5話 野盗

※※※※※※※※※ 1226年初冬 謁見の間 ※※※※※※※※※


秋も深まり、ほぼ冬になろうかというところで親父に呼ばれた。

呼ばれたといっても親父殿が豊田に来ているときにだが。


「九郎 治水の案ができたそうだな。見せてみよ。」


「はい、茜 地図を持ってきて。」


僕は、親父殿に地図を見せながら説明した。


「父上が要望された通りの順番でほぼ問題ございません。嘉島村周辺は川が集まる難所となるため、特に合流地点の北側は空池を掘り、川があふれた時の緩衝地とし、本格的な整備は後回しにしたいと考えます。

 この計画の完了には早くて3年、野分を考慮すると5年かかる予定です。」


「うむ。見事じゃ。

ところでのう、九郎。費用はもちっとまからんのか。治水費用を負担できない領主が多くて困っているのだ。」


「無理でございます。いまでも私には利益はありませんし。」


「そうじゃ、銭を出した分だけお前にも領地を任せよう。年貢は折半でどうじゃ。」


「頂ける領地について選ばせていただけるのであれば受けましょう。」


「しっかりしておるの。まあ良い。決まりだ。励めよ。」


「承知しました。」


領地をもらえるならまぁいいか。田んぼが増えればやりたいことができるようになるしね。

治水に関しては設計が終わっているから茜に丸投げできるし、よっぽど揉めない限り僕の出番はないでしょう。

段々、寺子屋卒業者や流れ者の工作班見習いが増えてきたから、経験者に見習いを付けて働かせていけば、工作班全体の技量も上がるはずだしね。


・・・・・


と思っていた自分をぶん殴りたい。


親父殿からの書状によると増えた耕作地の管理を全てやれと、その上で年貢は折半だと言ってきた。

僕は、必要経費を除いた残りを折半だと返したら、それで良いから頼んだとまさかの返事。

さらに親父殿の銭で人を寄こせと言ったら、親父殿からの命令で赤星 三郎あかほしさぶろう隈部 千住丸くまべせんじゅまるなど重臣の一族の3男坊以下が5名、その家臣が10名送られてきた。

送られてきたんだが、こいつら名前を見たらわかる通り元服前の9歳~12歳の小僧で文字は書けるけど算術はできない。

文字は書けるんだから半年後までに算術を覚えて来いと命令し、寺子屋に放り込むことにした

開墾計画には間に合わないけど来年の収穫までに一人前に育てないと僕が過労死する。


まあ問題は多いけど一つづつ勝たずけるとして、このまま開墾すると米の生産量が一気に上がるから米が余るな。

米余りで売値が下がると困るから、米から焼酎でも作ろうかな。

この時代って焼酎の走りみたいなのがあるだけど雑菌が繁殖するのか腐って酢みたいになることが多いんだよね。

これを改良すれば売れるはず。


他にも筑前の方に行けば日本酒っぽいものもあるそうなので金吾に言って来てくれる杜氏を探してもらおう。

主流はどぶろくらしいから澄酒にすれば博多で売れるでしょ。


よし、親父殿に相談して山側で川が近くにある寂れた土地を褒美の一部として貰おう。



※※※※※※※※※ 1227年 冬 ※※※※※※※※※


河川工事は順調に進んでいる。

僕のすることなんて土地の区分けの仲裁、それも現場で片が付く小さい者ばかり。少し大きい案件は、御爺様それでも駄目なら親父殿が行っているので僕に回ってくることはほとんどない。


今年も野分は数回来たが前年ほど大きなものはなく想定以上に大きな河川の氾濫は発生しなかった。

そのため菊池領全体が豊作となっている。


特に豊田は大豊作で十年に1度の大豊作と言われている。僕の発案で収穫祭を近隣の村と一緒に大々的に行う予定である。

屋台なんてものはないので、今から準備しなきゃ。

また、周りも豊作なのでコメ価格が暴落しないように余った米も買い込んで貯めておくための蔵を作った。

親父殿と折半で菊池領の米価格が暴落しないように購入することになっている。

この米を使って新しく作った砦内の酒蔵で日本酒研究と焼酎作りを始めていることにしている。

将来的には、蒸留装置を研究してウイスキーも作りたいね。


そんなこんなで冬が深まっていったある日のこと。

その日も御爺様と今年の決算と来年の予算について話し合っていた。

昼過ぎになってそこへ一人の武士がドタドタと駆け込んできた。


「殿、隣村に野盗が現れたとのこと。数が多いので援助してほしいと。ここに文が。」


御爺様は黙って受け取り、文を読むと徐に立ち上がった。


「ワシは兵を率いて出てくる。九郎は、村の者達に注意を促し、その後は村の警戒を頼む。」


「承知しました。お気をつけて。」


・・・・・・・


御爺様は、大急ぎで兵を取り纏め出て行った。

僕は、村へ伝令を出すと同時に城隆俊に長屋で休んでいた工作班を率いてもらい村の警戒に当たってもらった。

それと共に各地に散らばっている工作班を最低限の人数を残して呼び戻す様に手配した。


半時後、工作班の一人が屋敷に飛び込んできた。


「若 村の南より人影が向かっているとのこと。野盗かどうかは分かっていません。」


「うむ。城 兵を連れて僕と一緒に見に行こう。隈部は、屋敷を頼む。」


「はっ」


僕は、城隆俊、茜、藤と20人の工作班を引き連れ人影があるという場所へ向かっていった。

隈部、秋は、屋敷の警護のためお留守番だ。

残っている工作班と戻ってくる予定の工作班の取りまとめをして欲しい。


「若 確かに何者かがこちらに向かってきておりますな。誰か物見は出しているのか?」


「小助がでております。」


小助というのは、工作班の中でも身軽ですばしっこい者らしい。

僕が忍びが欲しいと言ったら藤と秋が詳しく聞いてきて、工事班の中からすばしっこいもの目端の利くものを集めて情報を取る班を作っているらしい。

他にも話術の上手いものはどうやら金吾と連携して油売りの真似事をし、その土地の情報を収集しているようだ。

そんなことを工作班の頭から聞いていると小助が戻ってきた。


「頭 向かっているのは女と子供ばかりです。どうやら逃げてきたようです。」


「追われているのか?」


「いえ、追っては見えませんでしたが、何かに怯えているようで後ろを振り返りながら進んでいました。」


「そうか。では、僕達も向かおう。茜、藤、工作班を連れて先に行き、逃げている民を保護しろ。僕たちは怯えさせないようにゆっくりと向かう。」


「「承知しました。」」


僕は、ゆっくりと体制を整え、前進することにした。


保護して事情を聞いてみると1里程(4Km)ほど南の村が野盗に襲われ、逃げてきたとのこと。

名主と村の男たちが野盗と戦っているはずだとのことであった。


「隆俊 その村に向かうぞ。小助に偵察させよ。」


「承知しました。小助、任せたぞ。」


僕は小助他数名を先行させ、村の様子と野盗の人数を把握しつつ村に向かうこととした。


・・・・・


村が見えてこようかというところで小助が戻ってきた。

小助が言うには、村はまだ戦っているが、野盗が優勢で村人達は名主の館に籠って応戦しているらしい。

野盗の人数は多く見ても20人程だそうだ。

敵は、特に見張りは置いていないらしい。

名主の館の周りは取り壊されており、見晴らしはいいが、唯一こちらから名主の館に向かえば奇襲ができそうとのことであった。


「しかし、僕らと同じ数かぁ。茜に援軍を連れてきてもらおうかなぁ。だけどそれまで館が持かも分からないし・・・」


パカラッ、パカラッ 後ろから馬が近づいてきている音が聞こえてきた。

何だろうと振り返ると遠くから騎馬隊が近づいて来ているのみえる。後ろからだと味方かな。御爺様ではなさそうだ。

警戒しながら看ていると、近づいてきた騎馬武者のうち一番身なりの良い武者が声を発した。


「我 一色義道参上。困っておるようだの。我が来たからにはもう大丈夫だ。我と我が騎馬隊20名で敵を蹴散らしてくれようぞ。」


???僕が戸惑っていると義道殿の近習が状況を教えてくれた。

どうやら御爺様が一色家に援軍要請しており、当主自ら騎馬隊を率いて援軍に駆けつけてくれたということみたいだ。


僕は義道殿と相談し、豊田隊が弓を放った後に一色騎馬隊が反対側から仕掛ける。騎馬隊に続いて隆俊率いる抜刀隊が切り込むこととなった。



「よし、進むぞ。音をなるべく立てないようにし、近づいたのち、弓を射るぞ。その後は、隆俊任せた。」


「はっ」


僕たちは音を立てないように気を付けて前進した。


「よし、弓を取れ。・・・ 放て~」


まずは部隊全員で矢を放つ。ある程度弓を放ち、敵がこちらへ向かおうとした時に一色騎馬隊が突撃していった。


敵は、弓の奇襲で慌てていたところに騎馬隊が突っ込んだので戦意を失って逃げ始めた。


そこに隆俊を先頭に抜刀隊10名が切り込んでいった。

敵はというと死んだものは少なそうだが、ほとんどが何かしらの手傷を追っているようだ。

一色殿、隆俊達が大声で豊田からの援軍であることを叫んでいる為、館の中からも数人出てきて野盗と対峙し始めた。

ほどなくして野盗は降伏した。

その中でも立派な鎧を着た数名の武士は血路を開こうとしてきたが、一色殿にあっさりと捕縛されていた。


・・・・・・


立派な鎧を着た武将が目の前にいる。

隆俊達が尋問したのか所々服が破れている。


「拙者 小早川こばやかわ 源次郎宗頼げんじろうむねよりと申す。八代の八千把村やちわむらの領主をしておるが、今年も不作で年貢として出せる米がなく、地頭の藤原殿と相談しておりました。

しかし、藤原様からは例年通りの年貢を出すことを要求され、足りないのなら豊作になっている宇土郡や益城郡から奪って来いと言われ、藤原殿に兵を借りて遠征した次第です。」


八代の地は鎮西探題である執権である北条一族の領地となっており北条から派遣された地頭が納めている。

土地を取りまとめる地頭が酷いらしい。


「その藤原とやらは、今どうしているのだ。」


「多分 屋敷で我らの帰りを待っていると思います。」


「屋敷?出張ってはおらんのか?」


「藤原殿は、基本的に動きません。我らを使うのみです。」


いたなぁ そんな上司。形は違えど昔からいるんだなぁ・・・


「小早川、藤原某はどこに居を構えている?」


「鏡村に居を構えております。」


「一色殿、どうしましょう?」


「我らに攻めてきたことを後悔させてやろうぞ。八代は執権北条家の領地であるからここで引くと後で難癖を付けられるかもしれん。北条家が出てこれないようにするためにも件の地頭を懲らしめておく必要があるだろう。」


「そうですね。よし、我らの領地を侵略するとどうなるか、思い知らせてやる。藤、豊田に戻って油筒と火縄を取ってこい。

また、秋に親父殿にこのことを訴える手紙を書くように伝えてくれ。

茜は御爺様にこのことを伝え、判断を仰げ。

急げよ。」


「はいっ」


さてどうしようかな。とりあえず情報収集だ。

小助他に現地の地形や屋敷の立っている場所などを調べてもらおう。


小早川達は蔵に閉じ込めて工作班に見張りをさせよう。

この村の者に任せるのは、小早川達に危害を加えそうでちょっと怖い。

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