第12話 リオのあせり

マーゴの予想通りだった。


おそるおそる開けてみると、それはすばらしいドレスだった。


美しい青緑色のドレスで、しかもそれに合う宝飾品まで付いていた。


真ん中に青い宝石が付いている。


「全部、ハリソン商会のもので! しかも下着から靴まで!」


侯爵家を名乗るような家の中でも、相当裕福な家の娘でなければ、こんなドレスは着ないだろう。


アッシュフォード子爵……


一体誰なのだろう。


「学園で噂は聞かなかったのですか?」


「今日はそんな雰囲気がなくて……」


リオが女生徒から大人気だったことを話すと、マーゴの眉の間には、またシワがよった。


「確かに。出世街道爆進中で、男前だと言うならそうなるかも知れませんね」


一瞬、シエナはリオが贈り主かも知れないと思ったが、すぐに打ち消した。


あり得ない。


シエナにお小遣いくらいならあげられるよと冗談めかして言っていたが、このドレスは、特待生のお小遣いなんかで買えるような値段ではない。


突然、マーゴがハッとしたように言い出した。


「お嬢様、この話は絶対に伯爵様にしてはいけません」


シエナもマーゴの顔を見た。どう言う意味か、すぐにわかった。


「お父さまに見つかったら、全部売られてしまうわ!」


「隠しておきましょう。伯爵様に取られてしまうのはダメです。だって、責任はお嬢様にかかって来てしまいますもの」


ドレスだけではない。


この宝石はどう解釈したらいいのだろう。


「とてもきれい」


見たこともない輝きを放つ宝石は、シエナの好みにぴったりだった。


青は冷たい色なのかもしれなかったが、まるで中で炎が揺らめいているかのようだった。


シエナに宝石の値段はわからない。持ったことがないからだ。それはかわいらしいデザインで若い娘にぴったりだったが、多分、とても上質の宝石を使っているのだろう。




翌日、学園に行ったシエナは、毒々しい目つきのカーラ嬢に会った。


シエナとしては絶対に会いたくない相手だった。出来れば一生会わなくていい。


なのに、復活二日目に会ってしまうということは、どうやら、カーラ嬢はシエナを探していたらしかった。



「厚かましいわね。あなたの正体がバレたのに、まだ、学園に来るだなんて。とっくに学園は辞めたと思っていたわ」


「辞めませんわ」


シエナは言い返した。


「そんなにジョージに未練があるの。でも、残念ね。ゴア家は、婚約解消を申し出たそうよ?」


「なぜ、関係のないあなたがそんなことを知っているの?」


急にカーラ嬢は真っ赤になって怒り出した。関係ないと言われたことに腹を立てたらしい。


「関係がないのはあなたの方よ。今後、ジョージと関係するのは私の方ですからね! ジョージのお母様にもあなたの有り様を、細かく教えて差し上げましたのよ! どんなにみすぼらしい恰好だったか。伯爵家は窮乏しているに違いないって」


なるほど、そう言うことか。


シエナは納得した。


ゴア家からの婚約解消の連絡が早すぎた。


ダンスパーティのレッスンのあと、すぐに早便で出したにしても、反応が早すぎる。


カーラ嬢はどこかで伯爵家の窮乏ぶりを知って、ゴア家に教えたのだ。


伯爵家が借金まみれになっていて、そんな家の娘と結婚しようものなら、共倒れだと伝えたのだろう。


「貧乏貴族は大勢いるけど、あばずれ娘のせいで没落するだなんて、恥もいいところだわ。しかも、二人ともよ」


カーラ嬢は憎々し気に言い放った。


「私はちゃんとした娘なのよ。あなたみたいな節操のない人間とは違います。もう、二度と話しかけないで!」






◇◇◇◇


これより数ヶ月前……


リオは剣の先生のモリスから、絶対に騎士学校を受けるように勧められていた。


「リオ! お前には才能がある」


モリスは、リオと剣を交えるたびに、そう言うようになった。


「そりゃな、ちっこい頃は誉めなかったよ。自惚うぬぼれたって、ちっともいいこと、ないからな。だけど、今のお前は俺を超えちまった」


リオはちょっとめんどくさそうだった。


「その話、何度目だよ?」


「ちっともお前が聞かないからだ!」


モリスは怒鳴った。


「だってー……」


リオは遠くから見たら、ただの村人にしか見えなかった。誰でも着ているような茶色の上着に同じような色のズボン。


いつも剣を腰にぶら下げていて、それらしい格好をしているモリスは立派な剣士に見える。


だが、いざ、打ち合いになるとモリスは簡単に負けてしまうのだ。


「惜しい」


「でも、本当に金がないんだ。王都に出るだなんて無理だ」


「だから言っただろう! 俺だって若い頃、騎士学校を受けて騎士になったんだ。そのおかげでケガをして引退した今でも、なんとか暮らしていける。お前だって、伯爵家に頼るわけにはいかないんだろう?」


リオは黙った。





シエナと違って、リオは伯爵家に引き取られた時のことを鮮明に覚えていた。


両親が死んだとき、リオは幼すぎて、事態がよく呑み込めていなかった。


伯父の使いだと言う人物がやってきて、彼を屋敷から連れ出し、リーズ家の古ぼけた田舎の屋敷に連れて行った。


両親の家より、ずっと貧しそうで、リオは嫌だった。


リーズ家の屋敷に連れてこられた時に、一度だけ会ったことがあるが、伯爵も伯爵夫人も陰気そうな人たちだと思った。なんとなく覇気がない。


「まあ、自分の家だと思って」


二人はそんなことを言って、自分たちは王都の屋敷に帰って行った。


リオは呆然とした。


これまでずっと誰かに世話をしてもらっていたのだ。今は誰もいないらしかった。



だが、その時軽い足音がして、幼い少女が現れた。


そこらがぱあっと明るくなった気がした。


「リオね?私の弟ね?」


違う。リオは従兄だ。だけど、リオは言い出せなかった。


だって彼女はそのままリオをの手を握ると走り出したからだ。


「私、弟か妹が欲しかったの。これまで私が一番年下だったんですもの。リオって言うの? とっても可愛いのね」


可愛いのは少女の方だった。ふさふさした輝く髪と、小さい整った目鼻、そして、ビックリするほど大きな目とまつげだった。


「君の方がかわいいよ」


やっとのことでリオは言葉を口から出したが、大声で笑われてしまった。


「生意気。私より小さいのに」


それは本当だった。

このくらいの年頃の頃、女の子の成長の方が早いので、彼女はリオより背が高かった。すぐに追い抜いてしまったけれど。


多分これが誤解を生む原因だったのだろう。だが、リオは弟の地位に甘んじた。


と言うか、ぜひ弟でいたかった。一緒に外に出られたし、カビの生えたような本がギッシリ詰まった図書館で本も勉強した。

今の伯爵夫妻と違って、伯爵家の先祖は、なかなか博識だったらしい。

惜しむらくは、最近の本がないことだった。


女の子の遊び以外にも、近所の引退騎士のモリスが剣のけいこをつけてくれたが、シエナは大人しく見学しに来て、いつもリオを応援してくれた。


モリスはリオの素質を見抜いて、たびたび騎士学校の受験を勧めたがリオはなかなかうんと言わなかった。



だが、シエナの学園行きが決まった日、彼は誰にも言わず……モリスにすら言わず、試験を申し込んだ。


そしてモリスに借金を申し込んだ。試験を受けに王都に行く費用がいるのだ。あれほどまでに他人に借りを作るのを嫌った、プライドの高い男がモリスに頭を下げて、出世払いでと頼み込んだのだ。


モリスはあっけにとられた。


だが、同時に意味を悟った。


仲が良すぎるとは思っていた。


そしてシエナの方は、そんなつもりなんかなかったのだろう。


彼女はリオのことをかわいい弟だと信じていたのだから。



「リオーッ」


別れ際、馬車からシエナは手を振った。


「一年したら帰ってくるからねー」


でも、その時、シエナは隣の領主の花嫁になる。


手を振り返しながら、リオは胸が潰れる思いだった。



リオと言う男が、何かを一度決めたというなら、それは誰も変更できなかった。


彼は借りたお金で、一番安い馬車に乗り、王都に向かった。


「伯爵なんかには黙っておけばいい」



結果が返って来るまでは、さすがのリオも口数が少なくなっていた。


結果の封筒は、伯爵家ではなく、モリスの家に届くことになっていた。リオは、伯爵にこのことを知られたくなかったのである。


モリスだってドキドキだった。


リオは、実技は問題ないと言っていた。だが、学科は、まあ手ごたえはあったかなと言っただけだったからだ。出来がどうだったのか、よくわからない。


モリスはリオの剣の腕前や、乗馬の技術は熟知していたから、絶対合格ラインには達していると思っていた。


だが、リオが目指しているのは、特待生枠だ。


学費もタダ、生活費まで、面倒を見てくれるという。



特待生枠と普通の騎士学校の枠は、別々の定員だ。

もちろん、併願も可能なのだが、難易度が違う。


リオは併願ではなかった。


彼に選択肢はなかったのだ。


かなりの激戦は覚悟していた。


「ダメなら来年受ければいい」


モリスはそう思っていた。


リオは、絶対、今年受かるつもりらしいが、人生の先輩であるモリスはもっと長い目で見ていた。


リオは、こんなところで農夫の真似をして終わる男じゃない。


農夫なら村の長になるだろう。

だけど、領主が蓋をする。

そして、彼は元々は貴族の家の出身、王都に出て、学校に行けさえすれば、こんな田舎のクソ領主なんか手も届かない高みにまで登っていけるはずだ。


「今年がダメなら来年、来年がダメならその次がある」


モリスはジョッキ片手につぶやいた。

人の家の子どものことなのに、悶々としていた。

酒の量が増えたと妻から叱られている。


郵便には死ぬほど驚かされた。


「モリス! リオ宛に手紙が来てるぜ」


「おおっ、なんで今時分? いつもより随分早い……」


「午後から用があるのさ。だから早めに配達を済ませて……」


だが、自分から尋ねたことなのに、モリスは聞いちゃいなかった。


郵便配達が差し出した封書の厚み……厚い!


不合格なら、薄っぺらの一枚が入っているだけのはず。


手が震え、血の気が失せたような気さえする。

合格だ。

間違いない。


モリスはあっけに取られている郵便配達を放っておいて、力の限り走り出した。


「リオーーーー!」













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