6話 六波羅問答

※※※※※※※※※ 数日後 六波羅探題 ※※※※※※※※※



僕は佐々木道譽様に呼び出され六波羅探題の広間に来ている。

御爺様と時春、雪、雪と時春の祖父の幸春も一緒だ。

ただ呼び出されたのは僕だけで他の人は付いて来ても良いと言われたために付いてきてもらった。

僕は座敷の下間に座っており、その後ろに御爺様達が座っている。

上座には佐々木様が座っており、上位側に僧侶が座っているのが分かる。誰だろうな?


「九郎殿、良く来た。こちらに座っているのが興福寺の大僧都である荷風様だ。此度の御神木の移動について九郎殿に尋ねたいことがあるそうだ。」


興福寺の件は佐々木様が終わらせてくれるんじゃなかったの?

貴重な酒まであげたのにぃ。

佐々木様をじっと見ていたが佐々木様は面白そうにしているだけだった。


「荷風と言う。早速だが九郎殿、我が春日大社に伝わる御神木を勝手に動かしたことはいかなることか。」


「御神木と呼ばれるものを道に放置しておくこそが不敬であると考え、真新しい布に包んで観音堂に運ばさせていただきました。

御神木を道に放置して帰ってしまうことこそ罰当たりな事ではないでしょうか。」


「そのようなことはない。我らは仏に仕える身として現世の理を正すため、あえて御神木を帝に示しているのだ。

その御神木を勝手に動かすなど仏の意思に反している。さらにそのような迷い事を言うなどすると天罰が下るぞ。」


天罰は嫌だけど、天罰って多くは落雷なんだよなぁ。落雷の原理は科学で発生原因を証明できるしなぁ。でも科学が発達していないこの時代は何かあると直ぐに天罰、天罰って言い出して煩いなぁ。

現代人の宗教感と隔たりがあるよな。

これはちょっと攻める方向性を変えてみよう。


「現世の理を正すと言われていますが、今回はどのような事を正そうとしていたのですか?」


「帝は幕府と組んで我らが貸し出した金子を徳政令により無かったことにしようとした。これは仏に仕える者たちの生活を脅かす事であり、断じて許すことはできない。

これは仏に対する挑戦であり・・・・・」


そういえばこの時代のお寺って金貸しもやっていたんだっけ。

確か利子がえらいブラックなんだよな。10日で1割の利子だっけ?

元寇から後は武士が借金で苦しんでいるから、幕府が朝廷に働きかけて徳政令で借金をチャラにしようとしているのかな?

それに怒って興福寺が強訴を行ったと。


「つまり借金を棒引きされそうになったから強訴を行ったということですか。」


「そうではない。我らは貸した金をお布施を付けて返してもらうことを行い、そのお布施にて寺の運営を賄っている。そのお布施と貸した金の両方を無かったことにしろというのは、寺の運営に支障をきたし・・・・・」


徳政令が出そうになって強訴したのは間違いなさそう。

強訴と御神木を分けて考えてもらえれば御神木を移動したことをうやむやに出来るかも。


「それは大変でしたね。荷風様もせっかく六波羅探題へ来られており、ここには幕府の重鎮である佐々木様もおられるのですから、直接訴えてみてはいかがでしょう。

その間に御神木をもう一度布に包み、観音堂からここ六波羅探題へ持ってきましょう。

ここは御神木をお祀りする場所がいくつもあるので、問題にはならないでしょう。

皆、新しい布を宿坊から持ってきてくれ、私と時春は先に観音堂に行ってお参りしておく。」


「「「「はっ」」」」


「それでは、佐々木様、荷風様、行って参ります。」


ポカンとした両名が正常に戻る前に僕はさっさと六波羅探題を抜け出した。

酒を渡したんだから興福寺の対応を頼むよ。まったくもう。



・・・・・ 半刻後 観音堂 ・・・・



あ~疲れた。

興福寺の坊主を佐々木様に押し付けてきたけど大丈夫かな。

佐々木様にはジト目で見られたけど興福寺の件は任せろって言ってたし問題ないよね。

酒も渡してるし、来年の酒の量はちょっと優遇してあげよう。


それにしても時春、あの坊主の言い分は良く分からなかったね。銭貸しをやって設けることが仏の道に通じるはずがないじゃない。

坊主丸儲けって昔からなんだなぁ。


おっ雪達がやっときたか。なんだ阿新丸も来たのか。


「心配してきてやったのになんだその言い分は。感謝するってことはないのか。」


はいはい ありがとね。

それじゃあ、もうちょっと休んでから御神木を六波羅探題へ届けようか。

直ぐに届けてもまたあの坊主に捕まるだけだしね。



・・・・・ 2刻後 六波羅探題 ・・・・・



佐々木様、持ってきましたよ御神木。どこに祀りますか?

あちらの床の間で良いですか?

では、ここに立てかけておきますねっと。


広間に戻ると荷風様はすでに帰られており、佐々木様は疲れ切った顔をしていた。

御神木、御神木って言ってたのに持って帰らないとはなぁ。本当に大事なものなのかしら。

聞いたところによると佐々木様と荷風様の話し合いは進まず、日を改めて行うこととなったそうだ。

戻ってくる前に決着がついてよかった よかった


決着はついてないって、あとは佐々木様にお任せいたしますよ。


御神木は、そのまま六波羅探題へ安置されることになった。

これで御神木の警備をする必要もなくなっただろう。


ん?どうしました、佐々木様?

肩をつかんだ手を放してくださいよ。僕はもう帰るんですから。


興福寺の坊主達と対等にやりあっていたお前の力を借りたい?

いやいや、寺との折衝は幕府の仕事でしょ。

僕は10歳の小僧ですよ。お偉い僧侶様とやりあうなんてとても出来ませんよ。


色々行ってみたけど無駄だった・・・

幸春爺さん、面白そうに眺めてないで、こういう時には年長者として何か言ってくださいよ。


「九郎様が御神木をもって興福寺に返せばいいじゃない?」


おいおい雪さん。適当なことを言うんじゃない。

興福寺なんか乗り込んだら仏敵として殺されますがな。

佐々木様も『それがいい』みたいな顔をするんじゃありません。

僕は神様じゃないから無理です。


だからって佐々木様も興福寺に行きたくなければ案を出せなんて無謀なことを言わないでくださいよ。

・・・・

分かりましたよ。ちょっと考えさせてください。


・・・ 4半刻後 ・・・


「一応、案は纏まりました。幕府と朝廷は徳政令を出したい。興福寺は徳政令を出してほしくない。ということですよね。

では中間を取って数年間の返済猶予を金貸し共に認めさせてはいかがでしょう。

数年間は利子は付かないし、返済もしなくてよい。その代わり今ある借金は徳政令が発令したとしても徳政令の対象外とする。という条件であれば興福寺も受け入れやすくなるかもしれません。

まぁ 武士の破産が数年間伸びるだけかもしれませんけどね。」


「借金返済に猶予期間を設けるのか。少しは武士の生活も落ち着くかもしれぬ。ただ今後の徳政令に今の借金が含まれなくなることを得宗様がなんと考えるかだなぁ。」


「徳政令に含まれることを条件に入れることが難しいのでしたら、初めは入れなくてもよいのではありませんか?

最終的にここまで妥協できる点を考え、それより大分余裕のある条件で興福寺と協議をなさってはいかがでしょう。」


「ううむ。得宗様が妥協できる範囲を先に決めておくか。確かにな。

これで得宗様に上申してみよう。興福寺も徳政令が出るよりはとどこかで妥協し納得するだろう。」


「それが宜しいかと。それでは私はこれにて失礼いたします。」


「おう。助かった。得宗様にも良く言っておくからな。」


「いえいえ。これは佐々木様のお手柄です。私なんて大したことはしておりませんので、全てを佐々木様のしたことになさってください。」


「まぁ良い。儂はこれから鎌倉へ行ってくる。九郎 また会おうぞ。」


「はい。」


これで興福寺の件は本当に終わるな。


うん。とりあえず興福寺と六波羅探題には当分関わりたくないや。

佐々木様には、建武の新政が始まったら会うこともあるかもしれないけどね。


さて内謁までまだ時間があるし、もうちょっと京見物できるかも。

明日は、母上のお土産に織物でも見に行こうかな。西陣織や京友禅の原型はあるだろうしね。


次の日は、阿新丸や雪と京土産を買うために出かけるのであった。



※※※※※※※※※ 2日後 ※※※※※※※※※


ここは清水寺の舞台。

目の前に荷風様がいる。

なんでこうなったかなぁ。


事の起こりは荷風様が宿坊に来られたことから始まる。

荷風様は宿坊に来られるなり、春日大社の御神木を安置していた観音堂を改修し、春日大社の下社として取り計らうことで朝廷より許可を貰ったと言ってきた。

それからもうだうだ言っていたが、どうやら観音堂を改修するための費用を出してほしいということらしい。

京の都では大きな勢力だし、南北朝時代だと味方に付けておくほうが良さそうだから出しておくかな。


・・・色々交渉されて10貫文も搾り取られました・・・

高えよ。


でもこれで興福寺とは良い関係とは言えないが、敵対することもないかな。


内謁の日程もそろそろ決まりそうだし、いつになってもいい様に準備を始めますかね。

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