第11話 リオ、ターゲットになる
「リオ様に会ったのですか?」
マーゴが驚愕した。
どうしてそんなに驚くのかしら?
「今、リオ様はどうなさっているのです?」
「騎士学校で特待生になったって言ってたわ」
「えええっ? それはすごい!」
「リオは優秀ですもの。それくらいなったっておかしくないわ」
「でも、シエナ様はご存じないかもしれませんが、騎士学校の特待生はものすごい難易度なんですよ?」
「そうなの?」
生まれてこの方、騎士学校を受けようなんて考えたこともなかったシエナは無邪気に尋ねた。
「そりゃあ……特待生で入学を許可されるだなんて、武芸も一流で学力も貴族学園のトップ並みでなければ無理です」
シエナは目を見張った。
「受験資格に貴族も平民もないのですから。地方住みの平民にとっては、中央で出世できる唯一の道です。全国の秀才が死に物狂いで受けに来ます。受験できる人の数が違います」
シエナは呆然としてマーゴの話を聞いていた。
「その中で全額支援を受けられる特待生になったんでしょう。上から十人もいないんじゃないですか。すごいことです」
「リオはそんな話全然してなかったけど」
「もう将来は確約されたようなものですよ」
マーゴは少し怒ったように言った。
「一体、シエナ様とは何のお話をされていたのですか?」
シエナはハッと思いだした。
「困ったわ。リオは、ダンスパーティのパートナーをしてほしいと言ってきたの」
マーゴは大きく目を見張った。
しばらく黙ってシエナの顔を見つめていたが、ため息をついて言った。
「シエナ様、でも、それ断らなくてはいけないかもしれませんよ?」
「そうね」
姉弟で踊るなんておかしいものねとシエナは言った。
「それにリオなら、きっと引く手あまただわ」
マーゴはムッとした顔をした。
「違いますよ、お嬢様」
なんなのかと思ったら、マーゴに一喝された。
「ドレスですよ、ドレス。パーティ用のドレスなんかあるはずないでしょ?」
シエナは自分のバカさ加減に呆然とした。
そうだ。あれほど着ていくもので苦労したのだ。
ダンスパーティ用のドレスは、学園行きの外出着どころではない。
もっとずっとお金がかかる。
「さっそく、断りの手紙を書かなきゃ」
翌日、大興奮のイライザ嬢は騎士学校の生徒の一覧を作り上げていた。
どこから手に入れたのかしら。
イライザ嬢の周りには、アマンダ嬢だけではなくて何人もの生徒が……女生徒が、すごく熱心な目つきで集まっていた。
「昨日、来なかった生徒も調べ上げたんです」
イライザ嬢は、大注目を浴びて嬉し恥ずかし状態だ。
「騎士学校の生徒は全部で一学年八十名。貴族学園は五十人くらいですから、騎士学校の方が人数は多いのですが、うち貴族は二十名程度です。でも騎士候補生の方たちは、成績次第で平民だろうが何だろうが出世できますし、今回のダンスパーティ参加者は全員十六歳以上、すなわち十分に我々のターゲット層です」
凄い。詳しい。しかも、目的がよくわかる……いや、ロコツだ。
一覧表は乙女たちの熱のこもった視線で、焼ききれそう。
「トップ入学は、リオネール・リーズ。つまりシエナ嬢の弟です」
「すごいわ、シエナ!」
誰かが叫んだ。
「弟ですから、シエナ嬢のターゲットにはなりません」
イライザ嬢が宣言した。
みんなが優しくシエナを見つめた。
姉は完全な安全パイ。
シエナからあの美青年のリオを紹介してもらうこともできる。
「その上、シエナ嬢の弟のリオ様を通じて、騎士学校の生徒を紹介してもらうことも可能なのです」
「わかるわ!」
全員大乗り気である。
「当然、貴族階級なのか平民なのか。それから見込みがありそうとか、そんな問題も伝手をたどれば、ターゲットを絞り放題」
「やるわね、イライザ」
「ダンスパーティまでに下調べは完ぺきに。準備は慎重に」
全員がハゲタカの目で、シエナを見つめていた。超怖い。
「もちろん、皆さま会員手数料を準備してくださいね」
「わかってますわ」
全員が当然だとばかりうなずいた。え? 会員手数料? 何の話? リオを
「競りなんかじゃありません。公明正大な戦いです」
戦いなの?
シエナだけが付いていけなくて、オタオタしていた。
「誰があのお美しいリオ様をゲットするか」
「条件は公平! 正々堂々と挑みましょう!」
「ガンバロー!」
え……
そういう会だったの?
アマンダ嬢がいつものように苦笑いを浮かべていた。
「ねえ、私たちは勉強しようか」
「そ、そうですわね」
「まあ、婚活は令嬢の使命だから、相手を研究するのは必要性があると思うよ。だけど、リオ様ファンクラブの方は、多分、本気じゃないから」
教科書を開きながらアマンダ嬢はシエナを慰めた。
「崇め奉りたいだけだと思うよ」
なにそれ。
「確かにあんなにいい男は見たことがないよ。背も高いしたくましそうだし。頭もキレる気がする。どうも一筋縄ではいかなさそうだしね」
「あら。でも、アマンダ嬢も、そうだと思いますわ」
頭がキレて一筋縄ではいかない。アマンダ嬢の言葉遣いや身のこなしなどは貴族風というのとは程遠かったが、シエナはアマンダ嬢を尊敬していた。
彼女は算数が出来ない。綴りも間違いだらけだ。だが、だんだん変わってきている。特に算数はもうシエナに追いつきそうな勢いだ。
そして、賢い。
賢いというのは、真似をしようとしても出来るものではない。
そう言うとアマンダ嬢は笑った。
「私はちっとも勉強が出来ないよ。騎士学校の特待生は生半可なこっちゃ通らない。知り合いで特待生入学した人がいたんだけど、あっという間に養子の話が来ていたよ」
「そうなんですか」
シエナはびっくりした。
「リオは次男だと言っていたね。もう、どこかの貴族から話が来ているんじゃないかな。うちの娘に婿に来てほしいとか」
あれ? なんか不愉快な気がする?
いやでも、そうか。当たり前だわ。
「……じゃあ、もう家族じゃなくなってしまうんですね」
多分、それが悲しいんだ。
「そうだなあ。貴族社会のことはあんたの方が詳しいだろうから、どこの家とか言うのは私にはわかんないけど、そんな話も出ているかもしれないね。出自が伯爵家だというのは悪くないはずだし」
どうだろう。あんな評判の悪い家では、デメリットにしかならないんじゃないかしら。
「きっとダンスパーティでは、どこかのすごい家の娘と踊るんじゃないかな」
「でも……」
リオはシエナにパートナーを頼んで行った。
絶対に頼むと言っていた。
思わずうんと言ってしまったが、結構難しい問題をはらんでいた。
まず、ドレスがなかった。
伯爵家にふさわしいだけのドレスが。
「断らなきゃ」
リオだってわかってくれるだろう。それに、そんなに気にしなくてもいいような気がしてきた。だって、リオだって、いずれ結婚しなくちゃいけないのだ。
それなら、姉として、出来るだけ条件の良い結婚をしてほしい。
しかし、その瞬間に姉のリリアスを思い出した。
違う、違う。
条件だけじゃない。出来るだけ幸せな結婚をして欲しい。
「浮かない顔だね?」
「あんなに仲が良かったのに、家族ではなくなってしまうのかと思うと、ちょっと寂しいですわ」
そう。それだけだ。
それともうひとつ気になることがあった。
イライザはとても研究熱心だ。(方向性が何か違う気もするけど)
あの調査に間違いはないだろう。
だけど、一か所だけ引っかかる点がった。リオの年齢だ。
リオは弟だ。
だから十六歳のシエナより年下の筈だ。
「イライザだって、間違えることはあるわ。リオのことなら私の方がよく知っているんだから」
だが、騎士学校の生徒たちが並んだ時、リオはひときわたくましく背が高かった。
だが、家に帰ると、マーゴがシエナの帰りをヤキモキしながら待っていた。
そして、シエナを見ると、すぐに大きな声で話しかけてきた。
「大変です、シエナ様」
「どうしたの? 何があったの?」
「アッシュフォード子爵から!」
急いで家の中に入ると、新しい、前よりずっと大きな箱が届いていた。
「今度は、パーティー用の本格的なドレスじゃないかと思うんですよ。箱が大きいんです」
マーゴは嬉しいような不安なような複雑な顔をしていた。
「シエナ様、お帰りを待っていたんですよ。とりあえず開けてみてくださいませ!」
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