4話 野分
※※※※※※※※※ 半月後 ※※※※※※※※※
「図面の変更が終わりましたよ。」
茜が図面を持ってやってきた。
茜というのは寺子屋の卒業生で僕の従者だ。
主に治水と農業関係を担当してもらっている。
「うん。良くできてるね。この内容で作業を進めよう。皆にそう伝えてくれ。」
「承知しました。さっそく作業に入ります。ところで九郎様。今年からはへちまが順調に育っているとか。堤が完成したご褒美に少し頂くことは出来ませんか?」
「んっ?良いぞ。長屋で育てている分であれば、売る予定はないので使ってよいよ。」
「「茜だけずる~い。私にも下さい。」」
奥に控えていた藤と秋が口を挟んできた。
藤と秋も寺子屋出身で、藤は主に商業・会計担当、秋は主に
へちまは、今のところ順調に売れているので、村の収入として各家の軒先に植えさせている。
特に工夫もないし、まぁ数年で真似されて売れなくなるんだろうけど。
「茜に一旦渡すので茜と話して決めてくれ。」
「「承知しました。あかね 後でね」」(ニッコリ)
「えぇ、そんなぁ・・・ 九郎様ぁ ヒドイ」
僕は、にこやかな笑みを浮かべて誤魔化すことにした。
※※※※※※※※※ 半刻後 書斎 ※※※※※※※※※
「九郎、聞きましたよ。今年はへちまが多くできているそうではないですか。私の分もあるのでしょうね。」
あまり意識していなかったが、肌がきれいになるということで女性陣に大人気らしい。確かに金吾もよく売れると言っていたなぁ。
「これは母上。へちまなら領内の分は茜が管理することになっておりますので、茜に聞いてください。」
「そうですか。ではさっそく茜に確認しなくては・・・」
しずしずしず
行ったか。これからは争いになりそうな品物は全てあの3人に任せることにしよう。差し当って、石鹸などは藤が担当かな。
「藤、これから石鹸関係の領内分はお前が担当な。」
「えぇ~。それは無いですよぅ。何かあったら茜みたいになるんでしょ。全部 茜でいいじゃないですかぁ。」
「化粧品関係は茜、生活必需品関係は藤、食品関係は秋とする。今決めたからよろしくね。」
「食品関係って何があるんですか?」
秋が尋ねてきた。
「今はないよ。いずれ出てきたときに備えてね。」
「何か怖いですけど、分かりました。茜たちよりましそうなので。」
とりあえず何かあっても僕には来ないようにしておかないとね。
・・・・・・・・・・・・・・
「九郎様。ヒドイじゃないですか。豊の方様にだいぶさし上げることになってしまいました。」
夕刻になって茜がクレームを入れてきた。
「僕が母上に勝てるわけないだろう。茜がうまいことやってよ。」
「豊の方様にはお世話になっていますから、私も頭が上がりません。ここは九郎様がびしっと言って頂かないと。」
「分かった。茜 諦めろ。」
「私にびしっと言わないで下さい!!!」
「まぁまぁ。屋敷の分も自分たち様に使っていいからうまく配分してくれ。」
「はぁ 分かりました・・・」
※※※※※※※※※ 3月後 ※※※※※※※※※
「やっと堤が出来たなぁ。工作班の皆の褒美に宴会を開こう。秋、料理、酒などを用意してくれ。」
「承知しました。金吾殿に依頼してさっそく準備します。」
細部の作り込みはもうちょっとかかるけど堤としては完成だろう。
これで水か抜けたところから開墾が出来るぞ。さっそく茜に設計させよう。
どうせだから四角い田んぼにして正条植えをするようにしよう。
そっちは秋に任せようかな。
まぁこれから秋にかけては刈り入れが始まるから開墾は冬から開始になるだろうけど。
※※※※※※※※※ 一色 義道 ※※※※※※※※※
隣の坊主が作った堤が完成したらしいとの噂を聞いて見に行ってきた。
見た感じは、ちょっと堤を後ろに下げたり、上流側へ水路を掘ったりしただけに見える。
これならうちの堤と大して変わるまい。こんなものに多額の費用をかけようなんて子供だな。
余りいじめると母上がうるさいし、野分の時期に被害が出たら少しは手伝ってやろうかな。
※※※※※※※※※ 1226年 秋 ※※※※※※※※※
そろそろ稲刈りの季節だ。
今年からの取り組みとして立候補した農家に油の搾りかすを使った肥料を使ってもらっている。
万が一、不作になった場合は僕のポケットマネーで保証する予定だ。
今のところは他の田と比べてみても明らかに順調に育っている。
この分だと問題もなく収穫できそうである。
今日は、ちょっと心配なことがある。秋だというのに妙に蒸し暑い。村の長老が言うにはこういう日の数日後に野分(台風)が来ることが多いのだとか。
まだ、稲を刈るには早いのでもうちょっと待ってもらいたいものだ。
※※※※※※※※※ 数日後 ※※※※※※※※※
段々、風が強くなってきている。
とうとう野分が来そうだ。
堤は完成したが、この野分に耐えられるかで、父上への印象が異なるのでぜひとも乗り越えたい。
僕は1両日、祈るような気持ちで屋敷の中で過ごした。
そして野分が通り過ぎた。
・・・・・・・・・・・・
御爺様は夜明けとともに領内を一回りしてきたようだ。何か所かは川の土手が削れているが決壊している個所はないらしい。
今回の規模の野分で氾濫しなかったのは初めてだそうだ。
僕も日が明けると秋と隈部を供に村と堤の様子を見に行った。
村の家が何件か破損していたところはあったが、堤に大きく崩れているところはなかった。
これなら軽い修繕で済むだろう。
稲の方は風によって倒れた田があったようで、動けるものは総出で稲起こしをするとのこと。
工作班も使いたいと言われたので藤と共に送り出すことにした。
本来は工作班は茜が担当だが、茜には堤の修復案を作ってもらわないといけないからね。
一月以内に野分がもう一回来たが、豊田の荘は水害に見舞われることなく乗り切ることが出来た。
もうすぐ稲刈りだ。
2回目の野分の数日後、親父が視察に来たと連絡があった。
なんでも堤が壊れていないことが菊池領で話題になっているようだ。
「おう、九郎。待っておったぞ。」
「父上、お呼びでしょうか?」
「今回の水害は、酷いものだ。特にここの下流の宇土と川向こうの嘉島村の南が酷い。
今年の収穫はほぼ無理だ。ワシの方で援助せねば年が越せぬかもしれん。
豊田の荘は、水害もなく豊作になりそうだと聞いたぞ。どうやったら水害を防げたのだ?」
僕は、図面を持ってこさせて説明した。
「ほう 良くできておるのぉ。これは、他の場所でも通用するのか?」
「いえ。川の様子により変更する必要があります。ご希望であれば作業の見積りをしますよ。」
「そうだの。ぞれぞれの領主に聞いてみよう。何か必要な物はあるか?」
「そうですね。他の川も治水するとなると人手が足りません。農民達に賦役を担わせることはもちろんですが、農民達を指導する人が足りません。
寺の小坊主や武家の3男以下の部屋住で真面目そうな者を私の部下としていただけませんか。
30人くらいまでで10人ほどは読み書きが得意な者をお願いします。
そうすれば3月程度で治水に着手できるようになると思います。」
「ううむ、ようもまぁ。武辺者は集まると思うが、読み書きが得意な者か・・・ まあいい、募ってみよう。」
1週間後には、総勢40人、そのうち読み書きができる者が20人ほどあつまった。
というか力はあるが戦働きが苦手で部屋済みしていた者や寺に入れられて居た者が多く集められたらしい。
武士の家庭って切った張った上等って人ばかりのイメージだったが、こういう人もいるんだね。
戦働きできない人はよっぽど凄い人じゃないと歴史に名が残らないから分からないんだろうか。
加藤清正公が作ったといわれる清正堤も大木某などの提案により作られているらしいしね。
真面目そうな人が多いから明日からしっかり勉強してもらおう。
※※※※※※※※※ 一色 義道 ※※※※※※※※※
菊池様より堤の改造についての話が来た。
今回の野分で豊田に被害が出なかったので、領内に豊田の堤を真似た堤を作るそうだ。
村で費用が出せない場合は、菊池様が費用を負担してくれるが、新たに開墾した田畑は菊池様の物になるらしい。
私としては費用を捻出したいが今回の被害でとても全ては出せん。
母上は、夏の坊主の提案を聞いておけばよかったのにと言っているが、
どうにかできないものか・・・
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