4話 強訴

※※※※※※※※※ 2条大路 ※※※※※※※※※



そいや!そいや!そいや!そいや!

2条大路に差し掛かったところで野太い声の掛け声が聞こえてきた。

なんだろうと思って近づいてみると頭部を|裏頭<<かとう>>に黒の法衣に身を包んだ僧が、榊に丸いものを取り付けて何やら騒いでいる。

民衆は遠巻きに見守っており、何やら身分の高そうな直衣を着た貴族の姿も見える。


「九郎様、あれは僧による強訴です。春日大社の御神木が見えますので、興福寺の僧たちによる強訴かと。」


僕が興味深げに眺めていると隈部時春が説明してくれた。

ふ~ん あれが強訴かぁ。春日大社の御神木を担いで朝廷に訴えたと前世で習ったので大きな巨木を担いで朝廷に押しかけてたのかと思ってたよ。

あんな木の枝で効果があるとはなぁ。


「あの榊に結び付けているのは春日大社の神鏡です。九郎様、ただの木の枝と思ってはいけませんよ。」


僕が罰当たりなことを考えていることが分かったかのように時春が説明を追加してくる。

僕は顔に出やすいから、失礼なことをしないように気を付けないとなぁ。


そんなことを考えながら強訴の様子を眺めていると直衣っぽい服を着た僕くらいの男の子が強訴の前へトコトコと進み出た。


「何をしておる。春日大社のご神木が見えぬのか。控えろ。」


ごつい僧が大音量で怒鳴り上げたが、男の子は平然と言い返した。


「そちらこそ何をしておる。ここは|帝<<みかど>>がお住まいになられる朱雀門の前であるぞ。無体なことはやめてすぐに立ち去れ。」


「なにおぅ、小童。俺達は興福寺のそうなるぞ。春日大社の御神木に逆らうと神罰が下るぞ。」


「くっ 卑怯な。」


「ふんっ。たわいもない。身の程を弁えることだな。者共 今日はここまでだ。ご神木をここに奉って帰るぞ。」


僧兵の頭がそういうと僧たちは御神木を放置し、悠然と立ち去って行った。

あの僧ら。ご神木を放置して帰っちゃったけど、ご神木って尊いものじゃないのかな?

あんなんじゃ、捨てられて終わりじゃないのかなぁ。

僕は邪魔そうに放置されてある御神木を眺めていたが誰もかたずけ用としない。

あの男の子もご神木を忌々しそうに眺めているが、手を出そうとはしないようだ。

理由が良く分からないので男の子に聞いてみよう。


「あのぅ。この御神木はそのままにして置くのですか?どこかの社に安置してお祀りしたほうが良いのでは?」


男の子は驚いたみたいで目を見開いている。

何か変なこと言ったかな?

数分沈黙が流れた後、男の子が再起動したみたいで、動き出した。


「そなた、あれが何かを分かっているのか?春日大社の御神木だぞ。手に取るだけでどんな祟りがあることか。」


「でも、あのまま放置しているほうが祟られそうじゃないですか。僕が持ちますのでこの辺にお祀り出来そうな社などありませんか?」


「あそこに観音堂がある。そこまで言うのであれば移動しようか。確かにここに放置していても祟られそうだしな。」


「時春。きれいな布を持ってきてくれ。御神木をくるんで移動させる。」


「はっ でも九郎様、祟られないのでしょうか?」


「大丈夫だ。こんなところに放置しておくほうが後々祟られそうだしな。」


僕は隈部時春が持ってきてくれた白い布に御神木を包み、男の子の後を付いていった。

雪や幸春も後をついてきている。雪はちょっと狼狽えて居るが、幸春は状況が分かったうえで、僕がトラブルをどうやって解決するのか興味津々といった感じでついてきているのがちょっとムカつく。

御神木がどういうものかを分かっていたなら先に助言してくれてもいいじゃない。

僕の後ろには多くの民がぞろぞろとついてくる。どうやら御神木がどうなるのかに興味津々の様だ。

男の子はすぐそばにあった観音堂に案内すると扉を開けてくれた。

僕は御神木をもったまま観音堂の奥まで入り、観音様の横に御神木を安置した。

男の子や雪、時春等と付いてきた民と一緒に観音様と御神木にお参りした後、観音堂を出でいった。

観音堂を出たところで、男の子と別れようとしたが男の子に引き留められた。


「まず、礼を言わせてくれ。あのまま御神木を放置していたらあの糞坊主共の要求を帝が聞き入れるしかなくなるところであった。助かった。

僕は、|日野阿新丸<<ひの くまわかまる>>。|日野資朝<<ひの すけとも>>の子だ。」


「私は、肥後菊池郡 菊池武時の子で菊池九郎と申します。」


「そなたが、菊池九郎か。叔父の日野俊基から聞いておる。なんでも帝直々に官位を授けるための使者を送ったそうだな。」


あれ?禅恵様って文観様のお弟子さんじゃなかったっけ?後醍醐天皇の側近からの呼び出しって天皇直の呼び出しと同格なんだっけ?

まぁいいや。話を合わせておこう。


「身に余る有難きことにございます。それで阿新丸様は、どのようなご用件であそこにいらっしゃったのですか?」


「僕か。僕は帝が頭を悩ませている強訴をどうにかできないかと思いあの場にいた。結局何もできなかったがな。」


「そんなことはありませんよ。阿新丸様があそこで僧と交渉なさったからこそ、僧があの場から立ち去ったり、私とこうして御神木を観音堂へお祀りすることが出来たのではありませんか。すべて阿新丸様の行動が引き金になっているのですよ。」


「そうか。そう言ってもらえると嬉しいな。そうだ、九郎。お主はどこに泊っているのだ。」


「私共は禅恵様のご紹介で真言宗の宿坊に泊めていただけることになっています。」


「そうか。礼もしたいのでそのうち向かおう。僕は3条の屋敷に居るので何かあれば頼って来ると良い。大した力はないが出来る限りの事はしよう。」


「ありがとうございます。」


阿新丸様と話していると刀を持った武士と女性が阿新丸様と僕の間に入ってきた。


「無礼者。このお方は日野資朝様のご子息、阿新丸様であるぞ。頭が高い。控えろ。」


ごちん

尺の横でぶったくとは・・・ 良い音したなぁ。阿新丸様 遠慮がないなぁ。


「こら 新右衛門。僕の恩人に無礼を働くな。すまぬの 九郎。新右衛門は忠誠心は強いのだが、先走りが過ぎるのが欠点でな。」


阿新丸様は、困った顔でこちらに謝ってきた。


「お気になさらずに。まずは主の身を守るとは良い配下ではありませんか。」


僕は面白かったので笑いながら答えてしまった。


「無礼者。阿新丸様になんという口のきき・・・」


ごちん

あっ 新左衛門が蹲ってる。

こりゃ 痛そうだなぁ。


「重ね重ねすまぬな。」


「いえいえ、お気になさらずに。お迎えも来られたようですし、今日はこの辺で。」


「そうじゃの。また宿坊へ寄らせてもらおう。」


「それでは失礼いたします。」


僕はお辞儀をし、阿新丸様を見送った。

見送っているときにも阿新丸様は、新右衛門殿から小言を言われているようだった。

言われている内容が少し聞こえたが、阿新丸様は屋敷を抜け出してここに来ていたようであった。

そりゃぁ、怒られるよねぇ。

宿坊に来るって言ってたけど、その時も抜け出してくるのかな。

こっちにも被害(小言)が来なけりゃいいけどなぁ。

そう思いながら阿新丸様と新右衛門殿が小さくなるまで見送るのであった。



※※※※※※※※※ 宿坊 ※※※※※※※※※



狸谷山不動院の宿坊を今回の宿泊施設として提供してくれる事になっている。

なんでもこのお寺は桓武天皇が鬼門封じの為に作り、現在は修業をするための修験僧達が宿泊する施設らしい。

御本尊は、不動明王だそうだ。

不動明王って片手に剣を持ってる仏様だよね。僕個人的には強そうだから好きなんだよね。

おっと無礼なことを考えていないで御本尊にお参りしなくちゃ。

といっても中には入れないので、寺の外から手を合わせるだけなんだけどね。


とりあえず泊る所も確保したし、調理場も好きに使ってよいと言われているし、晩御飯を食べたら今日は休もう。

明日からまた禅恵様から礼儀作法を学ばなきゃだしね。

今日ぐらいはゆっくりしようっと。

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