屋を後にするのであった。
・・・・・
結局、正確な戸籍は提示されず、再度揉めたが、一定の金額を支払うことで最終合意した。
親父殿は、不服そうだったが僕が説得し支払いは終えたのであった。
※※※※※※※※※ 1331年冬~ ※※※※※※※※※
史実通り元弘の乱勃発。
今上は鎌倉から派遣された長崎高貞らの取り調べの最中に挙兵して敗れ、楠木正成は下赤坂城にて挙兵したが10月に敗れ、自害したと言われている。
僕は、楠木正成が来年にも摂津国と河内国を取り返すことを知っているので大善坊に指示して、楠木正成と連絡を取り、米や武器を支援する約束をこっそり取り付けた。
僕が頑張るのは1333年に入ってからだ。
親父殿を助けるために色々と準備を進めよう。
そして運命の1333年、後醍醐天皇が隠岐島から脱出し、菊池にも後醍醐天皇からの使者が訪れたとの連絡が入った。
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